カクヨム日記・読書日記(近過去の文学史)

作者 tsutsumi

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★★★ Excellent!!!

 『作家の値打ち』に関しては自分は発売当時本屋で立ち読みをしたことをおぼえています。
 確かに石原慎太郎の作品の点数はやけに高いな、と当時思った記憶があります。
 その理由についてですが、そういうことだったんですかね…。(私は石原慎太郎の代表作を全く読んだことがないのでここでそのことをあれこれ言う資格はないとは思いますが…)
 もっとも作家に点数などをつけてしまえば、人によっては高くなったり低くなったりするということは十分にありえる話だと思うので、福田氏の意見を全部鵜呑みにする必要などないとは私も思います。

 ジャンル分けについてはやはり基本的にはきっちりとこの作品はこのジャンル、と明確に区別するのは難しいように感じます。
 そのためいわば次善の策として作者にそれぞれ自分の作品のジャンルを選んでもらうほかないように思います。

 最後にこの評論・エッセイとりあえず自分が今まで『カクヨム』で見た中ではトップ5くらいには入るものかな、と思いました。
 読み応えがあり一気に読ませていただきました!

★★★ Excellent!!!

「作家の値うち」の載っていた熱い批判が懐かしいです。
あれは2000年でしたか。
ああいう本を評価するのはなかなか難しいですよね。
冷静な分析、頷きながら読みました。
今、確認したら「メッタ斬り」が2004年でしたから、そういう流れの中でみても先駆的な本だったのかもしれませんね。
他のコラムも参考になりました。

★★★ Excellent!!!

どうも作品を書きたい人は、自分が書くことばかりにかまけて人の作品を読んだり傾向を研究したりすることがおろそかになるってことが多いものです。

自分の作品を書いたり、その評判を見たり、他の人の作品を読んだり、こういう批評を読んだり…が同じサイトの中で出来るというのは、とても現代的というかweb2.0(古い)というか。
とにかく、この論評がここに置いてあること自体に面白みがあると感じます。

あ、もちろん内容も大変参考になりました。

★★★ Excellent!!!

今度は、筒美氏の文芸批評とお気に入りの小説を紹介される、というのはいかがでしょう。

筒美氏の渡辺淳一作品紹介では、不倫、料亭、銀座の言葉が並びます。私には、縁の無いものですが、それにしても福田氏の批評の言葉からは作品への嫌悪感さえ感じます。
「緊張感の欠如、人間理解の浅さ、…安易さ、…衰退」の言葉は徹底していて、かえって胸がすく思いがするのは不思議です。
明確な言葉で気持ちを的確に表すのは、語彙の少ない私には難しい事です。

私の拙作をフォローして頂き有り難うございます

Good!

作家の値うちというものは、その作家が書いた作品の価値できまるように思う。
では小説の価値というものは、いかにして決まるのであろうか。
そもそも、価値というものは、いかにして決まるのかについて、考えてみよう。
経済学の授業にでれば、多分最初に習うのが、価値には交換価値と使用価値があるということだ。
市場の、需要と供給のバランスによって交換価値(価格)が決定され、それを使用する際にどれほど役立つかということで使用価値が決定される。
そしてもしマルクス経済学の授業なら、労働価値についても教わるだろう。
つまり、その財を生産するための労働が、価値を決めるという考え方だ。

小説にあてはめてみると、どうだろう。
まず、交換価値についてであるが、小説というものは大変に特異な性質を持っている。
再販制度があるため、市場の需給バランスと関係のないところで、本の価値は決定される。
つまり、その本がどれほど多くのひとから求められていても、価格は同じなのだ。
本について、交換価値という概念を当てはめるのは難しい。
では、使用価値はどうだろう。
辞書や辞典、マニュアルには判りやすい使用価値があるが、小説の場合は難しい。
つまりそれは内的なものであり、主観的にならざるおえない。
客観的な評価基準を、成立させにくいところに小説はある。
使用価値についても、小説にあてはめると成立させるのは困難だ。
それならば、労働価値はどうか。
小説は、印税というシステムで成り立つ。
つまり、小説を書くという労働に対する対価は支払われない。
小説を書くのに、10人月かかろうが、100人月かかろうが、人月単金で計算して工数に対する対価は支払われない。
つまり小説については、労働価値は存在しないというべきである。
では、一体小説の価値はどのように決定づけられるのか。
おそらく、格付けというシステムがあるのではないかと思う… 続きを読む