太郎伝説

松本まつすけ

太郎伝説

 昔、昔、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいたわけだが、割と仲睦まじい夫婦だった。何分、長いこと寄り添って生活しているのだから当然だろう。

 おじいさんが山へ芝刈りへ行っている間に、おばあさんが川へ洗濯に向かったときのことだ。洗い物とか洗濯板とかそういうものを抱え、さあ洗濯しようとそのとき。

 おばあさんは見つけてしまった。

 川の上流から美味しそうな桃が流れてくるのだ。お手ごろサイズで食べやすい桃だ。これはこれは珍しい。何処から流れてきたのだろう。そんなことを思いながらもおばあさんは手に持った桶で川を流れる桃を一つ二つ掬い上げた。

 これはおじいさんと一緒に食べよう。そう思い、お土産にしたのだった。

 洗濯を終えたおばあさん。さっそく家に帰り、一つ桃の味をみることにした。

 包丁でザックリ。果汁のあふれるなんと美味しそうな桃だこと。久しぶりの桃に喜びながらも、おばあさんは桃をパクリ。ああ、美味しい美味しい、と満足げだ。

 ところが、これはどうしたことだろう。桃を食べたおばあさんが見る見る若返っていくではないか。あれよあれよという間に、おばあさんはそれはもう見るも美しい美女になっていた。不思議なこともあったものだ。

 そこへおじいさんが帰ってきた。おじいさんはビックリだ。

 お前は何者だ。おばあさんは何処へ行った。それはそうだ。家に帰ればこんな美女がいるのだから驚かないはずがない。

 そこでおばあさんだった美女は桃のことを話した。

 おじいさんは言葉だけでは信じられず、おばあさんの切った桃をひょいとつまみ食べてみることにした。するとどうだ。

 なんとおじいさんも見る見る若返っていくではないか。あっという間に気づけば美男がそこにいた。

 ああ、なんと懐かしい。それはおじいさんとおばあさんが出会った頃と同じ。おじいさんはこの美女に惚れ、またおばあさんもこの美男に惚れたのだ。忘れかけていたあの頃の青春が二人に戻ってきたようだった。

 そして、この後、滅茶苦茶なんかあった。


 ※ ※ ※


 季節が一周するほど月日は流れ、二人は子を授かり、桃太郎と名づけられた。

 桃太郎は健気に育ち、すくすくと成長して、立派な若者になった。

 それからまたあくる日のことだ。桃太郎が町へ出歩いていたときのことだ。桃太郎の目にとあるお触れが目に付いた。

 それはおぞましい鬼の絵が描かれた張り紙だった。

 その内容によると、昨今、鬼が島というところから鬼が攻めてくる被害が相次いでいるとのこと。ほとほと困り果てたお殿様は鬼退治できる者を募ったわけだ。

 正義感の強い桃太郎は名乗り出たのは必然だった。

 桃太郎は家に帰るなり、両親に鬼退治に行くことを告げ、身支度を整えた。二人ともそんな桃太郎を止めることはできず、涙をのんで見送ることを決めた。

 いってきます。そう意気揚々と出発しようとする桃太郎に、これを持っていきなさいとおばあさんは今朝早くから作ったキビ団子を渡し、おじいさんは桃を渡した。

 この桃はその昔、おじいさんとおばあさんが食べた桃の種を庭に埋めた場所に生えてきた桃の木からとれた桃だ。食べると元気が出るだけでなく、どういうわけかもいでも腐ることがない不思議な桃だった。

 キビ団子と桃を受け取った桃太郎は、ありがとうと一言添えて、家を後にした。


 ※ ※ ※


 桃太郎は山の中を進んでいた。うっそうとした森の中、どういうわけか賑やかな声が聞こえてきた。はて。この辺りに村があるなどとは聞いていない。

 さらに進んでいくと、どしんどしん、ずしんずしんと大きな音も聞こえてきた。一体なんだろう。森のひらけた場所につくとその音の主がそこにいた。

 この光景に桃太郎は目を疑った。

 一人の若者が相撲をとっていたのだ。しかもなんということか、その相手は熊だ。

 獰猛で力強い野生の熊と相撲をとり、そしてたやすくぶん投げていた。先ほどから響いてきた大きな音の正体は熊の巨体が地面に叩きつけられる音だったようだ。

 その若者の名は金太郎といった。いつもこの森の中でこうやって動物たちと相撲をとって過ごしているのだという。この圧倒される圧倒的なパワー。桃太郎はすぐさま金太郎を鬼退治に誘った。

