第4話 連続放火事件


 体育館裏に佐々木さんを呼び出した僕は、休日に得た情報を報告する。


「実は禁書保有者らしき人物を見つけたんだ」


「え!? 見つけたの!?」


 予想通り彼女は驚いたようだ。


「ΦΨξ!」


 肩に座るシルフは、何かを言うと、自身を指差して自慢気な表情だった。恐らく自分が教えたのだと自慢しているのだろう。だんだんとシルフの性格が分かってきた気がする。


「ああ、確かにシルフが教えてくれたんだ。お手柄だよ」


「ΨΨΘ!」


 僕が褒めると、シルフは嬉しそうだ。反対に佐々木さんは悔しそうだった。


「私もシルフちゃんを褒めて、なでなでしたい!」


「えっと……佐々木さん?」


「え? あ! そうだ! それで私たちが知っている人!?」


 僕は頷く。そして、クラスメイトが載っているアルバムを見せた。これは中学の時の物だ。幸いにも宮木隆は同じ中学の同級生だったのだ。もちろんクラスが一緒になった事は一度もない。僕はアルバムに映る宮木隆を佐々木さんに見せる。


「宮木隆? もしかして不登校になっている宮木君かな?」


「うん。佐々木さんは彼とは接点がないだろうと思ったから、アルバムを持ってきたんだ。彼の顔をよく覚えていて欲しい」


「……もしかして攻撃されるかもしれないって事?」


「そうだ。彼は連続放火事件の犯人かもしれない」


 佐々木さんは絶句した。まさかクラスメイトが、全国で報道されている事件の犯人だとは思いもしなかった筈だ。もちろん僕だって信じたくはないが、やはり疑惑は捨てきれない。


「彼の自宅は調べてある。今から行かないか?」


「……そうだね。もし宮木君が事件を起こしているなら、早く止めてあげないといけないよね」


 彼女は本当に優しい。止めるどころか攻撃される可能性だってあるのだ。だが、僕も事件を止める事には賛成だ。かれこれすでに百人近くは死者が出ているのだ。一刻も早く止める必要がある。



 ◇◆◇◆



 学校から三十分ほどのところに宮木君の家がある。僕と佐々木さんは歩いてそこまで向かっていた。


「ふふ、なんだかデートみたいだね」


「あ、う、そうだね……」


 二人だけで歩く町中は、僕を緊張させた。彼女は無邪気に笑っているが、それは学校の裏を知らないからだ。実は彼女と急速に仲が良くなったおかげで、男子からは敵意を向けられている。

 そもそも佐々木さんは、特定の男子と仲がいい噂を聞かない。それどころか告白したおかげで、撃墜された奴らは星の数ほどいるだろう。


 そのせいか、男子女子問わず、彼女を不沈艦大和撫子や難攻不落佐々木城と囁いている。


 そんな彼女が、僕を黄金スペース(一m以内)に幾度となく入れてしまうのだ。男子の恨みを買って当然だろう。だが、悔いはない。僕とて佐々木さんは好きだ。


「どうしたの? 事件の事を考えてるの?」


「うん? ああ、実に難しい問題だ」


 嘘だ。佐々木さんの事を考えていた。でも、ここは誤魔化しておこう。


「宮木君は不登校になった。だが、それは禁書のせいか? それとも別の理由があってなのか? そこが引っかかる」


「そうだね。禁書を手に入れても、学校を休むほどじゃないと思うんだけどなぁ。何か理由があったのかも」


「もしかすれば、自宅にその秘密があるかもしれない。彼に――」


 僕は立ちどまってしまった。


 まさか……そんな……。


「どうしたの?」


「彼の自宅は此処だ」


 そう、そこは完全に焼け焦げ、炭と化した柱だけが残る場所だった。辛うじて家があったと理解させる。


 僕と佐々木さんは言葉が出なかった。彼は……宮木隆は……自宅を燃やしたんだ。


 通りすぎる人を捕まえ、僕は質問した。


「すいません! ここの家の人はどうしたんですか!?」


「ああ、宮木さんのお宅ね。可哀想に両親は焼け死んで、息子さんは行方不明らしいわよ? 早く見つかるといいわね」


 中年の女性は足早に去っていった。


 やられた。宮木隆はすでに両親を殺していたんだ。


 すでに警察も彼を追っているかもしれない。どう見ても重要参考人だ。そうなると、僕たちが接触するのは危険だろう。禁書が世間に露呈する可能性があるのだ。


 どうする? このまま宮木隆を探し続けるか? それとも自分から出て来るのを待つのか?


「葛城君? 大丈夫?」


「うん。大丈夫だ。彼はどうやら、自分の両親を殺して逃走しているみたいだね」


「え!? 両親を!? なんで!?」


「分からない。だが、宮木隆が禁書保持者だと言う可能性がますます高まったと言う事だ」


「ξΛΘΦ」


 シルフが僕に声をかけ、何処かを指差した。


「宮木隆の居場所が分かるのか?」


「Λ*§」


 シルフは頷く。


 やはり僕の精霊は優秀だ。


「佐々木さん、居場所が分かったぞ! 一緒に行こう!」


「うん! 必ず止めるわ!」


 走りだした僕たちは、シルフの教える方角へ向かう。


 十分ほど走ったところで違和感を感じた。


 なんだこの焦げた臭いは?


 近くには黒々とした煙が立ち昇っていた。


 あれは火事か!


