第4話 片鱗

両親と煙のとっつぁんに怒鳴られた三兄弟は少しも反省するそぶりはない。


「今日は近所の○○を脅かしてやった。」

だの

「あそこの家の大事にしている盆栽を大きい石を投げつけて割った。」

等々、もはや武勇伝のように悪びれる様子もなく当人たちは一心、久子に言うのだ


ところがある日状況は一変する。


いつものようにいたずらをする三兄弟。


長兄は二人の弟に問う。

「よう、今日はまだいたずらしたことないあのこえぇじじぃがいる家にいたずらにいこう。」

二人は呼応して

「兄ちゃん、いこういこう!」


齢82のじじぃ―

家の周りを竹ぼうきで履いている姿をよくみかけていた三兄弟は

そのいかつい顔から想像できるように、何か悪いことをするとどんな罰がまっているかわからないから

手出しができないでいた家があった。

その家の敷地はとても広い。

庭に枯山水を整え、植木は枝ぶりから察するに松の350年は年数を食っているであろう実生の盆栽から育て、移植したものがそこらかしこ、庭中に見て取れ

端には池があり、鯉が大量に遊泳するという、いかにもお決まりの大邸宅なのだ。


じじぃの日課はやることもなく、家の周りの掃き掃除と、池の鯉の餌やりだ。

表札には「名取」と読み取れる。


このじじぃの正体は、元海軍少佐の「名取恭一」。

本来、隆一の担任である「名取雄一」の親父。


いわずと知れた名家であることを、三兄弟は一心と久子の口ぶりから聞いていた。


さて、怖いもの知らずの三兄弟、早速どんないたずらを仕掛けようか、邸宅近くの防空壕で作戦会議を開いていた。


長兄隆二が咳払いをしながら

「これから我が日本国の敵人と思われる、近所のいかついじぃさんを倒す会議を始める。」

と少々大げさに言うと

二人の弟は、喜々としてそれに応える。


役割分担はいつもこうだ―


長兄隆二が議長

次兄隆三が作戦参謀

末弟隆一が実行隊長


いつも真っ先にお咎めを食らうのは末弟隆一だ。

この時、隆一は自分の役割が一番割に合わないということを理解していない。

なぜならば、先陣を切っていたずらを仕掛けられる為に、咎は食うが

面白いというある種の快感を覚えているのであった。


その、いつもげんこつを頭に振り下ろされたり怒鳴り散らされる様子を

隠れて、二人の兄が笑い声を押し殺しながら高みの見物を決め込む構図だ。

つまり、長兄次兄は提案はするが直接の手はほぼ下さない。

仮に手を出すとしても、全て隆一のせいにしている。


作戦決行まで後半刻となった。


作戦内容はいたって簡単。

隆二と隆三がじじぃの近くで大声で叫ぶ

「ここのじじぃは頑固者で変人だぁ!」

追いかけてくるじじぃを確認しながら、全速力で道の角まで逃げて、角で待ち受けている隆一が肥溜めで汲んで来たバケツ一杯の人糞を鉢合わせたじじぃに正面からかけるという作戦。


作戦決行の時刻


早速掃き掃除をしているじじぃの前を二人の悪童が遮り、作戦通りの言葉を言う

「ここのじじぃは頑固者で変人だぁ!」


ここで三人の予想を覆す事態が起こる。

今までのいたずら経験から、この悪童達の被害者は怒って追いかけてくる様子を想像していたが

まさかこの事態は予期していなかった。


奇妙な事に

じじぃがニコニコしているではないか・・・


じじぃは笑いながらこう言う。

「おう!悪餓鬼共!元気がいいなぁ!今日は二人じゃねぇか!」


二人は開いた口が塞がらない。

一心の好きな競馬になぞらえるとこうだ。


大方の予想を覆し、ドンケツにつけていた冴えない馬が最後の直線100mで他の馬を追い抜かし、一番人気の馬を一馬身程度離して鮮やかな逆転を飾る。


その「ありえない」ような現象が目の前に起きているではないか。


じじぃは続いて

「どうせおめぇら三人だろ!怒らねぇから待ってる弟よんで来いよ!」


じじぃはこの三人の手口について知っていた。


近所で同じような被害にあった人から事の顛末は聞いており

敢えて怒らずに優しく問いかけるという方法を選んだ。


呼んで来いと言われ、次兄の隆三が待っている隆一に詳細を伝えに行った。

隆一は曇った表情をしながら、人糞バケツをその場に置き、恐る恐る隆三に連れられてじじぃの前に出てきた。


「まぁ上がれよ!隆一は汚ぇから手を洗って来い!おめぇらの好きそうなバナナがあるぞ!」


バナナと言うと当時は高級品。滅多にお目にかかれないレアな果物の名前を聞いた途端

三人はよだれを垂らし、目を輝かせるのである。


だだっ広い部屋に三人が通されると、鎧兜や背の高い美しい柄の壺、飾ってある日本刀も何振あるかはわからない。桐の箱に入った掛け軸と思われる物が部屋の隅に山積みだ。じじぃは骨董品が大好物。高級骨董品の博物館。