 鬼なんぞ知らん。俺は強い奴と戦いたいだけだ。金太郎はプイとそっぽ向く。

 ならばと桃太郎は土俵に上がった。四股を踏み、金太郎の前に立ちはだかる。

 これには金太郎も逃げるわけにはいかない。相手がなんであろうとぶん投げてやる。桃太郎と金太郎の一騎打ちだ。はっけよい、のこったのこった。

 さすがは金太郎。熊を投げるほどの大怪力。桃太郎では敵わない。だが、パワーだけで押し切らせようなどとは勝負はそこまで甘くはない。桃太郎は熊のように単純ではない。人間だから賢いのだ。

 桃太郎は、ひょいと力を抜く。ここぞとばかりに金太郎がそこを攻める。その瞬間だ。その金太郎の猪のような勢いを逆手にとり、ひらりと身をかわして桃太郎は金太郎をいなすと土俵の外までちょんと押し出してやった。

 ごろごろ、どたーん。勢いのままに金太郎が転がって木にぶつかって倒れる。いやいや、これはまいったまいった。これには金太郎も降参だった。

 桃太郎は倒れる金太郎に手を差し伸べ、もう一度、鬼退治に誘った。

 もっと強い奴と戦えるのか。ならば共に行こう。二つ返事で金太郎は承諾してくれた。こうして桃太郎は金太郎と、その熊をお供に連れていくことになった。

 先陣は桃太郎が切り、その後ろを大きな熊にまたがった金太郎がハウシドウドウついてくる。鬼退治に向けて、二人と一頭は山を下っていったのだった。


 ※ ※ ※


 桃太郎と金太郎と、それと熊のご一行。山を下りかけたところ、道端に老いた男がひぃひぃと倒れかけていた。

 おい、そこのじいさん。大丈夫か。桃太郎が声をかけるも男は息切れ声で返す。

 俺ぁジジイじゃねぇ。俺ぁジジイなんかじゃねぇ。ぜいぜいはぁはぁ肩で息しながらも男は地面に倒れんばかりに山道を登ろうとしていた。

 そいつは無茶だ。アンタはずいぶんとくたびれてやがる。金太郎が言う。

 ちょっと前はこんなんじゃなかったんだ。男がようやくどっこいせと地面に座り込んで、一息ついた。見るからに辛そうなこの老いた男。名は浦島太郎と言った。

 なんでもついぞ前までは若い男だったのだという。そんなことがあるものなのか。金太郎が言葉を遮るも浦島太郎は話を続ける。


 浦島太郎は海辺に釣りしに出かけたそうだが、そこで子供たちにいじめられる亀を見かけたそうな。そんなもの放っておけばいいものを、浦島太郎は子供たちを追い返し、亀を助けてやった。

 するとどうだろう。亀がお礼を言ってくるではないか。なんと面妖な。さらにはもっともっとお礼がしたい。ぜひとも我が竜宮城へお越しくださいとまできた。浦島太郎は断りはしたが、それでも亀が食いつくものだから、行かざるを得なかった。

 亀の背中に乗せられて、海の底へとダイブ。潜り潜って竜宮城へ。

 その竜宮城とやら。とても素晴らしいところだったらしい。浦島太郎の言葉だけでは桃太郎にも金太郎にも伝わらないくらいに、それはそれは絵にも描けないくらい美しく、華やかで、豊かなところだったとか。

 そこで会ったのは乙姫様。これまたなんと美しいことか。亀を助けたお礼とばかりに浦島太郎は乙姫様の竜宮城で大いに歓迎された。美味い飯に美味い酒。果てやタイやヒラメの舞踊り。こんなことがあっていいのか。不満一つなく過ごした。

 浦島太郎が帰ろうとしたとき、乙姫はお土産にと大きな箱を渡してくれた。この玉手箱を持ち帰り、浦島太郎は元いた海辺へと帰ってきたのだ。

 さてさて、玉手箱の中身はなんだろう。開けてビックリ、玉手箱の中からはもくもくと煙が立ち込めてくる。なんだなんだと気付いたときには浦島太郎は老いてしまっていた。ああ、なんてことだ。どうしてこんなことに。


 そいつぁタヌキかキツネのイタズラだったに違いねぇ。金太郎がケタケタ笑う。そんな与太話しても仕方ねぇ。鬼が島へ向かおうとする金太郎だったが、これはしたり。桃太郎も金太郎も海を知らない。何処へ向かえばいいのだろう。

 山を下りる道が分かれているではないか。東へ行くか西へ行くか。はたまた北へ行くか南へ行くか。困りかけたそのとき、浦島太郎が答える。

 俺なら海へ向かう道を知っている。しかし、こんなヨボヨボの体じゃ案内できねぇ。それならばと言わんばかりに金太郎は浦島太郎を担ぎ上げようとした。

 いやいや待った金太郎。すかさず桃太郎はお腰につけた桃を取り出した。これは旅に出るときにおじいさんにもらった桃だ。まるでもぎたてのように瑞々しく甘い香りの漂ってくる不思議な桃だ。

