第二十五章 リアル×VR

「……で、何で負けるのよ?」


「いや、俺もびっくりしましたよ。普通、あの流れで負けるかと」


 死亡により強制ログアウトとなった俺は今、レオナさんと現実世界でケータイで会話していた。


「でもまさか、あのタイミングでガバンが膝カックンしてくるとは思いませんでしたよ……」


「まぁ私も気付かなかったのは反省してるけどね。完全にノーマークだったわ。それでガバンにカックンされてバランスを崩した後『雷鳴神速・極』で腹部を貫かれたのよね。それにしてもグロかったわね、あの後のテスラの拷問。まさにR18って感じで……」


「や、やめてください、その話は! 思い出したくないんで!」


「ご、ごめん……」


 俺は大きく溜め息を吐き出す。


「それに強制ログアウトの後、現実に戻った時も酷かったですよ。本気でソフトもハードもブッ壊れてましたからね。起きたらヘッドギアが『ブッシュォォォ』って煙吐いてるし。髪の毛、燃えるかと思いました。危なすぎるでしょ、アレ……」


「大変だったわね……」


 そしてお互いに少し沈黙した後、レオナさんがぼそりと言う。


「ねえ、ヒロ君。それでどうする? いつ、続きやるの?」


「えっ!」


「ふふふ……わかってるわ。ハードもソフトも買い直すお金なんてないのよね? でも大丈夫! アナタの将来性を買って、何と無料でレンタルするわ! 将来の旦那様への特別サービスよ!」


 レオナさんは自信満々な様子だったが、


「えぇと、それなんですけど……ちょっと考えたいかなって……」


 今度はレオナさんが「えっ!」と驚いた。


「ま、まさか止めるつもりなの!? 嘘でしょ、ヒロ君!? いい? アナタほど序盤クリアに近づいた人を、私はここ数年見ていない! アナタは本当にすごいのよ! 自信を持っていいのよ!」


「は、はぁ……」


 レオナさんは熱心にキワクエ再開を勧めるが、俺はどうにも気乗りしなかった。なぜならハードとソフトをタダで借りたところで、また『NEW GAME』からのスタートなのだ。


 ……始めに『親友殺しベストフレンド・キラー』の称号を得た時は、すぐにでも一からやり直したいと願った。だが今となって、あれが全部無かったことになるかと思えば、無性にやる気が無くなるのであった。あのルートで失ったものは多かったが、得たものもそれなりにあったように思う。人生に二度目がないように、俺のキワクエはテスラにやられた時に終わってしまったのかも知れない。


「やるでしょ!? ねっ、ねっ!?」


 ケータイの向こうで、必死なセリナさんの様子が目に浮かぶ。


「う、うーん……」


 レオナさんに何と言って断ろうかと悩みつつ、俺は気付かないうちに部屋のパソコン画面に映るオーベルダイン歴程を眺めていた。そしてページの下部に小さく、こんなタイトルがあるのを発見した。




『ゴブリン襲来後、最後の最後で最終的にアイツにやられて、ハードが壊れた癖に、それでもまだ諦めきれないマヌケへ』




「ち、ちょっと待ってください、レオナさん!」


 言うや否や、俺はタイトルをクリックする。ちなみにこのタイトルはこの間『最高の親友殺しベスト・オブ・ベストフレンドキラー』の称号を得た時、パスワードを入力したことにより新たに追加されたタイトルで、普通の閲覧者には見えない仕様のものであった……。






 ハッハー! ホラ見ろ! やっぱり負けたろ、ゴミ虫が! だから生存率0・1%って書いてあったろうが! 目、見えねえの、お前?


 それで、何だよ。殺されてハードも壊れたのに、まだキワクエやりたい訳? お前って超弩級のドMなのか? 気持ち悪いな。気持ち悪すぎるぜ。気持ち悪すぎチャンピオンだ、お前は。リアルでも一回死んだ方がいい。いや冗談じゃなくて、マジで。


 だがそんな『気持ちが悪すぎて逆に気持ちいいくらいの気持ち悪すぎチャンピオン』のお前に、ひとつだけ良いことを教えてやる。


 ハードとソフトを買い換えた後、普通ならば、もう一度『NEW GAME』から開始するしかない訳だが、これから教える『秘技』を使えば、なんと死ぬ前の続きからリスタート出来る。


 やり方は、新しいハードを起動した後、壊れたキワクエのソフトを入れ、十秒以内に、


『ゆうてえみやうおけむこうほりいようじとりやまあきーらぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ』と大声で叫べ。


 その後、すぐさま古いソフトを取り出して、新しいソフトに入れ替えろ。うまくいけば、死んだ一時間前からプレイを再開出来る筈だ……。


 




 オーベルダイン歴程には、その後もカムイの悪態が続けて書いてあったが、俺はそこまで読んだ時点で大声で叫んだ。


「や、やれるっ!! またあの続きからやれるんだっ!!」


「ど、どうしたのヒロ君!? いきなり叫んで!? 気持ち悪いっ!!」


「!! いや何でレオナさんにまで言われなくちゃならないんですか!? とにかく俺、今、オーベルダイン歴程を見ていたんですけど、凄いことが書いてあったんですよ!!」


 しかも一時間前から、やり直せるって!? それはつまり、上手くやれば今度はアリシアも救えるってことじゃないか!!


