[6]
女装趣味。童顔が美形の女に化けた。男としては小柄で華奢な体格の久元。女にしては背が高く、腰の線の細い「サユリ」。
久元は武蔵野東署の取調室で、全てを告白した。
大学の寮での宴会。余興でやった女装が病みつきになった。幼稚園の時から3つの塾に通わされた。厳格な父。溺愛する母。名門中学での執拗ないじめ。キャリアになった。警視にもなった。だが、勇躍赴任した知能犯係の部屋は針のむしろだった。無視か、好奇の視線。猛獣の檻の中に放り込まれた小動物のように日々脅えていた。仲間は1人もいない。誰も助けてくれない。それでもキャリアは威厳を保ち、常に優秀でありつづけなければならない。息抜きだった。唯一のストレス解消法だった。久元はうなだれ、何度も同じ話をくり返した。
古閑の殺害現場にいた年配の刑事が言った。
「古閑をどうして殺した?」
久元は嗚咽を漏らしながら話した。
「あいつはどこかで女装した自分を見て、脅してきた。金を出さなければ、上司にバラすと言ってきたんだ。殺すしかなかった」
取調室の隣の小部屋で、真壁は上岡と一緒に久元の聴取を見ていた。
「調べたんだが、久元と古閑は世田谷の私立中学の同級生だ」上岡が言った。「四年くらい前に、新宿で古閑をヤクの所持で引っ張ったことがあってな」
「その時、古閑はあなたの携帯番号を知ったんですね。タレ込んだのは、古閑」
取調の最後に、真壁は少し時間をもらい、「なぜ警察庁に入ったのか」と聞いた。国家公務員試験のⅠ種合格者。どこでも行きたい省庁を選べたはずだ。久元はすっかり考え込んでしまった。しばらくして、「権力というものを手にしてみたかった」と答え、またしばらくして、「ただ強くなりたかった」と言い直した。
新宿西署へ帰る車中、上岡は真壁に言った。
「サユリのマンションは見たか?」
「ええ」
マンションの部屋には、壁という壁に女物の服が吊るされていた。フローリングの床には鏡と女性雑誌と夥しい数の化粧品。組織の中でどれほどの地位を得たとしても、久元の心象はずっとこの部屋のまま変わらないのではないかと真壁は思った。
新宿西署では、地域課のオフィスで池内涼太と母親の絵美が待っていた。絵美はひたすら頭を下げていたが、涼太はけろっとした様子だった。母親から依頼があって、安否に気を揉んだ割には、あっけない感じがした。
北新宿にある警視庁の独身寮に涼太が忍び込んだのは、以前に真壁からもらったメモに独身寮の住所が書いてあったことと、半グレ集団の山手連合でも警察の寮には入って来られないだろうと踏んだからであった。
「『サユリ』はどこで見たんだ?」真壁は言った。
涼太はジーンズの上に薄地のTシャツを着ていたが、風呂に入っていないせいか、首のあたりをボリボリと掻いていた。
「何回か、アキラのマンションの近くで、二人で話してるところを見たんだ。あんまりいい雰囲気じゃなかったけど」
「どうして、『サユリ』が古閑を殺したと分かった?」
「洗面所に『サユリ』のネイルが落ちてた。ぼくは帽子落としちゃったけど」
涼太の携帯に入っていた「サユリ」の写真は、女装した久元に間違いなく、写真をプリントアウトした上でデータを消去した。
ひとしきり説教を喰らわせた後、真壁は机の上に置いてあった「21st Century Schizoid Man」の黒い帽子を投げ渡した。涼太はそれを頭に乗せてオフィスを出て行った。
「帽子を被るならきちんと被れ!」真壁は怒鳴った。
階段の方から涼太の笑い声が返って来た。
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