第三十一話「選択」

「――さて、天狼いぬの量産型はあらかた潰したが……」


 俺は、変わり果てた漆黒のグランデルフィンへ視線を向ける。フッ、皮肉なことだが、あの機体は赤よりも黒のほうが似合っているようだ。おそらく、あの色がグランデルフィンの元々の色なのだろう。


「クロム・デューク! なぜ、お前が生きて……! ノワールに倒されたはずじゃあなかったのか!?」


 リクリエイト総司令、アルマ・カレントの声がコックピットに響き渡る。まるでモブキャラのようなセリフ……しかも、相変わらずうるさい。耳障りな声にもほどがあるな。


「何故生きているのか、それはそこまで重要ではないだろう? 現に貴様の目の前にこの俺が立っている。生きている。それが、真実だ。……潔く現実を認めろ」

「ぐッ……」


 クハハ、アルマの屈辱に歪む顔が見えるようだ。それは、案外心地の良いものだな。……っと、お遊びもここまでか。

 さて、状況を確認するとしよう。敵はアルマ・カレントに、漆黒のグランデルフィン……それと、原初の天狼オリジンフェンリル。対するこちらは俺のディスペインに、右足を失ったアルタ・レシフェスのオービタルクリーガー。それと、左腕を失ったユーリ・エールのアンタレスに、半壊状態なレヴリオ・セバルスのコバルトグリーンか。

 問題なのは、魔神がどの程度の戦力を有しているか、だ。原初の天狼オリジンフェンリルクラスのやつを何体もこの場に呼び寄せることができるとなると、明らかにこちら側の戦力が足りない。せめて、が間に合ってくれればいいのだが……。


「お前たち、まだ動けるな?」

『当、然……!』

『行けます!』

『言われなくても!』


 フラフラとよろめきながらも立ち上がるオービタルクリーガー、アンタレス、コバルトグリーン。ああ、その気概があれば十分だろう。こいつらのしぶとさは良くわかっている。

 俺は改めてグランデルフィンに向き直った。思い切り、息を吸い込む。


「レンスケ! 聞こえているか!」

『聞こえるわけがない。器の意識は、既にこの世界から消え去っている。ああ、言ってやろう。ヒザキ・レンスケという人間は、すでに死んでいる!』

『レンスケが、死んでる……?』

『嘘だろ、おい……だって、現にあいつはレンスケの声で!』

『器として体は残っている。だがその中身……魂は、全て俺が塗り替えた。ここまで言えば、脆弱な頭を持つ貴様らでもわかるだろう?』

『そんな……』


 フィンから語られたレンスケの死。それを悲しむレヴリオたちの声が、聞こえる。……ああ、普通ならそうだろう。レンスケは死んでいるはずだ。普通なら、だが。

 しかし、彼女の言葉通りなら……レンスケはまだ。希望は、可能性は、確かに残っているんだ。


「さっさと起きろ! 貴様、俺との約束を忘れたのか!?」

『聞こえなかったのか? レンスケという器はすでに死んでいると――』

「黙れ魔神風情が! 俺は今、レンスケに話しかけている! 貴様ではない!」

『――ッ』


 一瞬、怯んだ素振りを見せるフィン・ラストゴッド。ああ、そうだ。そのまま黙っていろ。貴様の言葉は邪魔だからな。

 さて、問題は彼女がうまくやるかどうかにかかっているが……心配はしていない。

 俺に出来るのは、命の恩人の恩義に報いることくらいだ。アイツが帰ってくるまで、せいぜいアイツの居場所を守ってやるさ。交わした約束もあるしな。


「さあ、出てこいレンスケ。ここには、貴様の帰還を待ち望む者たちがたくさんいるのだからな――」















side:蓮介



 ここは、どこだろう。

 俺は、何処とも知れない暗闇の中に佇んでいた。浮かんでいると言ってもいい。ふわふわ、ふわふわと何もない空間を浮遊している。


「確か俺は……」


 ……そうだ。俺は、みんなと一緒にリクリエイトの本拠地に乗り込んで、みんなバラバラになって戦って、それで――


「俺はユーリちゃんと、戦って――」

「――肉体を奪われてしまった」


 突然響いた謎の声。声音からして女性だということが伺える。一体、誰なんだ……?