「ようし!! やる気が出てきた!!」


「だ、大丈夫、ヒロ君? 一体何て書いてあったのよ?」


「フフフ!! レオナさん!! 何と!! あの続きからリスタートすることが出来るんですよ!!」


「そ、そんなことが!? どうやって!?」


「『ゆうてえみやうおけむこうほりいようじとりやまあきーらぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ』と叫ぶんです!!」


「気は確か!? いきなり何言い出したの!? 私、今、かなり怖いんですけど……!!」


「俺は正気ですよ!! オーベルダイン歴程にちゃんとそう書いてあったんです!!」


「そ、そう……。でも、それで本当にリスタート出来たとして、またテスラと戦って負けたらどうするの……?」


「うっ……!」


 レオナさんの一言で冷静になる。裏技発動の感覚は何となく体で覚えてはいる。だが、だからと言ってテスラと再戦して勝つ可能性は決して高いとは言えないだろう。


 俺はケータイを握ったまま黙ってしまった。


「……ヒロ君?」


 しばらくした後、俺はレオナさんに言う。


「レオナさん。一ヶ月。一ヶ月待ってください。リスタートする前に、やっておきたいことがあるんです……」







 首に巻いたタオルが走る度に左右に揺れる。学校が終わった夕方。人気のない通学路を抜けて、俺は堤防沿いを駆けていた。


 マラソンを始めた一ヶ月前は、ちょっと走っただけで発情期の野良犬の如く「ハッハハッハ」と息切れしていたが、今はそれなりに体力がついたのか、大して苦に感じない。加えて、毎日の筋トレもスタミナ作りに一役買っているのかも知れない。まぁ筋トレとは言っても腕立てと腹筋を一日三十回ずつやっているだけなのだが。


 それにしても、三日坊主な俺がこの一ヶ月、よく続いたものだとは思う。


 そう考えて、走りながら苦笑いした。


 ――たかがゲームの為に一体何やってんだろな、俺。でもまぁいいや。健康にもいいしな。


 堤防沿いの長い道を駆け抜けた後、普段なら家に戻るのだが、今日はこの後、近くの公園でレオナさんと待ち合わせであった。


 公園に向かおうと堤防をUターンし、しばらく走っていると、前からあまり会いたくない顔見知りの奴らがやって来た。


「やぁやぁ、ヒロ君。頑張ってるねー」


 茶髪にピアスの三科が俺に声を掛ける。俺はマラソンを中断し、ぎこちない笑顔で「よっ」と挨拶する。すると、三科の隣で長身の谷城が鋭い目を向けてきた。


「ホントだったんだなー。ヒロが体、鍛えてるってのはよ」


 三科が俺の顔を覗き込む。


「ヒロ君が最近、マラソンしたり筋トレしたりしてるって、クラスの誰かが言ってた通りだったねー」


「ま、まぁね……」


 適当な相づちを打つと、不意に谷城が『ごきり』と拳を鳴らした。


「なぁ、ヒロよー。そりゃあまさか、もしかして、ひょっとすると、俺達をブッ飛ばす為にやってんじゃあないだろうな?」


 三科が狐目を更に細めて嗤う。


「まさか、まさか、谷城君! それはない! ヒロ君に限ってそんなことはないよ! なぁ、俺達、友達だもんねー? そうだよね、ヒロ君?」


 二人とも言葉こそ荒げていないが、目は全然笑っていない。


「おい。そこんとこ、どうなんだよ、ヒロ?」


 谷城が、いかつい顔を近づけてきたので、俺はブンブンと首を横に振った。


「違うって! マジでそんなつもりじゃないって!」


「ああ? じゃあ、何の為に体、鍛えてんだよ?」


「そ、それは……」


『クックク! ヒロ! 僕の勝ちだな!』


 ……急に記憶がフラッシュバックした。俺の腹をレイピアで串刺しにしたテスラが魔王さながらの顔で嗤っていた。


『さぁ、調子に乗ったクソガキに、お仕置きの時間だよ!!』


 そしてテスラは細く尖ったレイピアで、お、お、俺の目を……!


「ああああああああ!! 思い出しただけでムカつく!! あのクソ野郎が!! 今度はぜってー、ブチ殺してやるぜ!!」


 突然、俺が叫ぶと、谷城と三科がビクッと体を震わせた。


「ど、どうしたんだ、ヒロ。お前いきなり」


「いやどうしてもブチ殺したい奴がいるんだって!! マジで、目ん玉えぐってやりてえ!!」


 抑えきれない怒りをぶつけると、谷城はなぜか俺から一歩後ずさった。


「そ、そうか」


 三科は声を少し震わせて言う。


「ってか、い、いくら何でも、目ん玉えぐるとか……そ、それは流石にやり過ぎじゃあないの?」


 その時。俺はハッと現実に返る。


 や、やっべ!! テスラのこと思い出したら、ヒートアップしすぎて訳分かんなくなった!!


