第7話 襲撃
いつものように授業を受けていた。だが、僕と佐々木さんは緊張している。
恐らくだが、今日にも宮木が学校へ来る。
現在の時間は午前中だ。シルフの予知が確かなら、そろそろ来るはず。僕は何度も校門を盗み見ながら、警戒していた。
「§*Φ」
胸のポケットに居るシルフが、顔を出した。校門を見ると、一人の少年らしき人物が、フードを深くかぶりこちらへ歩いて来ている。
来た!
僕は席を立つと教師に声をかけた。
「トイレに行ってきます!」
女性教師は、少し驚いた様子だったが、頷き許可を出した。
「私もトイレに行ってきます!」
続いて立ちあがった佐々木さんに、クラスメイトはざわつく。彼女が授業中にトイレに行くなど前代未聞だ。教師すら眼を見開いて固まる。
僕と佐々木さんはすぐに教室から出ると、互いに懐に忍ばせてあった禁書を取り出した。
「私、授業を抜けるなんて初めて。ワクワクしてきたわ」
「僕も一緒さ。まぁ、理由は正当な物だと信じたいね」
廊下を走る、僕たちは互いに笑い合う。とはいえ、今から向かう先は命を失う危険があるのだ。余裕があるとは言い難い。
ポケットに居たシルフが飛び出すと、索敵を開始する。その間に召喚を行う。階段の踊り場で短く唱えた。
「ウンディーネ」
地面に魔法陣が描かれ、中心から小さなウンディーネが現れた。詠唱短縮による弱体化だ。だが、固有能力は小さくても健在。
ウンディーネを手に平に乗せると、宮木の所在を訪ねる。
「宮木が何処に居るか分かるか?」
「Φ§*!」
指をさした方向は、シルフと同じ方向だった。宮木を見つけるだけならシルフだけでいいのだが、万が一の為に二体を召喚した。
再び走り出した僕たちは、外に出ると校舎の裏側に向かう。
そこで、ウンディーネが警告を発する。
「ΘξΨ!!」
佐々木さんを連れて、校舎から離れると、壁から突然に炎が噴き出した。校舎の一部をどろりと溶かし、向こう側に宮木が不敵な笑みを見せている。
やはりウンディーネを出していて正解だった。あの攻撃は僕たちでは不可避だっただろう。
「ちっ、あれを避けるか。意外とやるな」
赤い本を片手に、宮木は熱した壁も、ものともせず目の前に現れた。
「驚いたか? 火属性なら俺は効かねぇんだぜ。禁書は魔法が使える只の本じゃねぇからな」
「……そうみたいだね」
僕は立ち上がると、佐々木さんに手を差し伸べる。この雰囲気からすると、会話をするくらいの余裕は与えてくれるようだ。
佐々木さんを立たせ、僕はシルフとウンディーネに攻撃準備をさせた。
「待てよ。せっかくだし禁書保有者同士で、話し合いでもしようぜ」
「話し合いか。じゃあ君の目的は?」
質問すると、宮木は笑い出す。
「俺は世界の支配者になるのさ。この世界ってつまらないだろ?」
「ありきたりな願い事だな。人の命を奪ってでもしたいことがそれか?」
「ありきたりだが、誰でも欲しがる願いだ。こんな糞つまんねぇ世の中は、俺が徹底的に破壊して、新世界を創りだしてやるよ」
僕は思わず笑ってしまった。新世界だって?