「誰でもないさ。強いて言うなら、私は君の味方だということくらいか」


 目の前に突然現れたのは、拘束具のような枷を全身に嵌めた綺麗な少女。毛の1本1本まで澄んでいる銀髪。その瞳を見れば間違いなく有名な宝石をイメージしていまうほど鮮やかな紅。今まで会ってきた女の子たちも相当なものだったけど、この子もすごい美少女だ。

 その宝石のように澄んだ眼差しが、俺の全身を見回す。まるで値踏みされてる気分だな……。


「その通り。私は君の価値を改めて見定めているところさ」

「……良い気分はしないな」

「それは謝るべきだ。すまない。まだ私は慣れてなくてね」


 言葉使いが少しばかりおかしい気がするが、まあそこはさして問題でもないだろう。というかこの子もやはり人の考えてることが分かるエスパー少女なのだろうか。

 いや、そんなことよりも、だ。さっきこの子が言った「肉体を奪われた」ってどういうことなのだろう……?


「なに、至極簡単なことさ。君の身体は蘇った魔神、フィン・ラストゴッドによって使用権を奪われてしまった。それ以上でもそれ以下でもない」


「魔神が……!?」


 じゃあ今、俺の身体は一体どうなってるんだ!?


「ふむ、実際に見てもらった方が早いか」


 そう言うと少女は右手を天に掲げ、そのまま振り下ろす。

 すると、何も無いはずの空間にモニターのようなものが現れる。

 そこに映っていたのは――


「ディス、ペイン……!?」


 姿形は少し違うけど、見間違うはずがない。俺の不甲斐なさで死なせてしまったクロムの機体だ。でも、クロムはあの時……。


「ああ、その時たまたま近くに寄っていてな。機神の適性者アプティテュードを見殺しにするわけにもいくまい? というわけで私が助けた」

「君が?」

「本当ならばすぐにでも合流するつもりだったのだが、ディスペインの改造に思った以上に時間を取られてな。こんなに遅くなってしまったという訳だ」

「なるほど……」


 俺は改めてモニターに視線を向ける。そこでは、黒く変色してしまったグランデルフィンとクロムのディスペインが戦っていた。他のみんなもなんとか無事みたいだ。

 でも……。


「まあ、このままでは遠からず全滅だろうな」

「……ッ!」


 そう、明らかに戦力差がありすぎる。傍から見ていてもわかるくらいに、だ。このまま戦えば全滅は免れないだろう。

 それなのに、みんなは諦めていない。まるで、救世主が現れるのを待つみたいに――


「ああ、その通りさ。彼らは待っているんだよ。――緋崎蓮介という、とものことをね」

「……でも、俺は」

「肉体を奪われた程度で諦めきれるほど、君の諦めはよかったのかい?」

「程度って!身体それがなきゃ何も出来ないじゃないか!」

「――ならばなぜ、君はここにいるんだ?」

「え……」


 なぜってそれは、俺は身体を乗っ取られて……それで……。


「本来の魔神の復活とは、器となった人間の人格、精神、魂といった『その人間がその人間であるための要素』を上から塗りつぶすというものだ。しかし、君はどうだ?現に魔神は復活している。だが、君はここで、私の目の前で生きているぞ」

「……ッ」

「大方、誰かさんが要らない気を回してくれたのだろう。素直じゃないやつだ」


 ……ああ、グランデルフィンに乗っている状況でそんな芸当が出来るやつなんて、1人しか居ない。


「フィーネ……」

「全く。創造主であるはずの魔神に逆らってまで君を助けるということは、それほど彼女に気に入られているということなのだろうな」

「じゃあ、この空間はもしかして」

「もちろん、彼女が君の魂を救うために君の奥底に作った空間さ。私はそこへお邪魔しているだけ」


 気づけば俺と目の前の少女は、しっかりと地面を踏みしめて立っていた。先ほどまで身体を包んでいた浮遊感は、どこにも存在しない。

 雰囲気が、変わった。


「さて、現在の状況がわかったところで、私は君に訊かなくてはならない」


 少女はその場で深呼吸をすると、真っ直ぐに俺の顔を見つめる。


「――選べ、緋崎蓮介。このまま何もない世界で朽ち果てるか。それとも、真実を知った上で世界に抗うか」

「真実……」


 そうだ。俺が戦ってきた理由。俺は、この世界の真実を知りたい。そして、俺が楽園あんな場所に囚われた理由を知りたいと。あの時……グランデルフィンに乗ることを決めた時に、俺はそうフィーネに言ったはずだ。

