リアル10

タカテン

リアル10

 ☆ IN CHINA ☆


 男はイライラしていた。

「くそっ、またか!」

 パトカーを降りて、見上げた建物の惨状に忌々しそうに呟く。

 鼻腔を擽る、何かが焼ける臭い。それもそのはず、建物の三階にある一室から黒煙がもうもうと噴き出していた。

「おいっ、今度は何が爆発した!?」

 男は野次馬の整理に当たっていた警官のひとりに問いかける。

「電子レンジか? テレビか? 餃子か? 何が爆発しても、俺はもう驚かんぞ」

 そう、今やここ中国において爆発は日常茶飯事。いつもどこかで何かしら爆発し、しかもガス管みたいなものはともかく、冷蔵庫、便座、マンホール、しまいにはヨーグルトまで、本来ありえないものまで爆発する。

 俗に言うチャイナボカン。大半は粗悪品が原因であったが、それだけでは説明できないものまで爆発するのが今の中国だ。ここまでくると、何かしらの陰謀かもしれないと考えたくなる。

 いや、きっと陰謀だ、そうに違いない、てかそうじゃないと困る。

 そんな考えの上層部によって調査を命じられたのが、この男だった。

 おかげで男は半年間まともに休暇を取れていない。そりゃあ苛立つのも納得の、とんだ災難であった。


「で、今度は何だ?」

「それが……あの一室は商品の倉庫だったらしいのですが」

 言葉を続けるのを躊躇う警官に、男は続けろと厳しい眼で合図する。

「中にはその……大量の書籍だけがあったそうです……」

「なん……だと?」

 男は思わず絶句した。

 今度は紙。確かに紙はよく燃える。紙に火が燃え移って火事になるのはよく聞く話だ。

 が、紙自体が爆発するなんて、男は聞いたことがない。

「他に爆発しそうなものはなかったのか? 空調とか、電灯とか」

「いえ、エアコンもなく、商品の持ち出しは昼間に行うので電灯も外していたそうで」

「……」

 男は考えを巡らす。となると何者かが爆破物を仕掛けて……いや、しかし、なんで書籍なんてものをわざわざ爆破なんてする必要が……やはりここは紙自体が爆発……そんな馬鹿な!?

 思わず頭を抱える男。

 と、その耳がふと、周りの野次馬たちがひそひそ話す言葉をとらえた。

「Real 10だ……」

「ああ、欲を出したばっかりにこのザマだ」

『Real 10』……男が聞いたことのない言葉だった。

 事件の収拾のためにも、今は少しでも手がかりが欲しいところ。男は振り返る。 が、男と眼が合った途端に、野次馬たちは慌てて俯き、その場を立ち去るのだった。



 男は署に戻ると、自分の席にあるPCで早速『Real 10』という言葉を百度バイドゥった。

 もしや爆破を得意とする暗殺者のコードネームなのでは……などという馬鹿げた期待はしていなかったが、果たして結果はやはりふざけたものであった。


『Realが10までカウントされたものは爆破される』


 どうやら都市伝説らしい。一昔前に流行った『レベル7まで行ったら戻って来れない』とか、そんな類のようだ。

 しかし、Realが10までカウントされるとはどういうことなのか? やりすぎはよくない、という意味なのだろうか?

 詳しい意味が分からない男は、さらに百度る。百度は最高だ。ここ中国ではお目当てのものが見つからないことが多いグーグルとは比べ物にならない。

 そして今回もまた、男はお目当てのものを見つけた。

 画面に映し出される『Real 10』の真の意味や、その由来に男は俄かに思考を巡らし始める。

 そして男はついに自分の任務が終わりを迎えることを悟り、ニヤリと嗤うのだった。



 ◎ IN JAPAN ◎

 

「総理、今回の中国からの抗議についてどう思われますか?」

「あのような言いがかりに、どのような対応をなされるおつもりですか?」

 記者たちの質問に、時の日本内閣総理大臣は眉間に皺を寄せ、黙って聞いていた。

 脳裏に浮かぶのは、隣の国から届いた抗議。

 実に。

 実にふざけた内容であった。



☆ IN CHINA ☆


「素晴らしい! これは素晴らしい真相ではないか!」

 男の提出した報告書に、上司は上機嫌でうんうんと頷いて言葉を続けた。

「私もおかしいと思っておったのだ。我が偉大なる中国製品が何故にかくも爆発するのか……しかし、まさか卑しき日本人の陰謀であったとはな! よくぞ真相に辿り着いてくれた」

