富士山頂で発見された手紙 ―村での役割
――今は亡き
親愛なる母上様へ。
前略。
巷では異世界転生というジャンルが流行しているそうですね。
私もあやかりたかったです。
神様がいれば手違いの詫びチートを振り込んでくれると思うのですが、そんな空気もなさそうなので神頼みという選択肢は捨てることにいたしました。
こちらではそろそろ3か月が経つのですがいかがおすごしでしょうか。
帰れるのがいつになるのかは分かりませんので、家賃は払わないで結構ですよ。
……そもそも、この手紙が届くかも怪しいので、万が一届けられる時のために書き溜めておきます。
ここまで書いてから母上様に意図が伝わっているか分からなくなりました。
シンプルに書きます。私は元気にしています。
あなたの不信心故の失踪とか事件に巻き込まれたとかではないのでお手持ちの
加えて言えば、不信心を理由に献金を増やすのはやめてください。
得られるのはあなたの心の平安であって私の安息ではありません。
私が自分のアパートからいなくなったのは「異世界に飛ばされてしまった」からです。
母上様、目覚めたら水を飲んでください。
白目を剥いて倒れても大丈夫なよう、次は頭の後ろに座布団を置いて座って読むようにお願いします。
準備ができたら深呼吸してください。
私は今、別の世界にいます。
二回目だから大丈夫かとは思いますが、もし座布団を枕にされていることに気付いたらそのまま寝てしまっても構いません。
理解の範疇を超えているとは思います。
私も未だに理解できていないです。
ただ、こうやって書くことで少しずつ落ち着ける気がしています。
不信心の果てに妄想に取りつかれたわけではないので五体投地はご遠慮ください。
便宜上「こちらの世界」ということにします。
こちらの世界では、母上様のおられる世界とはまるで雰囲気が違います。
そもそも、死にかけた私を助けてくれたのは、お話に出てくるようなエルフの女性です。
母上様、今さら念仏を唱えて神を鞍替えするのは止めてください。
ノーゴッドだと思っていますが、仮にいたとすれば多分ゴッドお怒りです。塩の柱になってしまわれても寝覚めが悪いので、信仰中の神様を窓の外に投げる程度で留めておいてください。
そのエルフの女性の家の離れで現在、心療所を営んでおります。
母上様、母上様。落ち着きましょう、性的な関係はありません。
加えて言えば法人におられる母上様の脳内許嫁様にお詫びも不要です。
あの方先日男性とデートされてましたよ。
許嫁でもなんでもありませんし、お互いにかけらも好意はありません。
なんでも、そのエルフの女性が暮らす村では、旅人を歓迎する習慣があるとのこと。
飲み明かした後、酔いどれの彼女の愚痴をひたすら、ひたっすら聞いていたら「あなたに相談したから心が軽くなった」と言っていただけました。
嬉しかったのですが、その後が問題でした。
ええ、問題だったんですよ。
「元居た世界ではなにをなさっていたのですか?」
なんて聞かれて、入ったばかりではありましたが「心理学を専攻しています」と伝えたんですね。
お酒も入っておりましたし、頼られるうれしさとか、美人さんが相手だったというのもあって嬉々として質問に答えてたらですね……。
「心を癒やす力なんてすばらしいじゃないですか、是非うちの村でこれからもお願いします!」
なんて。
言うわけですよ、美人さんが。
命の恩人が。
……断れますか?
私には無理でした。
そんなわけで母上様、私は現在こちらの世界で、ただ一人の「心を癒やす医者」なんて肩書をしょって仕事しています。
つい先日まで超初歩的な心理学の「い」ぐらいをうろついてたやつがですよ?
衣食住はそちらの世界より快適ですが、やっぱり種族が違うと悩みもそれぞれみたいで……。
いずれまた、本人の了承を経てケースとしてお伝えできればと思います。
そちらの世界に心残りがあるとすれば、「月刊 神のMIWAZA」とか言うオカルト雑誌の購入を解約し損ねたことでしょうか。
あ、「貼ればご加護が! 神シール!」なんて小学生の考えたような商品の定期購入も止めさせるべきでしたね。
母上様が今この手紙に貼ったやつです。
剥しておいてください。
追伸
私の部屋、引き払っておいてくださいね。
今さらながら、夏場にエアコンの故障した部屋に置いてあるペットボトルが気になってきました。
お祓いは結構です。
その費用でマッサージ器でも購入してください。
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