 避けられない戦いがあると、それを承知で俺はグランデルフィンの操縦桿トリガーを受け入れたはずだ。なら――


「……どうやら、すでに答えは決まっているようね」

「もちろんだ。俺は、真実を知りたい。グランデルフィンに乗った意味を、果たしたい」

「覚悟は、あるのね」

「ああ」


 そう言うと彼女は、俺の目のと鼻の先まで接近してくる。ちょ、そんな近づかれたら恥ずかしいって……!


「君は今まで、何度も『覚悟』という言葉に直面してきたはずよね」

「そう、だな」

「――なのにどうして、そんなに簡単にそんな言葉を吐ける?」

「え……」

「良い? 覚悟を決めるっていうのは、本来そんなに簡単に出来るものじゃない。責任をとる、というのもそう。君は、軽率に色んな人の人生というものを背負いすぎている」


 少女の言葉が、胸に突き刺さる。

 ……ああ、そうだ。グランデルフィンに乗ることを決めた時も、アポカリプススマッシャーを撃った時も、ザードさんに罪希を任された時も、俺はきっと、安請け合いをしていたんだとも思う。

 俺のせいで死んだ人だっていっぱいいる。でも、それを今悔やんだところで後の祭りだし、そもそもそんなことはできない。散っていった人たちに対しての侮辱にしかならないからだ。


「……きっと俺の両肩には、数え切れないほどの人々の人生が、乗っているんでしょうね」

「それはとても重いものだ。到底、人一人に背負いきれるものではない」

「ですね。でも、俺は背負い続けます。今までの分も、これからの分も」

「……ふっ」


 彼女は一瞬、微笑みを覗かせる。が、すぐに表情は元の凛々しい顔に戻っていた。


「では、私が知り得る君についての真実を、教えよう――」

「ああ、頼――」


 続く言葉を発する前に、俺の口が彼女の口で塞がれる。き、キス!? ちょ、まっ、なんで!? Why!?

 じたばたともがくものの、彼女の腕がバッチリと俺の身体をホールドしているため、逃げられない。

 暖かいほのかな熱。それとともに流れ込んでくる不思議な感覚。ああ、俺は今んだ。俺自身の記憶を。

 どのくらいの時間、唇を合わせていただろうか。やがて彼女の拘束が外れ、唇が別れを惜しむように離れていく。


「どうだった? 自分の記憶を思い出す味は」

「そうだね……あまり、良いものじゃないな」


 ゆっくりと、ゆっくりとだけど、不鮮明だった過去の記憶が蘇っていく。それでも、記憶の大半は眠ったままだった。


「時間が経てば、じきに全て思い出すはずだ」

「そう願ってるよ。……さて、あのいけ好かない魔神から身体を取り戻すにはどうすればいい?」

「私についてくればいいさ。あとは、君の想い次第だよ」

「想い、次第……」

「なんて言ったってグランデルフィンは、君の想いに応えてくれる機体なのだからね」


 ……ああ。そう言えば、フィーネにも同じようなことを言われたっけ。


「ではこうか。君の身体を、取り戻す戦いに」

「ああ!」


 煌めく銀髪を持つ少女に、俺は付いて行く。ああそうだ。俺は、俺の身体と、グランデルフィンを取り戻す! それに、フィーネには言わなきゃいけないこともあるしな!

 待ってろよ……フィン・ラストゴッド! お前の思い通りにはさせないぜ!

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終想機神グランデルフィン ゆーしー(旧:椎那優城) @silver-uc

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