その隣の部屋では、白髪のおばあ様が布団で寝ているが、三人兄弟は知る由もない。


隆二、隆三が高級骨董品に目をやる中

中でも隆一は、一つだけある古びた真空管ラジオに注目する。

その、如何にもビンテージという雰囲気を醸し出す埃をかぶったラジオに

興味津々なのだ。


その様子を見たじじぃはこう隆一に問う

「おめぇ、あんでこのラジオ気になる?」

隆一はこう答える

「じぃ!これ動くの?動かして見せて!」

会話のキャッチボールが出来ていない―


目を輝かせた少年の純粋な要求に応じ、じじぃは電源を入れて見せる。

四本連なった真空管がわずかに点灯する。


聞こえてきたものは日本が常勝無敗であるというプロパガンダ満載の

大本営発表まさにそのもの


じじぃは言う

「まぁ、ちょっと待ってろ!バナナでも持ってくるからよ!」


長兄次兄はこのバナナという単語を聞くや、今か今かと座っている膝が踊りだすのである。

ところが唯一違う反応を見せた末弟は、もはや目的のバナナという単語すら耳に入らない。

ラジオから聞こえてくる発表を食い入るように聞いている。


間もなく、三兄弟の前にバナナが披露されるや長兄次兄での取り合いの様相を見せる。


隆二

「一番上の兄ぃがたくさん食べるんだ!」


隆三

「そりゃひどいよ兄ちゃん!俺にも食わして!」


じじぃが笑いながら静止し

「まぁまぁ喧嘩すんな!同じ量を三人分用意してある!仲良く食べろ!」

ラジオの前から動かない隆一を見て

「おうぃ隆一食わねぇのか」

と呼んでみるが、反応は素っ気ない。


隆一

「いらないよぅ」

次いで

「じぃ!これからも聞きたい!聞きにきていい?」


じじぃ

「がっはっは!バナナ食べるよりかラジオ聞く方が面白れぇか!」

「いいぞ!遠慮なく遊びに寄れぇ」


三兄弟がいたずらする目的で来たが、すでにじじぃの掌の上で踊らされている。


ここで玄関から「ただいま」との声が聞こえる。


じじぃがそれに呼応する

「おぅ!雄一!則正!帰ってきたかぁ!」


隆一の担任であるはずの齢52「名取雄一」

雄一の三男、この時齢8「名取則正」

と三兄弟の初対面である。


雄一

「お!お前たちが今話題の悪餓鬼共だな!」

「毎日泥んこになってないで、すこしは勉強しろ!」


三兄弟は、この「先生」に対し、簡単な挨拶を交わす。


隆二と隆三がバナナをほうばる口をもごもごさせながら

「こんにちわぁ」

次いで、隆一が後ろを振り返り

「こんにちわぁ」

というと、挨拶もそこそこにまたラジオの方へ体を戻す


雄一の後ろに隠れて、出てこない「則正」。

雄一は則正を前に突き出すと

「こら!隠れてないで挨拶しろ!」


当人は言われてやっと重い口を開いた。

「こ・・こんにちわぁ」

言い終えると同時に別の部屋へ駆け足で逃げていった。


雄一

「ほんとに則正は、自分と歳が離れていない子供たちは苦手なんだな」

とつぶやく。


雄一は父恭一に問う

「母さんの昼間の具合はどうだった?」


恭一

「今日は起き上がれないで、少しの粥は口にした。」

「不憫でならねぇ・・・」

表情を曇らせる恭一と雄一


雄一は深いため息をつき

「そうかぁ・・・」と落ち込む。


恭一の妻、齢73の薫はこの時重い肺病を患っていた。

十年ほど前から一日中咳が止まらず、最近は白い布団が赤く染まるほど吐血を繰り返す毎日である。

余命は長くない。

自転車で往復四時間の大学病院に診せたが、医者は

「症状は結核に似ている。だが、こんなに長い期間生きられるはずもない。」

原因不明として匙を投げた。























































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