第5話 刑事
昨日の出来事が嘘のように、僕は普通の一日を過ごしていた。
いつもと変わらない学校の風景に、変わり映えしない授業。
「§ΛΣ」
いや、違うものがいたな。手元に視線をやると、シルフが楽しそうに絵を描いている。先ほどから絵を描きたそうだったので、鉛筆とノートを貸してやったのだ。
僕はシルフには、予知能力が備わっていると考えている。
結果的に見れば、昨日の戦いは的中していた。
もし、シルフの絵を見ていなければ、宮木隆を見つけられなかっただろう。それどころか、火を使うことすら知らなかったかもしれない。
だとすれば、シルフに絵を描かせることは、重要な手がかりを得る事につながるのだ。
「ΘΦ§!」
「しーっ」
シルフが完成したと言わんばかりに声をあげるので、僕は人差し指を口に当てて静かにするように命令する。
気を取り直し、ノートを見る。そこには黒い服の男が、僕と佐々木さんらしき人物に声をかけている。男の手には黒い何かが握られ、僕たちに見せていた。
黒い何か……手帳?
手帳……手帳……警察手帳か!
僕はハッとすると、窓から校門を覗いた。やはりスーツを着た人物が、タバコを吸いながらこちらを見ている。あの感じからすると刑事かもしれない。
だが、おかしなことではない。
宮木隆は重要参考人だ。彼が通っていた学校に、警察が来ることは当然だろう。むしろ普通だ。そして、クラスメイトの僕と佐々木さんに声をかける事も、不自然なことじゃない。
ただ、刑事というのが問題なのだ。
連続放火魔事件は大きさからすると、捜査1課が担当するはず。彼らは間違いなく宮木隆を犯人と目星をつけているはずだ。僕が刑事ならそう考える。
そして、刑事はクラスメイトの中に、宮木隆の居所を知る者がいるだろうと考えるはずだ。だからこそ警察官ではなく刑事。この学校を重要な手がかりと睨んでいるのだ。
僕と佐々木さんは、居場所は知らないが、奴の秘密を知っている。禁書という秘密を。当然そんなことを刑事に教えるわけにはいかない。
もし、警察に禁書がばれると、取り上げられるだろう。そうなれば、僕も佐々木さんも守る力もなく丸裸の状態だ。宮木に殺してくれと言っているようなものだ。
宮木の昨日の様子から察するに、僕たちを殺すつもりだろう。相手は連続放火魔だ。すでに何人も殺している。
そして、昨日の事件だ。
僕と佐々木さんは、昨日の放火事件に関与している。見られていないと思うが、やはり目撃者が居たとするなら、聞き取り調査を行うはずだ。そうなると、ますます僕と佐々木さんは怪しまれる。
どうする? 今行われている授業は最後だ。終われば、刑事が聞き取りを開始するだろう。あまりにも時間がない。
そこで、シルフに眼が行く。
「お前、姿を消せるよな?」
「*Θ?」
首を傾げるシルフは、僕が書き始めた文字を眺める。紙をちぎり、小さく折りたたむと、シルフに渡す。
「これを佐々木さんに渡してくれ」
「ΛΦ§」
シルフは頷くと、姿を消した。そして、斜め前に居る佐々木さんへシルフが手紙を渡したようだ。佐々木さんは僕を少し見ると、小さく頷く。
これでひとまずは安心だ。僕が書いたのは、至極簡単だ。
”刑事が来ている。色々聞かれると思うけど、知らないと言って欲しい”
彼女は荷が重いハズだ。刑事の相手は僕がする。
◇◆◇◆
僕と佐々木さんは、一緒に校門を出ようとしていた。
「君たち、少し話いいかな?」
紺色のスーツに灰色のネクタイを付けた、中年男性が声をかけてきた。髭も剃られ、身だしなみはきっちりしている。
「どなたですか?」
疑る表情で答えると、男性は懐から手帳を取り出し僕たちに見せる。
「こういう者だ。時間をとらせて申し訳ないが、話を聞かせてもらいたい」
