第6話 野望


 深夜の街の中をパトカーは走る。


 通り過ぎた後の闇から一人の少年が現れた。


 彼は闇の中を走り、フェンスを越えて廃工場へ侵入。


 工場の中へ入ると、リュックからパンを取り出し貪りつく。紺色のパーカーのフードを深くかぶり、その容姿は確認できない。


 パンを食べ終えたころ、彼は本を取り出し、掌に小さな火を出現させた。


「このあたりにも警察が来るようになったか。だが、俺を捕まえられると思うなよ」


 俺の名は宮木隆。恐らくだが警察には連続放火事件の犯人とされている。


 だが、どうでもいいことだ。警察だろうが、特殊部隊だろうが、禁書を持つ俺に勝てるわけがない。


 実際に多くの家と人を燃やし続けている。警察は俺の後を追いかけるので精いっぱいだ。馬鹿な警察だと笑える。


 手に出現させた火を、足元にあるロウソクに移動させて灯す。廃工場の中は何もない。ボロボロになったタイルだけが明かりに照らされて確認できた。


 俺は虐待のある家庭で育った。


 父親は事あるごとに俺を殴り、母親は見て見ぬふりだ。学校では小、中といじめられ、クラスでは孤独だった。そんな俺が高校で友人を作れるはずもなく、やはり孤立した。


 いつか復讐をしてやるつもりだった。俺を傷つける両親を。俺を孤独にさせた社会を。世界を。全てを。


 願いが届いたのか、ある日、禁書図書館へ招かれた。


 俺は歓喜した。


 そして、ジョーカーにすべてを燃やせる禁書を望んだ。正直、かなり悩んだが、俺は物が燃える瞬間が一番好きだ。すべてが灰に還るあの瞬間だ。


 渡された火魔法禁書は、まさにそんな俺を喜ばせる禁書だった。


 家に戻った俺はすぐに両親を燃やした。逃げ惑う姿も見たかったが、それよりも早く力を試してみたかったのだ。

 予想通り、両親は叫びながら燃え続けた。俺は我慢が出来ず、腹を抱えて笑った。最高だ。あの自信満々だった父親が、叫びながら燃えているのだ。笑わずにはいられようか。


 俺は禁書を三つ集めた後の願い事を、決めていた。


 ”俺以外の世界中の人間を消滅させる”


 そう決めていた。しかし、両親が燃えているさまを見て心変わりした。


 俺を孤独にした世界に復讐するには、殺すのはもったいない。もっと残酷な復讐があることに気が付いたのだ。


 ”俺が世界の王になればいい”


 その言葉が浮かんできた。すべてを支配し、好きなように遊ぶ。その欲望が沸き起こり、支配したい衝動にかられた。俺も人間という動物だったのだということだ。


 そこからは行動は早かった。荷物をまとめ、すぐに家に火をつけた。王になる俺にこんな過去は必要ないと思ったからだ。


 家が燃える様は心地よかった。


 いつまでも見ていたい気がしたが、警察に見つかると面倒だと考えその場を後にした。


 家を燃やすことに憑りつかれた俺は、目につく建物を燃やし続ける。一番面白かったのは警察署だろう。まさか自分たちが標的になるとは思っていなかったはずだ。


 そこでさらに気が付いた。このまま燃やし続ければ、他の禁書保持者が現れる気がしたのだ。そうでなくとも、殺してしまえば得をするのは俺だ。もし、拾われても禁書のありかさえ分かれば、殺すのはたやすいからな。


 禁書が燃えないことはすでに実証済みだ。以前にうっかり炎の中に落としてしまったのだが、禁書は焼けたあとすらなかった。まさしく魔法のような本だ。


 そして、とうとう禁書保有者が現れた。


 予想外だったのはクラスメイトだったと言う事か。紫の本を持っていたのは、印象の薄い葛城静谷。白い本を持っていたのは、才色兼備で有名な佐々木美菜。


 どちらも大したことがなさそうだ。見るだけで弱いと理解できる。俺ほどの禁書使いになれば、見た目で判断できる。この本は使えば使うほど、力を与えてくれるのだ。さらに火属性だ。火に勝てるモノなどないに等しい。