「ええ、苦労しました。なんせ私たちには想像も出来ませんからね。他人の成功に嫉妬し、呪いをかけるなど。とても同じ人間のすることとは思えません。日本人にも困ったものです」

 男もにっこりと笑う。

「確かに。で、その『Real 10』というのは……」

「正確には『リア充』と申します。『充』と日本語の『10』が同じ読み方な為に、このような伝わり方をしたのでしょう」

 男はこほんと咳をひとつする。

「そしてこの『リア充』とは、最近日本の若者たちの間で大流行の呪詛であり、恋人が出来たり、何か成功を収めたりすることが判明すると、妬んだ周りの人間たちは『リア充爆発しろ』と呪いをかけます。ただし日本人は我らのような寛容な心を持ちません。呪われた者は十をカウントすることなく、死にます」

「本当かね?」

「我らの百度百科に偽りはありません」

「ううむ。だとすると、これは間違いなく、我が国で頻発する爆破事件も」

「ええ、我らの急激な発展を妬む日本人による呪いと見て間違いありません。中国製のテレビが爆発するのも、中国製のマンホールが爆発するのも日本のせいです。ヨーグルトはブルガリアとの共同作戦ではないかと思われます。ちなみに」

 男は上司の机に、一部に焼け跡の残る薄っぺらい本を置く。

「今回爆発した書籍は、日本でいうところの『薄い本』と呼ばれるモノでした。そうです、今や日本の総輸出製品において七割を占める主要物産です」

「おおう、これはまた……」

 男の上司はぺらぺらとめくった。顔がにやけている。

「そして今回爆破されたものは、我が偉大なる中国のクリエイターたちの手によるものです。どうです、このキュ○ピースのアへ顔ダブルピース、もはや我が国はこの分野においても日本を追い越したといっても過言ではないでしょう。しかし、それが日本人はたまらなく悔しかった……」

「故に爆破した、と。うむ、完璧だ。よし、さっそくこれは上層部へ報告しよう」

 上司がスキップしながら部屋を出て行くのを見送りながら、男は自嘲気味な微笑を浮かべる。

 まったく、どうして早くこの方法に気がつかなかったのか。

 今の中国はいざとなれば日本のせいにすることで、何でも解決できてしまうのだ。

(ったく、真面目に捜査する必要なんてなかったよな……)

 こうして大国・中国は静かに、しかし確実に終わっていくのだった。

 


 ◎ IN JAPAN ◎


「総理、ここは日本の代表として毅然とした態度を!」

「総理、いつまでも中国に好き放題させるつもりですか!?」

「総理!」

「総理!!」

 総理、総理とうるさいマスコミ。しかし、ついにその総理が片手をあげると、皆一様に黙り込んだ。

「分かっている。こんな茶番に付き合うほど、我が国は暇ではない」

 おおーっと歓声があがる中、総理は自信満々に言い放った。

「中国は我らが彼らの技術に嫉妬して、爆破の呪詛をかけたと言ってきている。が、君たち、見たかね、彼らが爆破されたと主張するブツを! あんなのは話にならん! いいかね、君たち、本当のキュ○ピースのアへ顔ダブルピースとはこう描くのだ!」

 そしてマスコミのフラッシュが焚かれる中、総理は確かな筆運びで中国製とは比べ物にならないぐらい精密で、萌えで、そして何よりエロいキ○アピースのアへ顔ダブルピースを一瞬にして描きあげる。

「すごい、さすがはアヘ総理!」

「アヘ顔ひとつで総理の座まで登りつめただけのことはある!」

「それに比べて中国製のは……やはりまだまだ奴らは涼○ハルビンレベルよ!」

「中国よ、これが本当の『薄い本』だ!」

 総理が笑った。

 マスコミも笑った。

 明日の新聞にはきっとこの話題が一面を独占し、日本国民全てが笑うことであろう。


 そう、日本はとっくに終わっていたのだった――


 終わり

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