「あなたへ」

『月刊  WA Aは、今週を  まし 廃  長らくの   』


 水溜まりに沈む、雑誌の一ページ。

ところどころの文字が滲んでいる、くたびれた古紙。

言葉が湿り、歯抜けになっているのは、じんわりと湯気が立ち上る「恵みの雨」の未練みずたまりだけが原因ではないことを、私は知っている。


 そっと、手を合わせて目を閉じる。

視界は黒く塗りつぶされ、遠くで聞こえる子供達の声や、風に撫でられた木々の擦れ合う音、柔らかな初夏の気温だけが、私を生に繋ぎ止めている……。


「所長」


 風鈴が鳴った。

そう感じるほどに澄んだ女性の声が、「所長」と言った。

私は、目を開ける。


「また、宛先不明ですか?」


 世界は眩しすぎた。

抽象化にも似た輪郭を絞るように、反射的に目を細める。


 恐らく、目の前の彼女はいたずらっ子のような笑顔でいることだろう。

私は、その事実だけで微笑ましい気持ちに――彼女曰く、ふぬけたにやけ面に――なるのだ。


「世界を跨ぐとなると大変だもの。配達員にも休みはいるよ」

「所長の休みを分けてあげませんか?」

「ばか言わない」


 ぼやけた光から徐々に発掘される、声の持ち主。

動きやすい赤のジャージと、首元のホイッスルが日光で輝く。正直、目に痛い。


「私は忙しいの。今だって休憩しているだけで……」

「そうですか。午後は講演があるのでお昼を済ませてくださいね」


 笑顔で淡々と、彼女は言う。

強くなっちゃって、と口には出さず。

ほんの少し……ほんのちょっとだけ、彼女を誇らしいとすら思った。

背を向けてチャキチャキと歩き出す彼女の後を、未だぼやける視界のままで追う……。


 






















 ふと、イメージが頭に浮かんだ。


 眩しいばかりの世界、柔らかな初夏の陽光に、風に撫でられた木々が楽しげに影を投げている。

木造の家へ続く階段に白い馬が二頭、寄り添うように体を預けあっている……。


 そんな、一枚の写真のような鮮明なイメージだった。

その刹那にも満たない閃きの中、私は確かに見た。

 階段の横、表札の文字は確かにと書かれている――。

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