BTのそらね

 今は昔、長良ながらの川に行く臨時夜行列車ありけり。他の鉄道オタクたち、宵のつれづれに、


「いざ、遠征行きなむ。」



とて「18きっぷ+指定席券」で乗りけるを、BTのみ、改札を脱りて乗りけり。

 さりとて、車掌れちの切符拝見を待ちて寝ざらむも、わずわらはしと思ひて、片方に寄りて、寝たるよしにて、るを待ちけるに、車掌れちすでに切符拝見をしいだしたるさまにて、鉄オタ達、ひしめき合ひたり。


このBT、定めて驚かさむずらぬと怯えて待ちゐたるに、車掌れちの、

「もの申しさぶらはむ。切符拝見致す。 驚かせたまへ。」

と言ふを、しとは思へども、ただ一度にいらへむも、 あなわびしと念じて寝たるほどに、


「や、な起こしたてまつりそ。このオタクびとは寝入りたまひにけり。」


と隣人の言ふ声のしければ、あなわびしと思ひて、もう一度も起こすべからずと、思ひ寝に聞けば、 あを服の駿河国けゐさつが車掌と共にれば、ずちなくて、無期ののちに、

「えい。」


といらへたりければ、周囲のオタクどもほくそ笑むことかぎりなし。

(著者不詳「きっぷ捨遺物語」「BTのそらね」からの抜粋)


用語説明

 長良の川に行く夜行列車…武蔵国と美濃国みののくにを結ぶ「むーんらいとながら」という快速夜行列車の事。かつて鎌倉幕府が運行していた列車として名が高く、「18きっぷ+指定席券」で乗れるため貧乏な鉄オタから落ち武者まで幅広い階級の人々が乗っていたといわれている。そのためか、一時期非常に車内の治安がわるかったらしい。


 脱る…切符を購入せずに改札を突破する行為。これをすると普通はお縄にかかるが、中世ではばれないこともあったらしい。



車掌れち…でちでもゴーヤでもない。列車に勤務する乗務員のこと。中世の時代、一部の鉄オタはこれに反抗し三脚で武装したといわれる。その後武装したあるものが駅を自治し山城国の某駅を約100年占領したと言われる(山城某駅一揆)が、それはまた別の話。


駿河国けゐさつ…幕府の犬で地頭より偉い。御恩と奉公の関係ではなく国家に従事している。

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日本バリ鉄(鉄道オタク)古典文学集 ひなもんじゃ @hinamonzya

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