男性は校門近くに止めてある車に目線を送る。
「車で話を聞きたいと言う事ですか?」
「そう言うことだね」
先に佐々木さんが車に乗せられ、運転席には男性が乗り込んだ。やはりと言うべきか、僕と佐々木さんを引き離した。間違いなく僕たちを怪しんでいる。
佐々木さんは、数分ほど質問を受け答えすると解放された。
そして、僕の番だ。
「じゃあ、君の話を聞かせて欲しい」
刑事の言葉に落ち着いて返す。
「どんな質問ですか?」
「君の友達の宮木君についてなんだけど、何か知っているかい?」
「はっきり言いますが、友達ではありません。ただのクラスメイトです」
やはり疑っている。友達と言う前提で話を切りだして来た。
「じゃあ、そのクラスメイトで何か知っていることはないかな? 例えばこの日は様子がおかしかったとか、こんな趣味を持っていたとかさ」
「残念ですが、彼とはそれほど会話を交わしていません。知っているのは、一ヶ月前に不登校になったと言うことくらいです」
「じゃあなんで昨日は彼の家の傍に居たのかな?」
やはり来たか。僕たちが宮木家の傍で居たことは目撃されている。刑事の情報網なら知られていて当然だ。
「実は宮木君を心配して家まで行くことにしたんです。まさか、放火されていたとは知りませんでした」
「ああ、一ヶ月近く前に燃えたらしい。でも、宮木君は生きているみたいだから、警察が捜索をしているんだ」
「だったら早く見つけてください。彼は大人しくてクラスでも友達は居ませんでした。僕と佐々木さんも心配になって、一緒に会いに行こうとしていたんです」
「へぇ、でも君は友達じゃないって言っていたけど、何か心変わりでもあったのかな?」
刑事は突然鋭い質問を投げつけてきた。だが予想の範囲内だ。
「ええ、占いで休んでいる人に会えば、良い事があると結果が出たんです。だから佐々木さんを誘って宮木君と会う事にしました」
「え? 占い? そ、そうなんだ。おじさんは、今時の占いって知らないからよく分からないなぁ……」
刑事は頭を掻くと、若干呆れ顔だ。
「他に質問はありますか? 彼の為なら何でも答えますよ」
「あ、いや、もういいよ。時間をとらせて悪かったね」
僕が降りると、刑事は車を走らせて何処かへと去ってゆく。
「葛城君なんて言ったの? 刑事さん呆れていたよね?」
僕を待っていた佐々木さんは、何故か楽しそうだ。
「占いの結果で宮木君に会いに行ったって言ったんだ」
「は? 占い? 本当に?」
「うん。占いさ」
刑事にとってこの占いが厄介だ。動機のない行動を無理やり動機づけてしまう占いは、男性刑事には理解しがたい物だろう。しかも中年だ。今時の高校生に詳しいとは到底思えない。とするなら占いは煙に巻く絶好のネタだ。
「でも、その占い結果を見せてくれと言われたら、どうするつもりだったの?」
「それもここにある」
僕はポケットから紙を出した。受け取った佐々木さんは呆れる。
「これ、あみだくじじゃない。占いと言うよりゲームよ」
「それでいい。動機は十分だよね?」
僕と佐々木さんは、思わず笑ってしまった。
「あー、可笑しい。私、こんなこと初めてだったから、ワクワクしちゃったわ」
「僕もだよ。生きていて刑事を煙に巻くなんて初めてだ」
上手く行くか不安もあったが、無事に警察を誤魔化せたと思う。しかし、相手は長年刑事を務めている。もしかすれば、僕の嘘を見破っていたかもしれない。その時はしょうがない、禁書を使って上手く誤魔化すしかないだろう。
「Φ§*?」
胸のポケットから顔を出しているシルフは、僕と佐々木さんを見上げながら不思議そうだった。
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