第21話 雨降って

ランチ後のクローズタイムに入り、カウチの隣には安倍店長が座っている。

「あんた、一体どうなって捕まったんです?」

話題はもちろん昨日の事だ。

「アルバムを見るためにこといの家に寄ったんだ。

んで、俺がミートソースパスタを作ってやって一緒に食べてたんだけど、気づいたら捕まってた。」

「気をつけろと言ったのに。で、あんたの不合格パスタを主神こといに作ってやったんですね。」

こといはこんな美味しいパスタ今まで食べたこと無いって。」

「とうとう舌がおかしくなったんですね。」

悪意のある言い回しに抗議の意味を込めて睨んでやる。

「いや、多分だけどこといはずっと一人で食事してたんだ。

気の許せる人と一緒に分け合ったり、湯気の向こうの笑顔に心踊ったりって事がなかったのかもな。」

「山頂でのカップラーメンは最高ってやつですか。」

「なんか違う気もするけど、要は気持ちの問題って事だよな。」

俺は片親だったけど、一人寂しい食事って思えば無かった。

いつも周りに誰か居てくれた。

それって、恵まれた事だったんだ。

「俺さ、またこといに会いに行くよ。あんな事された後だし、安倍店長は怒るかもしれないけど。約束したんだ。こといにまた飯作ってやりたい。」

「別に止めやしませんよ。ただし、勝手しないでオーナーに連れてってもらいなさい。」

「そういえば、せっかく親父に会えたのに、あんまり話せなかったな。」

あんな状況で、話に花が咲くはずもないけど。

「これから話せば良いんです。

オーナーは明日から、しばらく厨房に入るそうですよ。

私は療養を兼ねて、華とホールに入ります。」

安倍店長は、家に侵入した時怪我したという左手をひらひらさせた。

本気で心配してくれたのは嬉しいけど、あの散らかった部屋を見られたのかと思うと恥ずかしい。

それに、親父には勢いで説教かましてしまった。

明日きちんと謝ろう。


「そうそう、今日はコレを持ってきたんです。

店の裏まで一緒に来てください。」

立ち上がった安倍店長はロッカーからレコーダーらしき物を取り出した。

脇には金槌を挟んでいる。

意味がわからないまま後について庭木の茂った裏手に回った。

昨日から降り続いた雨はすっかり上がっている。

安倍店長は敷地の境にあるコンクリート塀の前で、レコーダーを手に振り返った。

「これを、あの壁に向かって、ぶん投げてください。

もちろん、壊れますけど構いませんから。さぁ、どうぞ。」

突然どうしたと言うのか。

頭がおかしくなったのかもしれない。

「何でそれを俺にやらせるんだ⁈」

大げさにリアクションしてみたが、安倍店長の表情は至って真剣だった。

「これは言うなれば除霊です。

録画に写ってしまった悪魔と、それに引き寄せられた悪い気を浄化させる儀式です。

私は憑かれてますから、どうしても躊躇してしまいます。

あんたなら、簡単に出来るでしょう?

あんたにやって欲しいんです。」

「うぁ、マジか! もしかして、恐怖映像ってやつ? 実在するんだな、そういうの。」

「思いっきりやって下さい。」

よく見ると古そうな機種だ。埃もかぶってるし、もう使わないのかもしれない。

なら、破壊するのみ。

レコーダーを頭上に掲げて、コンクリートの壁に叩きつける。

すごい音がして、外側のプラスチックケースが割れた。

安倍店長はその中からハードディスクを取り出して、金槌と一緒に俺へ渡す。

「これも、お願いします。」

叩き壊せということか。日頃のストレス発散にはなるかもしれない。

安倍店長の暴言を思い浮かべて金槌を思い切り振り下ろす。

硬いスチールは思いの外ベゴベコになった。

釘抜きの方でもザックリやったから、再生は不可能に違いない。

「これで良いのか?」

見上げた先にある顔は、意外なほど清々していた。

なるほど、除霊は成功したという事か。

安倍店長は立てかけてあったスコップを手に取り、湿った土を軽く穴を掘って、残骸を全て埋めてしまった。

そのまましばらく地面を見つめ、不意に空を仰いだ。

俺もつられて空を見上げる。

雲が風に押し流され、まばらに光が差している。

「もうすぐ晴れそうですね。忙しくなりそうです。さっさと戻りますか。」

眩しそうに顔を伏せた安倍店長は踵を返し、先に行ってしまった。

「ちょ、置いてくなよ。」

急いで後を追いかける。

その先では安倍店長が重い玄関のドアを開けて待っていてくれる。

俺はそのドアへと向かう。

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