「……何がおかしい?」
「いや、君は冗談が上手いなと思ってさ。だって、無能な者を王にした時点で、新世界どころか文明が衰退して消えてなくなると思うよ」
「俺が無能だと言いたいのか……」
彼は無能と呼ばれるのが嫌いなようだ。全身から炎が噴き出し、怒りをあらわにしている。
「無能という自覚がなかったようだね」
「ブッコロス!」
彼は一m級の火球を放り投げた来た。後ろで見ている佐々木さんは、焦りを僕にぶつける。
「葛城君が怒らすから! ななな、何とかして!!」
「ウンディーネ! シルフ!」
二体は力を合わせて風と水を重ね合わせる。これこそ僕が見つけた混合魔法だ。
水分を含んだ風の渦は、火球をかき消した。
「風と水か……分が悪いな」
彼はそう呟くと、突然校舎に火を放ち始める。
「なっ!? やめろ!」
彼は僕の言葉を気にも止めず、炎の蛇を創り出すと、校舎に放った。
窓からガラスを割りながら、蛇が校舎内に侵入する。学校からは悲鳴が聞こえ、火災報知器が鳴り響きだした。見ている間に校舎はどんどんと火の手が上がって行く。
「クハハハ! これで俺に勝てなくなったな!」
彼はそう言い放つと、校舎から巨大な炎の蛇が姿を現す。
「そんな……」
佐々木さんは絶句していた。僕たちは予知を防げなかったのだ。シルフの記した絵の通りになってしまった。
「知らねぇみたいだから教えてやるよ。魔法は近くにある物を有効に使えば、力が増加するんだぜ? この蛇みたいに校舎を焼いた炎を吸収してデカくなれるんだ」
だとするなら僕たちに対抗するために、校舎に火をつけたと言う事か? そんなことの為に……。
炎の蛇は鎌首を上げ、僕を見下ろしていた。
そして、口を開くと僕に向かって火炎放射が行われる。
「ΘΦ§!!」
「*ΨΦ!!」
シルフとウンディーネが辛うじてバリアを張っているようだが、凄まじい熱量がバリア越しに届いて来ていた。皮膚がじりじりと焼かれ、周りの地面は赤く溶けている。
「早く死ね! 俺を愚弄した罰だ!」
宮木が嬉しそうに声を荒げて叫ぶ。
「葛城君、熱いよ!」
後ろにいる佐々木さんまでもが、悲鳴をあげていた。ここで彼女を失うわけにはいない。
「我が命により顕現せよ、ウンディーネ!」
もう一体のウンディーネが現れ、火炎放射を押し返す。
「なに!? もう一体召喚だと!?」
「僕がいつ一体しか召喚できないと言ったんだい? 一気に押し返せウンディーネ!」
三体の精霊は力を合わせると、水と風の渦が火炎放射を押し返し、蛇の頭部をかき消した。その威力は強力で、校舎の一部を破壊する。
だが、蛇はすぐに頭部を修復すると、攻撃態勢になった。
「まて、思っていたより召喚は厄介だ。ここでは不味い」
蛇を止めた宮木は、いきなり走り出した。後を蛇も追いかける。
「どこに行く!? 逃げるつもりか!?」
「追いかけて来いよ! じゃないともっと燃やしてやるぜ!」
僕と佐々木さんは、宮木を追いかけて走り出した。そのあとからシルフとウンディーネも追いかける。ちなみに小さなウンディーネは、用が済んだので消した。
奴は街中を平然と走り、巨大な炎の蛇が人目につくことも気にしていなかった。誰もが蛇を見るたびに叫び、逃げ惑う。
蛇が通った後はすさまじい熱量で、発火してゆく。アスファルトは溶け出し、家や店はどこも火がついていた。
「葛城君! このままだと街が!」
「わかっている!」
僕は本を掲げると、召喚する。
「我が命により顕現せよ、ウンディーネ、ウンディーネ、ウンディーネ!」
足元に三つの魔法陣が現れ、三体のウンディーネが現れた。いずれも一mほどの人型だ。
実は詠唱は一回のみで、複数の精霊を呼び出すことが可能なのだ。当然だが、魔力はがりがりと削られる。すでに半分は切った感じだ。
すぐに三体に命令を出した。
「家や店だけに絞って消火にあたれ!」
「「「§ΘΛ!」」」
三体は各々で散開した。それを見ていた佐々木さんは羨ましそうだ。
「いいなぁ、可愛いウンディーネちゃんが沢山。私も召喚禁書にすればよかったかも……」
彼女の言うこともわかるが、神聖魔法はありがたいのだ。怪我をしても治るという保証がないければ、こんな無茶はできない。
僕たちは再び走り出し、宮木が通ったらしき跡を追いかけた。
「遅かったな」
奴を見つけたとき、僕は背筋が凍るのを感じる。
そこはガソリンスタンドだった。
奴は給油ノズルを握り、ニヤニヤと笑みを見せる。
「形勢逆転だな。どうした? かかって来いよ」
奴の背後には、蛇が鎌首をもたげ僕たちを
不味い。あまりにも不味い状況だ。
ガソリンは気化しやすい可燃性液体で有名だ。ひとたび火が付けば、爆発するだろう。さらにその炎で蛇は強化され、奴自身は炎が効かない。その上でこの辺りは爆発に巻き込まれ、全てが吹き飛ばされる。
額から汗が流れ落ちた。
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