 場所へたどり着くと、燃え盛る店の前に一人の少年が立っていた。紺色のパーカーを着こみ、背中にはリュックを背負っている。彼は燃え盛る炎を見つめ、嗤っていた。


「宮木隆!」


 僕が叫ぶと、彼は殺気の入り混じった視線で、一瞥する。


「お前ら……クラスの奴らか?」


「こんなことは止めろ! 禁書をそんな事に使うな!」


 僕の言葉に彼は嗤った。


「なんだ。自分たちから来てくれたのか。探す手間が省けたよ」


 彼は手に持った赤い本を見せる。


「俺は火を使う。火魔法禁書だ。先に言っておくが、二つの本を俺に寄こせ」


「断る!」


「……だろうな。まぁいいさ。今日のところは挨拶程度にしておいてやるよ」


 宮木は片手を振ると、燃え盛っている店から炎の虎が飛び出して来た。


「禁書を使いこなせば、こんなこともできるんだぜ?」


 炎の虎は唸り声を上げると、僕たちを威嚇する。


「じゃあな」


 虎を残したまま、宮木は走り去ってゆく。


 くそっ、早く追いかけないと!


「シルフ!」


 胸のポケットから飛び出したシルフは、空中をクルクルと飛ぶと、決めポーズをとった。


 虎は姿勢を低くすると、警戒しているのか僕には近づいてこない。いや、これは時間稼ぎなんだ。


「シルフ! かまいたち!」


 シルフは風を操ると、虎に向かって風の刃を飛ばす。


 しかし、虎は跳躍し避けると、とびかかってきた。


「うわぁぁぁ!?」


「ΨΛΦ!!」


 だが、虎の牙は一mのところで風に止められていた。よく見ると、シルフが風のバリアを張っていたのだ。大きく手を広げ、必死で虎を塞き止めている。


「葛城君! ウンディーネだよ!」


 後ろにいた佐々木さんが叫ぶ。


 そうか、火には水だ。


「我が命により顕現せよ、ウンディーネ!」


 水がぼこぼことアスファルトの下から湧き出した。そして、透明な少女がその姿を見せる。


「ΨΘ§!」


「ΛΦξ!」


 シルフとウンディーネは会話を交わすと、風のバリアを解いた。


 僕の頭の中にウンディーネの魔法が浮かび上がる。


「ウンディーネ! ウォータースピアー!」


 水の少女はすっと右手を上げると、地面から三本の太い水の棘が出現した。水の棘は外すことなく炎の虎へ突き刺さっている。


 虎は断末魔を上げると、掻き消えた。


「Φ*ξ!」


 ウンディーネは振り返ると、僕ににこっと微笑む。精霊だが、まるで子供のようだ。僕は少女の頭を撫でてやった。


「ΘΛ§!」


 シルフもすかさず自分の頭を差し出し、撫でろと要求してくる。確かにシルフには感謝している。ただ、自分で要求してくるのはどうかと思う。


「いいな、いいな! 私も撫でたい!」


 佐々木さんは僕の横から、ウンディーネとシルフを撫でる。甘い香りが鼻腔をくすぐり脳を痺れさせた。


「ΘξΨ!」


 ウンディーネが、僕の膝を叩くと、焼けている店を指差す。


 そうだ! 助けないと!


「ウンディーネ! 火事を消せるか!?」


「ΘΦ§!」


 どうやら任せろと言っているようだ。彼女は両手を上げると、大きな水の手がアスファルトから現れる。そして、店を一気に消火した。


 遠くからサイレンが聞こえ、やじ馬の声が聞こえて来る。


 不味い、僕たちを目撃されるわけにはいかない。


「佐々木さん、逃げるよ!」


「う、うん」


 すぐに走り出すと、路地裏にひとまず逃げ込んだ。


「はぁはぁ……結局逃がしてしまったな」


「ふぅ……落ち着いた。そうだね。でも、また会うみたいな言い方だったよね?」


 乱れた呼吸を整えると、頭を切り替える。


「きっと彼には狙いがあるんだと思う。僕たちが禁書の争いを止めようとしているように、彼にも目的があると考えた方が良い」


「と言うことは、その目的を達成するために、私たちに会うってこと?」


「その通りだ。叶えたい願いがあるなら、いずれ出会わないといけない筈だからなね」


 彼は自分から来たのかと言っていた。やはり禁書保持者を探すつもりだったんだ。まんまと僕たちは、おびき寄せられた形になったと言う訳か。


「あ、葛城君腕を火傷してるよ。治してあげるね」


 佐々木さんは手に持っていた禁書を掲げると、腕にある火傷に回復をかけてくれた。やはり回復と言えど恐ろしい力だ。焼けただれていた腕が、元通りになったのだ。


「ありがとう佐々木さん」


「う、うん。私、何もできなかったから……」


 彼女は禁書を抱きしめ、悲しそうな表情だった。


「違うよ。佐々木さんが居るから戦えるんだ。回復はお願いすると言ったよね?」


「……うん。ありがとう。でも、あまり無茶はしないでね?」


 佐々木さんは治した腕をそっと触ると、顔を伏せている。優しい彼女にとって誰かが傷つくのは怖い筈だ。


「分かっているよ。無茶はしないさ」


「うん」


 この日は宮木隆の捜索は中断し、互いに帰宅する。


 ニュースであの店が流れ、三名の死者が出たと言っていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る