「ち、違う!! 今のはゲームの話で、」


 だが谷城も三科も俺の話を聞いていない。こわばった顔で、二人ともサッと俺から離れた。


「じ、じゃあねー、ヒロ君……」


「おい、ヒロ。お前、あんまり無茶すっと警察に捕まるぞ?」


 そして何やらボソボソ話しながら、帰ってしまった。


 ……一人残された俺は恥ずかしくなって死にたくなる。


 うわあああああああ!! やっちまったああああああああ!! 絶対、変な奴だと思われたよな!? ああ、もう明日から、どーしよう!?


 だが、その後、ふと気付く。


 ――アレ? そういや今日はアイツらに金、せびられなかったな……?






 公園の待ち合わせの場所に着いたが、レオナさんはまだ来ていなかった。マラソンで疲れてしまった俺は近くのベンチにドッと腰を下ろした。


 ……十分待ったが、どうにも来る気配がない。


 ったく。見かけ通りルーズだなぁ、あの人……。


 肉体的な疲れと谷城達に会った精神的な疲れが重なって、俺はついウトウトとしてしまった。


 ……ふと気付くと、俺の目の前には大きな木。そして、その木の下には男が立っている。


「マーチン……」と声を掛けようとした瞬間、俺は言葉を飲み込んだ。


 マーチンではなかった。ケヌラの木の下に佇むのは、俺に背を向けたまま、漆黒の鎧に身を包む、黒髪長髪の男であった。


 初めて出会う筈だった。だが俺はその男の名前を知っていた。


「よー。ゴミ虫」


 振り返り、俺を認めると、『永久無敵の冒険者エターナル・インヴィンシブル』は低い声と鋭い目を俺に向けた。


 長身から溢れる突き刺さるような威圧感。だが俺もカムイを睨む。


「あのさぁ。前から言いたかったんだけど、誰がゴミ虫だよ。大体、今のお前って俺と同い年くらいだろ? 偉そうに言ってんじゃねーよ」


 するとカムイは含み笑った。


「ゴミ虫にゴミ虫って言って何が悪りーんだ。テスラなんかに殺されて、ハードもブッ壊れたんだろ。やっぱゴミ虫じゃねーか」


 舐めきった表情のカムイ。それでも俺は負けない。


「ああ、そうだよ。だけどこれからリスタートだ。お前に教えて貰った方法でな。それなんだけどさ、カムイ。ハードが壊れた後、あの復活の方法知ってるってことは……お前も実はハードが壊れたことあるだろ?」


 そう言った途端、


「クッ……クックック……」


 カムイが声を上げて笑った。


「ハッハー!! 知らねーなー!!」


 辺りに響く快活なカムイの笑い声。俺も何だか釣られて笑ってしまう。


 しばらく二人で笑った後、カムイは俺に背を向けた。


 そして、ちらりと俺を振り返り、打って変わって真剣な声を出す。


「ヒロ。付いてこい。俺がテメーに現実リアルを教えてやる」


「だから偉そうに言うんじゃねえよ」なんて言い返そうとした時。頬に柔らかい感触がして……


 俺はゆっくりと目を開く。


 そこには息の触れる至近距離で銀髪、妖艶な大人の女性の顔が。いつものように小さな妖精の姿ではない、等身大のレオナさんがいた。


「……ヒロ君、起きた?」


「あ……ああ……俺、寝ちゃってたんですね。ってかレオナさん……今、俺に何かしました? 頬に何かが当たる感触があったんですけど?」


 するとレオナさんは、何故だか少し乱れたグレーのトップスを整えながら、頬を赤く染めていた。


「ごめん。あまりにも寝顔が可愛かったから。だから、ちょっと、」


「え。な、な、何をしたんです?」


「ほんのちょっとだけ『ムニュペロン』とね」


「いや『ムニュペロン』って何!? アンタ一体、俺に何をした!?」


「秘密」


 そう言って、そっぽを向くレオナさん。いやホントに何したの!? メチャメチャ気になるんですけど!?


「そんなことより、ヒロ君……」


 そしてレオナさんは俺に紙袋を突き出す。中に何が入っているかは見るまでもなかった。レオナさんが優しく微笑んでいる。


「準備はいいかしら?」


「……まぁ一応」


 紙袋に入ったハードとソフトを素っ気なく受け取る振りをしつつ……俺の心は静かに高揚していた。


 体だって鍛えた。戦闘のシミュレーションだってした。準備はもちろん出来ている。


 だから……さぁ、もう一度、行こう。


 現実よりもリアルな、あのVR世界へ――!



                              【第一部完】

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