シロップ
飴色の電球が灯る、温かい空間。
僕はいつもそこにいた。
緩やかに流れるその空間は、
まるであの頃と変わっていない。
君と向かい合って座っていた窓際の指定席。
僕はカウンターに座りながら、その席を眺める。
いまでは座ることもないけれど、
気づけばそれは、短い春だった。
マスターが無表情でそっと差し出した、
ちょっと苦めのブレンド珈琲。
脇には銀色の容器がひとつ。
飴色の喫茶店で、今日も黄昏た時間を過ごす。
甘党の僕に用意された、一杯のシロップ。
ただ苦いのは大嫌いで、ほろ苦いのは好みじゃない。
あの頃、確かに青春を謳歌した。
でも今はそれが、夢のように遠いだけ。
若葉芽生える春が訪れ、
熱く燃える夏がやってくる。
肌寒くなる秋を過ぎれば、
残るのは、冬の寒さだけだろう?
あの頃、確かに青春を謳歌した。
青い二人はまだ、子供だった。
銀色の容器に入った、
一杯のシロップを僕は飲み干す。
あまりの甘さにめまいがした。
ほろ苦い青春なんかいらない。
ただ甘いだけの青春だったらよかった。
学校帰りに君と落ちあい、
向かう先はいつもの空間。
喫茶シンガポール。
二人だけの特別な場所。
僕はその席を一人、眺めるだけ。
入店を知らせる鈴の音が、店内に鳴り響く。
僕はそっと入口に目をやる。
そんな期待も、もう終わりだ。
シロップを入れなかった珈琲は苦かった。
総天然色の季節 智瀬 一散 @ichiru
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