第二十四章 極

……それでだな、ゴミ虫。今から教えてやる『裏技』だが、これは何もキワクエに限ったこっちゃねえ。


 もう充分わかってるだろーが、このゲームはリアルを忠実に再現してやがる。つまりこの『裏技』は、実は現実世界にも存在する。だがキワクエの中でそれを使っている奴を全く見かけねーように、現実世界でそれを使っている奴もほとんど見やしねー。マジでアホばっかだぜ、世の中はよ。まぁ、それが分かっていれば現実世界でもそれなりに成功してる筈だから、世のアホのパンピー共は皆こぞって、知らねえんだろうがな。


 いいか、よく聞け、世のアホ共代表ゴミ虫野郎。


 このゲームのステータスには感情が大きく付与される。っても、ただの感情じゃねー。


 ほとばしる熱い思いが、


 魂から溢れ出るような人間の強い意志が、


 己の肉体の上限を超え、更には運命をも変えていく。


 それがキワクエの裏技……いや違うな……。


 ――『現実そのもの』だ。






「うおおおおおお!」


 気合いと共に俺はテスラに剣を叩き付ける。衛兵との練習で一応、剣の型は習った筈だが、そんなのはどこかに吹き飛んでしまっていた。俺はバットで殴るように、やたらめったらテスラを叩き付けた。剣を盾にして俺の攻撃を防いでいたテスラだが、


「こ、このクズが! 何だ、その無茶苦茶な攻撃は! 調子に乗るな!」


 俺の隙を突いて、テスラが剣を突き上げる……が、俺はそれを紙一重でかわす。アゴを僅かにかすった剣は頭上まで来ると、今度は向きを変えて、脳天から股にかけて一刀両断に切り裂こうとする。コレはかわしきれないと踏んだので、俺は横にステップした。するとテスラの剣は俺が元居た場所を虚しく空振っただけだった。


「ぐっ!! またしても避けるだと!! 何故だ!? 剣術の基本も知らない素人同然のクソガキが!?」


 俺を睨むテスラの顔には、得体の知れないものを見た時のような焦燥があった。それはそうだろう。テスラにとって俺は格下も格下。大人と子供以上にレベルの違う相手。なのに、どういう訳だか洗練された自分の攻撃が当たらないのだ。


 テスラが数歩、俺から離れた。途端、レオナさんが叫ぶ。


「ヒロ君! 逃がしちゃあダメよ! 一定距離、離れると、テスラの『雷鳴神速・絶』が来るわ!」


「ええ! わかってます!」


 レオナさんに言われるまでもなく俺の戦略は、メチャメチャでもいいから反撃の機会をなるべくテスラに与えないように近距離戦で攻撃することなのだ。そしてテスラが動揺している今は俺にとって最大のチャンスであった。


 俺は息を吸い込み、全力でテスラに向かって駆け、即座に間を詰めた。そして剣を大きく振りかぶり、テスラに斬り付ける。今度は叩くのみではない。薙ぐ、払う、突く……思いつく限りのありとあらゆる攻撃を俺はテスラにぶつけた。


「こ、こ、このガキが! こんな、こんな筈は!」


 目の前で防戦一方のテスラが苦しそうに喘いでいる。少し離れた場所からはレオナさんの感嘆が聞こえる。


「み、見えない! ヒロ君の動きが全然見えないよ! 信じられない! 人間が……リアルプレイヤーがこんな動きをするなんて……!」


 必死すぎてわからなかったが、テスラの動きについていけるということは、今、俺の動きもテスラ並になっているということで、つまりレオナさんには俺の動作が見えていないらしい。


「これじゃあ、まるで、あの時のカムイじゃない……!」


 感極まってそう呟いた後、レオナさんは急に口調を変えて、


「よっしゃああああああ!! いけるぜ、ヒロぉぉぉ!! ソイツ、ブッ殺せええええええ!! そして結婚しようぜえええええええっ!!」


 興奮しすぎて本性をさらけ出し、オッサンのヤジのような声で叫んでいた。


 レオナさん……アナタは美人だし、おっぱいも大きいけど……俺、あんまり結婚したくはないです……。


 ふとそんなことを思ったが「いかん、いかん」と自責する。「テスラに勝ちたい」という強い思いが薄れると、俺のスピードも落ちてしまうかも知れない。


「おおおおおおおおっ!!」


 俺は気持ちを新たに、なお一層激しくテスラを攻撃した。どれだけ打っても相変わらず、テスラは俺の攻撃をどうにか防ぎ、かわし、いなしていた。


 だが……やがて待ちに待った瞬間がやってきた。数打ちゃ当たるとばかりに幾度も幾度も振り下ろした剣に、その時、はっきりとした手応えを感じた。見ると、今まで斜めにして頭部をガードしていたテスラの剣が大きく弾かれている。そして俺の前には無防備なテスラの頭部が!


