平成二十七年八月十三日

 昔ここに防空壕があってね、空襲の時には人がまんぱんで入りきれない親子がいたんだとよ。仕方がないから、母親が娘に覆いかぶさって、岩壁に張り付いていたんだとさ。結局防空壕は熱で蒸されて、大勢が密閉空間に長時間いたものだから、みんな酸欠で死んじまってな。皮肉にも外にいた親子だけが助かって。けど周りは火の海で、母親は娘をかばって死んじまうんだな。その娘もひどい火傷を負って、幾日も経たないうちに逝っちまったんだと。でもって、戦後の新教育が始まってここに小学校が建ったら、火の事故が続いてな。これはホントの話だ。オレは当時から用務員で、見聞きしてっから。で、ついに三年生の女の子が焼却炉に落ちるって事故があってな。その子がまた母親がどこぞの男と駆け落ちなんぞしやがって失踪したばかりだったんでな。母親のいない女の子が焼けちまうっていう呪いだのなんだのって。それまではモンペ姿の女の子が化けて出るって言っていたのに、それからは焼却炉に落ちた女の子が出るとかなんとか。そうそう、赤いワンピースを着ているんだと。



 やだ、磐田さんったら、うそばっかり。戦後すぐに用務員さんしていたなんて。それが本当だったら、磐田さんは九十過ぎのおじいちゃんってことになっちゃいますよ。せいぜい五十代でしょ? 騙されませんよ。



 はははっ。そうか、駄目か。



 ダメですよ。それに今は焼却炉、使っていないじゃないですか。



 ダイオキシンが発生するとかで禁止になったからな。



 じゃあ、その霊も呪いようがないですね。



 いやいや、使っていないだけで、焼却炉自体はまだ残っているからね。わからないよ~?



 ふふふ。じゃあ気をつけなくちゃいけないですね~。



 最近の人はこういう話は信じないんだなぁ。じゃあ、その霊も世代交代して、今は白いワンピースの子らしいんだが……それも信じないか。



 あたり前じゃないですか。そもそも霊も世代交代なんてするんですか?



 するみたいだな。呪いの引き継ぎとかやってんのかもな。



 またまたぁ。――もう行きますね。図書室当番しなくちゃ。今日もだぁれも来ないと思うけど。娘も先に行っちゃったし。磐田さん、暑いから熱中症に気を付けてくださいね。



 ああ。お宅もお化けに気をつけて。



 ふふ。お化けだなんて。――それにしても暑いですよね~。



 ああ。ひどく熱いだろうねぇ……。







       △▽△▽△







 ママ……



 あら? あなた、お母さんと一緒に来たの?



 あたしね、ママがいないの。



 そう……じゃあ私のこと、ママって呼んでもいいわよ。ここにいる間だけ、あなたのママになってあげる。



 ほんとう!?



 ええ。うちの子といいお友達になれると思うわ。



 うん。ありがとう――ママ。



 その白いワンピース素敵ね。



 昔ママが買ってくれたの。



 そう。いいわね。そうそう、それで、あなたのお名前は?










 ――咲。















       < 了 >




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

施餓鬼会 霜月透子 @toko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