 これを食べるといい。そういう桃太郎から桃を受け取った浦島太郎。甘くてやわらかい桃の果実ときたら、浦島太郎のよぼよぼの歯でも齧り付けるくらいだ。

 おお、なんと美味い桃だ。こんなものは食ったことがねぇ。驚く浦島太郎だったが、さらに驚く。桃をかじればかじるほど、浦島太郎の体が見る見るうちに若返っていくではないか。金太郎と浦島太郎は目を丸くした。

 これで案内できるだろ。桃太郎は高らかに笑い、浦島太郎もおうよと笑った。


 ※ ※ ※


 桃太郎、金太郎、浦島太郎、そして熊のご一行。山を下り、海へ訪れた。浜辺の向こう、水平線の向こうに、なんとも禍々しい島が浮かんでいた。

 あれぞこの旅の終着点、鬼が島だ。

 舟ならば俺が出そう。浦島太郎が舟のを構える。さすがは浦島太郎。海釣り経験者だけあって、こういうことには達者のようだ。ご一行は、波を超えて、いざ鬼が島へと向かった。なお、熊は大きすぎて船に乗らなかったようなので泳いでいる。

 どんぶらこっこ、どんぶらこ。三人を乗せた舟が鬼が島まで運ばれる。ついでに後ろから熊が熊掻きで渡る。これから始まる戦に思いをはせて、鬼が島へ。

 間近で見る鬼が島は何とおぞましい事か。

 上陸した一行、もう逃げる道などあるわけがない。

 桃太郎、金太郎、浦島太郎、そして熊。勇敢な三人と一頭は根城へと歩を進める。

 なんだオマエラは。地鳴りのような低い声。それは立ちはだかった。山のような怪物が大木のような棍棒をぶんぶん振り回す。頭に角二本。鬼の門番だ。

 お前たちを退治しに来たのさ。桃太郎が返す。これには鬼もガッハッハと笑う。そんなことができるものかと棍棒を振り下ろす。桃太郎の背丈よりも大きな棍棒。これを食らってはひとたまりもあるまい。

 やったか。そんなことを思ってる隙に、桃太郎は鬼の首の後ろ。どりゃあっと一突きで鬼はうぎゃあってなもんだ。山のような巨体はどっしーんと硬い地面に倒れこむ。そこを狙って、金太郎と浦島太郎と熊が畳み掛ける。

 ひえー、まいった。さすがの鬼だってこうなってしまえば敵うまい。

 さあさ、戦いは始まったばかりだ。門番の鬼の後ろに構えていた大きな門を開けば、そこには鬼が沢山。何せここは鬼が島。鬼たちの根城。平和を乱す文字通りの巨悪たちの巣窟。

 桃太郎が斬る。金太郎が突っ張る。熊が吼える。浦島太郎も櫓で応戦する。熊が噛み付く。熊が引っ掻く。てんやわんやな乱戦、交戦、大合戦だ。

 まさにこれ、疾風怒濤。

 人間がここまでやるとは。とうとう鬼の親分も降参だ。こんなに人間が強いなんて思わなかった。物理的にもデカイ顔していた鬼の親分も土下座せざるを得ない。

 参りました。参りました。もう二度と悪さはしません。どうかお許しください。人間から奪ったお宝も全部お返しします。こうまできたら桃太郎も金太郎も浦島太郎も鬼を許さないわけには行かない。

 これに懲りて、二度とするんじゃないぞ。桃太郎は優しくそういった。


 ※ ※ ※


 お宝を積んだ船に、桃太郎と、金太郎と、浦島太郎、それと熊が乗り、鬼が島を後にした。こうして、三人と一頭の鬼退治の旅は終わりを告げた。

 後に、この三人の太郎たちのお話は伝説として語り継がれることになる。

 熊と相撲をとった金太郎の話や、亀を助けて竜宮城へ行った浦島太郎の物語など、それはそれは広く伝わるようになったとか。

 特に桃太郎の鬼退治の話は人気が高く、動物をお供に、というところが大変ウケが良かったがために時が経つに連れて脚色が入り、元々強い熊は面白みがないので省かれて、代わりにちょっとグレードを下げて、犬、猿、雉に差し替えられたそうな。

 かの桃太郎は、犬と猿と雉をお供に連れて鬼を退治した。そういうお話になった。

 めでたし、めでたし。

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