 ――いける! 勝った!


 俺はガードの外れたテスラに向けて、全力で剣を振り下ろした……筈だった。


 ――あ……れ?


 愕然とした後で呆然とする。どうした訳か、テスラを斬った筈の手には、何の感触も伝わってこなかった。そして、


「……ふ……ふふふ……ふはははははは!」


 目前でテスラが哄笑する。


「形勢逆転だな、ヒロ!」


 意味の分からぬ俺の隣で、浮遊するレオナさんが青ざめた表情で俺の手を指さしていた。


「ひ、ひ、ヒロ君……け、け、剣が……!」


 レオナさんに言われ、ようやく握っている剣を見た瞬間、俺の口から、


「――ファッ!?」


 変な叫び声が漏れた。それも仕方ない。なぜなら俺の剣は、刀身部分がまるっとスッキリ無くなっていたからだ。


「お……折れちゃった……!?」


 足下には根本から切り離された刀身が転がっている。今、俺が利き手に握っているのはグリップだけ。これはもはや剣ではない。

 

 さ、さっき感じた手応えって……剣が折れた感触だったの……?

 

 状況を認識した後、怒りが込み上げる。


 って、どこまで腐ってんだ、このクソゲーはああああああ!! こんなところまでリアル追求してんじゃねええええええ!! このタイミングで剣が根本から折れるとかありえねえだろうがああああああ!!


「天はどうやらこのテスラの味方らしいな」


 ニヤリと笑うとテスラは剣を上段に構えた。


「死ね!!」


 ま、マズい!! マズすぎる!! いったん退却して……そ、そうだ! 殺された衛兵の剣がどこかに落ちている筈だ! どうにかアレを持ってくれば……!


 だが、


「痛っ!?」


 足に激痛。上段に構えた剣に意識を集中させておいて、テスラはその隙に俺の足を踏んでいた。刹那、俺はグラリと体勢を崩してしまう。悪魔のような顔でテスラが嗤った。


「クックク!! それでは防げまい!! これで終わりだ!!」


 そしてテスラの剣が俺の首を狙って、振り下ろされた。


 ち、ちょっと!? 嘘だろ!? ここまで追い詰めたのに!?


 人間とは悲しいもので、俺は咄嗟に剣と呼んでいいのかすら分からないものを、どうにか盾にしようとテスラに対して構えてしまった。自分でもバカな所作だと分かっている。刀身のない剣で、どうやってテスラの剣を受け止められるというのだろう。


 レオナさんが俺の心を代弁するかのように絶叫する。


「ああーーーーっ!! 終わったあああああ!! そしてハードも壊れたああああああ!!」


 ……だが、その時。突如として周りの風景が変わった。


 ガバン屋敷の敷地内でテスラと戦っていた俺は、何故だか小高い丘の上に立っていた。うららかな日差し。聞こえるのは鳥のさえずり。そして、見覚えのある大きな木の下で、これまた見覚えのある男が佇んでいる。