「遊んでやってもいいな」


 すぐに殺すのは勿体ない。たった三人の禁書使いだ。俺と同等の戦いをできる数少ない相手だろう。ならば遊び程度に戦ってやってもいい。


 明日にでも学校に行ってやるか。俺を孤立させた学校と言うシステムを燃やしてやる。


 闇の中で、俺は嗤い続ける。



 ◇◆◇◆



 部屋で勉強をしていた俺に、シルフが声をかけてきた。


「ΘΛ§」


「完成したのか? 見せてみろ」


 テーブルに置かれた画用紙を掴むと、絵が描かれている。今回はかなり大掛かりな感じだ。大きな建物がクレヨンで描かれ、三人の人間が描かれているようだった。


 大きな建造物は、赤いクレヨンが使われ炎に包まれている感じだ。下の方には僕と佐々木さんらし人物が、一人の男に敵対している様子だ。


 その人物は炎に包まれ、操っているようだった。恐らく宮木だろう。


 しかし、この大きな建物が思い出せない。何処かで見た事があるのだが、何処だろうか……。


「仕方がない。佐々木さんに聞いてみよう」


 画用紙をスマホで撮ると、メールで佐々木さんへ送る。


 緊急時の為に連絡先を交換したのだが、最近は毎日メールを交わしている。他の男子に知られれば殴られるでは済まされない事だろうな。


 すぐに返事があった。


『これってウチの学校だよ!』


 僕はもう一度絵を見つめた。


 確かに学校に見える。しかも、通っている高校だ。太陽も描かれているが、傾き加減から午前中と推測できた。


 僕は頭を抱える。


 宮木はまさに明日の午前中に、学校へ攻撃を仕掛けるつもりなんだ。不味いと思いながらも、未然に防ぐ手立てが思いつかない。


 どうする? 警察には頼れない。学校関係者に話しても無駄だろう。


 僕は急いでメールを返した。


『宮木が学校に、火をつける前に止めるしかない!』


 すぐにメールの返事がある。


『そうだね! 先に禁書を取り上げれば、被害は防げるかも!』


 僕は安心した。佐々木さんはやはり頭がいい。感情的な女性ならすぐに警察に連絡しようとするだろう。だが、事情を求められても答えようがない。これはシルフの予知なのだから。

 残念ながら信頼できる学校関係者も居ないので、選択肢は限られてしまった。けど、これでいい。宮木は僕たちを探しているはずだ。


 結論が出たところで、召喚していたウンディーネが全てのトランプをめくり終えた。


 僕はシルフやスライムが固有の能力を持っている事から、他の三体も何かしら固有の力を持っていると睨んでいた。


 当初、ウンディーネは液体化できるだろうと考えていたが、それは標準能力だったのだ。本当の固有能力は”透視”だった。


 きっかけはシルフと僕とウンディーネで神経衰弱を行ったのだ。彼女はまさに無敵だった。一度も迷うことなく、全てのペアを探り当てた。これに違和感を感じた僕は、ウンディーネだけでトランプをめくらせる。中には一枚だけジョーカーを混ぜる。


 結果は、ジョーカー以外を見事にめくりペアを揃えた。しかも迷うことなくだ。


 ただ、トランプを気に入ったのか、ウンディーネは一人で遊ぶようになり、その遊びが先ほど終わったのだ。


「別の遊びをするか?」


「§*Φ!」


 嬉しそうなウンディーネを、羨ましそうにシルフが指をくわえて見ている。しょうがないのでシルフも仲間に入れる事にした。


「この記号は何か分かるか?」


 適当に書いた紙をノートに挟み、上に掲げる。


 中にかかれた内容を読み取って、紙に書く単純なゲームだ。


 シルフは首を傾げて、とうとう頭を抱えた。しかし、ウンディーネはスラスラとペンを走らせる。


「ΦξΨ」


 見せてきた紙には『山』という文字がかかれている。


「正解だ」


 ノートから取り出した紙にも山と書かれていた。やはり透視が彼女の能力と見て間違いないだろう。


 この能力を上手く使えば、宮木を早く見つけられるかもしれない。


 僕はウンディーネの頭を撫でて「頼んだぞ」と言葉をかけた。





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