case2-3 少女と白猫
俺たちはアリスに連れられてレンガの家に入った。中に入ると家の至る所に額縁が飾られており、そのうちのほとんどに青い瞳の白い猫の絵が入っていた。小さなこどもが描いたような猫もいれば、細微にまでこだわって描かれた猫もいた。
廊下突き当たりの広いリビングに入り、アリスと白いローテーブルを挟んで俺たちはソファに腰を掛けた。
「さっきはありがと。あなたのおかげであの犬共とおさらばできたわ」
「本当に助かった。俺からも礼を言う、ありがとう」
「いえ……そんな……」
「なによあんた、そんなこと言えるキャラだったの?」
「は? うるせーよ」
「うるせーとは何よ」
「うるせーはうるせーだよ」
「あ! またそうやって言うのね!」
「またって何だよ」
「またはまたよ」
「ふふ……仲良しなんですね」
アリスは口に手を当てて上品に笑った。するとそれに気がついたノアは耳を赤くして黙ってしまった。くすくすと笑いながら、アリスは続けた。
「……ギルは、本当はとても優しい子なんです」
「ギルと……知り合いなのか?」
「知り合いも何も……家族ですから」
「家族……? あ……」
アリスが見つめる先を振り返ると、ある写真が目に入った。そこにはギル、アリス、男性1人とアリスの腕に抱かれた白い子猫が写っていた。ギルとアリスもかなり幼い。
「もしかして、この人が……マコトさん……?」
「……! ええ、そうです。……ギルから聞いたのですね……。マコトは、私の兄です」
「兄ちゃんだったのか……! ってか、俺らあいつに襲われそうになって……!」
「そのことで、お話があります」
彼女の消え入りそうな声に、少し力が込められた。
「ギルを、助けたいんです」
「あいつを……助ける?」
「あの子は……兄さんがいなくなってからずっとあの場所にいて……オオカミから動物たちや私を守ってくれているんです」
「でも……あたしたち」
「それは、本当にごめんなさい。でも違うんです。あの子はああやってオオカミたちの仲間のフリをして……じゃないと……また……」
アリスは、涙をこらえているようだった。少し時間をおいて、深呼吸をした。
「全て私が悪いんです。私が……こんな世界を望まなければ……」
「お前今……」
「アリス、あなた……この世界の『創造主』なのね」
「え、どうして……」
「私たちも、そうだったの」
「……」
「聞かせてくれないかしら、この世界のこと」
「……わかりました」
アリスは立ち上がり、そのままリビングから出て行った。ふと横にいるノアを見ると、彼女は腕を組んで目を瞑り、うーん、と首を傾げたのだった。
「おかしいわ……」
「おかしい?」
「だって今彼女、『こんな世界を望まなければ……』って言ってたわ。でも、この世界に崩壊の前兆すら感じられない」
「たしかに……俺の時にはすぐにあの女の声がして……」
「通常ならそうなるはずなのよ、今までもそうだったのに……変ね……」
「お待たせしました……」
アリスがリビングに戻ってきたことを機に、新たに生まれた謎は置き去りにされてしまった。
彼女が再びソファに腰掛けると、その腕に白い塊が抱えられていることに気がついた。その塊は腕の中でほんの少しもぞもぞと動き、2つの三角の耳をピクピクと動かした。そしてゆっくりと顔を動かし、あの絵の中のものよりも澄んだ綺麗な青い瞳で俺たちを見据えた。
「ローゼンクランツ、と申します」
腕の中の猫が、静かに言った。アリスはゆっくりと自分の膝へと猫を降ろす。
「また長い名前だな……」
「ロゼとお呼びください」
「やっぱり……かわいいわ」
「え?」
「……あたし猫派なのよ……」
そういえばノアが家に入ってから目に入る額縁を見回しては「かわいい」と連呼していたのを思い出した。俺は溜息をついて言った。
「悪い、こいつは放って話を続けてくれ」
「え、ええ。……あれは……10年前の出来事でした……」
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アリスはまだ10にも満たない歳で、毎日のように私やギル、そしてマコトさんと遊んでいました。両親を早くに亡くした二人は兄妹だけで生活していて、兄であるマコトさんはギルを連れて少し離れた牧場で毎日働いていました。その頃のアリスは学校へ通っていましたが友人と呼べる人が一人もおらず、私だけがアリスの友だったのです。
「ねぇロゼ、今日は何して遊ぶ?」
「みゃあう?」
「うーん……よくわかんないけど、お外行こう!」
そう、その頃の私はまだ話すことができなかったのです。そしてアリスはよく私にこう話しかけていました。
「あーあ、ロゼとお話ができたらなぁ」
私もアリスの言葉は理解できませんでしたが、何を願っているのかはわかりました。私も同じことを願っていたからでしょうか。しかし私は喉を鳴らすことしかできず、とても残念に思っていました。それでもその度にアリスは私の喉を優しく撫で、にっこりと微笑んでくれたのです。
ある日、いつものようにこのやりとりを終えたそんな時でした。突然、私とアリスは真っ白な空間に包まれたのです。そして目の前にいた真っ黒な女性から四角い平たいものを渡され、眩しい光に包まれ気づくと、私は話せるようになっていたのです。
「ロゼ……わたしの言葉がわかるの……?」
「ええ、わかります。アリス、私の言葉もわかりますか?」
「…………! うわぁぁぁぁん」
本当に幸せでした。アリスは涙を流しながら私を何度も何度も抱きしめてくれました。そして、この事はアリスと私だけの秘密だという約束もしました。
そしてそれから1週間ほど経った頃でした。その日は、日が暮れてもマコトさんが帰ってこなかったのです。アリスも寝ずに待っていたのですが、外が明るくなっても状況は変わりませんでした。するとアリスが突然立ち上がり、少しよろめいてから言いました。
「わたし、兄さんのところに行ってくる!」
「でもアリス、そんな状態では」
「大丈夫!」
ふらつくアリスの後ろについて、玄関が開いた時でした。
「……あ……ああ……」
「アリス? ……!!」
固まって動かないアリスの脚の間をすり抜けて、血の生臭い香りが鼻を突きました。アリスの見下ろす先には、泥の混じった血溜まりの中にうずくまるギルがいたのです。農場から歩いてきたのか、血溜まりからは帯びただしい数の血痕と、血と泥の足跡が延々と続いていました。アリスは言葉を失い、その場に力なく崩れました。幸いな事に、ギルにはまだ息がありました。
「ローゼン……クラ……ンツ……」
「ギル……? 貴方……どうしたんですか、その怪我……マコトさんは?」
「オオカミが……やってきて……それで……」
「そんな……」
それから、マコトがいなくなった事実を信じたくなかった私たちは必死でギルを看病し、なんとか回復にまで持ち込む事ができました。そして落ち着いた頃、ギルを見つけた時に気が動転して忘れていた事を思い出したのです。
「ギルもおはなしができるの……?」
「今までなぜ黙っていたのですか?」
「……だまってたのは、ふたりじゃないか」
「「……」」
それきりでした。ギルは翌朝にはもうここにはいなかったのです。
そして何年も経ち、アリスが車を運転できるようになって初めて農場へ行き、ギルの現在を知る事になったのです……
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「ギルはあの日からオオカミたちと行動を共にし、こちらに来ないようにしてくれているのです。どうか、私たちに協力して頂けないでしょうか」
「俺は……引き受ける」
「あたしもいいわよ」
「……! ありがとうございます」
その日、俺たちはこの家に泊まる事になった。俺とノアそれぞれに部屋を用意してもらい、明日に備えて眠りにつく事にした。
創造主 優咲 @dream_yura
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