 その男を見た瞬間、俺は悟った。


 ――ああ、俺、死んじゃったのか。


 そうでなくてはケヌラの木の下で、死んだ筈のマーチンに会う筈がないからだ。


 マーチンは俺を認めると、優しく声を掛けてきた。


『やぁ、久し振りだな。ヒロ』


 俺はマーチンに照れ笑う。


「ああ。何だかずいぶん久し振りな気がするな」


『どうだい、調子は?』


「全然ダメだよ。ってか、死んでるし。テスラに殺されちまった。ついでにハードもブッ壊れた」


 無言で頷くマーチンに俺はおずおずと切り出す。


「それから……あ、あのな、マーチン。実はアリシアも……やられちまったんだ……」


 マーチンは一瞬、儚げな顔をした後、にこりと微笑んだ。


『そうか。だがお前はよく頑張った』


 非難されると思っていた俺はマーチンの優しい言葉に泣きそうになった。


「ありがとうな……マーチン……」


『礼なんかいいさ。それにヒロ。まだ終わっちゃあいないぜ』


「えっ?」


『今こそ俺を連れて行ってくれないか?』


「連れて行く……って?」


『つれないじゃないか、ヒロ。あの時、俺も一緒に連れて行ってくれると言ったろう?』


「あ……ああ、言ったけど……だけど、一体どうやって?」


 マーチンは俺の手を取り、固く握りしめた。


『一緒に行こう。そして共に戦おう』






「……ば、バカな!! な、何だ……その剣は!?」


 テスラの戦きを孕んだ声で俺は我に返った。そして信じられない光景を目の当たりにする。


 折れて無くなった筈の刀身が復活していた。だがそれは以前の刀身ではない。俺は血のように紅く輝く刀身の剣を握りしめ、それでテスラの剣を防いでいた。


 赤い障気のようなものが発散されるその剣を不気味と感じたのか、テスラは剣を引いた。その刹那、今度はテスラの剣が激しい音を立て、弾けるように粉砕される。


「ふ、触れただけでこのゴールドブレイドが!? そうか、その剣は……」


 そしてテスラは激しく俺を睨む。


「魔剣……!! 貴様、呪われた魔剣使いか……!!」


 同時に俺の胸のペンダントが意志を持っているかのように、フワリと目の前に浮かび上がった。ペンダントは光り輝きながら、俺の目の前で新たな称号を刻んでいく。




親友殺しの剣使いソード・ベストフレンドキラー・ユーザ




 俺はまるで意志を持っているかのように「オオオオオオオオオ」と唸る剣を眺める。


 ははっ、マーチン。呪われた魔剣だってよ。そりゃあねえよな。そして、


「ホントに呪われてんのはお前だろ。テスラ」


 俺の言葉にテスラはフンと鼻を鳴らす。俺と同じように剣を無くしたテスラだったが、腰には予備の剣を携えていたらしい。鞘からレイピアのような細身の剣を抜き、余裕の表情を見せる。


「強力な武器だが当たらなければ意味がない。そして、その剣が僕に当たることは絶対にない」


「ひ、ヒロ君! テスラが!」


 レオナさんに言われて気付く。いつの間にかテスラは俺との間に充分な距離を取っていた。


「油断したな! この距離ならば雷鳴神速が発動可能だ!」


「やってみろよ。でも、もう見切ってるからな、それ」


「いい気になるなよ、クソガキ……!『雷鳴神速・絶』は絶望のディスペア! そしてお前の絶望を更にもう一段階上げてやる!」


 突如、黒いオーラがテスラの体から、ほとばしった。


「見せてやろう! 究極奥義『雷鳴神速・アルテマ』を!」


 レオナさんが絶句し、かろうじて言葉を紡ぐ。


「う、嘘でしょ……! ま、また速度が上がるっていうの……?」


 極度に集中し、血走った目でテスラが俺を見据える。


「ヒロ……お前の目もえぐってやるよ……! 片眼ワンアイみたいにな……!」


 レオナさんが心配そうな顔で叫ぶ。


アルテマだって!! ヒロ君!! ヤバくない!?」


「レオナさん。大丈夫。安心してくれよ」


 ……究極奥義? はっ、何が究極だ。今更、何言ってやがる。このゲームの始めから……そう、マーチンを殺しちまった時から、こっちはずーーーーっとキワキワの極限状態だったっていうんだよ。


「負ける気がしない。強がりじゃない。本当に全く負ける気がしないんだ」


 俺はただテスラが懐に飛び込んできた瞬間、全力の剣を振るう。それだけだ。


 息を荒くしたテスラが、獣が獲物に飛びかかる体勢を取る。


「これが……最高速……!!『雷鳴神速・アルテマ』だ……!!」


 瞬間。テスラの姿が忽然とこの世界から消えた。


 だが、それでも……。


 俺の双眸は凄まじい速度で空間を移動するテスラを補足していた……。

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