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 その学生が刑事課のオフィスに入って来たとき、真壁は一昨日の深夜、京成上野駅正面口付近で起こった酔っ払い同士の喧嘩に関する現行犯逮捕手続書を記していた。書類の最後の欄を埋める。

『本職は、平成××年9月20日 午前10時30分、被疑者を釈放した。警視庁上野南署刑事課 司法巡査 真壁仁巡査。』

 最後に判子を押す。ちょっと朱肉の付きが悪かったが、真壁は腰を浮かせ、強行犯係の係長デスクにいる平阪善明に差し出す。

「ああ、ごくろうさん」

 平阪は書類に眼を通し、卓上の書類棚に収めると、真壁に言った。

「お前に客じゃないか」

 真壁は背後を振り返った。黒い制服を着た学生が、落ち着かない様子で立っていた。

「ぼくのこと、憶えてますか?」

 そう言われた瞬間、この学生をどこかで見たことがあると脳裏で探っていたが、ついに名前が出て来なかった。

「池内涼太ですけど・・・」

 涼太は自分を見忘れた相手への不服そうで哀しげな表情を浮かべていた。真壁はその名前を聞いた瞬間に全てを思い出し、涼太を1階のロビーに連れ出した。

「だいぶ変わったんじゃないか」

 数か月前は髪を薄茶色に染め、伸ばし放題だった。涼太は黒髪を清潔に短く刈った頭を撫でた。

「あの事件で悪い奴らとは切れたんです。あれからは真面目に学校に通いだして、今は受験勉強中です。真壁さんも、今は刑事ですか?」

 真壁はうなづいた。

「新宿を出たのは、事件のすぐ後だった。今は講習中だ。お母さんは元気か?」

「ええ、何とか。夜の勤めなどで無理をしたせいか、ときどき身体の不調を訴えることもあるんですが、大したことは無さそうです」

「なら、早く楽をさせてあげられるようにな」

「・・・そうですね」涼太は大事な約束を思い出したように、腕時計を見てドアの方を向いた。「お昼、食べませんか?真壁さんが刑事になったのを祝って」

 真壁は盛大にため息をついた。

「そう言って、俺にまた奢らさせるつもりだろ?親子丼がいいか?」

 涼太の顔に笑みが広がった。

 2人で署の外に出ると、秋の風が薫っていた。真壁には、存外に心地よく感じられた。

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新宿巡査Ⅳ 伊藤 薫 @tayki

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