おとぼけ博士の冒険録

松本まつすけ

未知の星にて

 香場こうば西典にしのり博士は自称、天才科学者だった。自称ながら実績は沢山残している。

 例えば、言語データを予めインプットせずとも言葉のパターンなどを自動で分析、解析し翻訳する万能コンバーターや、超低燃費を実現化した個人旅行用の小型宇宙船も彼の発明だ。

 しかし彼は科学者。常に追究し続ける者。こんなものでは満足しまいと言わんばかりに、とうとう自ら発明した便利そうな道具を自前の宇宙船に積み込んで、今まさに宇宙を旅していた。

 そして、彼の作った超高性能なレーダーを兼ね備えたスーパーコンピューターの弾き出した知的生命体が生息している星へと降り立ったのだった。

「ほう、なんとこれは素晴らしい。まるで我らの地球の環境とそっくりではないか」

 植物もあり、酸素もあり、地球の人間が生活できる環境と似通っていた。だが見渡す限り地球で観測できた動植物とは著しく異なっており、ここが地球ではないことを教えてくれる。

 高度な座標計算や膨大な宇宙航空記録を確認しても一切のデータはない。地球人でこの星にたどり着いた者は博士が初めてのは紛れもない事実だった。

 俄然、博士はやる気が溢れてきた。こんな未知の星に降り立てたということに感動も覚えていた。目に写る樹木の葉から、そこら辺をうろついてる動物に至るまで全てが宝石のように輝いてみえたほどだ。

 博士はそれはもう夢中になってそこら中の動植物を観察したり、あるいは採取したりと遊園地に訪れた無邪気な子供のように星の探索を進めていった。

 あまりにも夢中になっていたわけだが、突如、博士の前にとてつもない巨体が立ちはだかっていた。データは一切ないが、おそらくレーダーが察知したこの星の知的生命体で間違いないだろう。

 博士の背丈の倍を超える巨漢。博士のよく知る人類とは似てもにつかない容姿。まるで頭のないゴリラのよう。直立四足歩行で腕と思われるものは両脇に長いのが二本と、短いのが中央に一本。テカテカと光る体表はよく見れば皮膚ではなく、人間と同じ着衣のようなものだ。驚くべきことに文明もあるのだ。

 何処の部位がどんな器官でどんな役割をしているのか検討もつかない。何せ博士が生まれて初めて、いやいっそ人類が生まれて初めて遭遇した新人類なのだから当然だ。

 博士は慌てて万能コンバーターを取り出した。もし言葉という文化があれば会話ができるかもしれないと思い至ったからだ。そして博士の予想は的中した。新人類は言葉のような複雑な発音を発していた。間違いなく博士に何かを話しかけているのだ。

「◆◆◆◆◆―――◇◇◇◇◇―――◆◆◆◆◆―――」

 会話をしているつもりなのだろうが、あいにく万能コンバーターは今まで聞いたことのない言語ではリアルタイムに翻訳できない。

 取得した音声から言語を解析するためにフル回転している。だが発している感情も読み取ることもできるため微妙なニュアンスの違いによる齟齬も円滑に解消できる。それは言語の複雑なアジア圏の諸国でも実証済みのお墨付きだ。

 万能コンバーターが言葉を弾き出していく。

『来た・何処から・正体・お前・いや・回答を・怪しい・だから・求める』

 万能コンバーターから機械音声でまるで意味の通らない言葉が発音されたかと思えば、すぐさまキュルキュルと逆再生するような音を立てて、再び発音する。

『やい、この怪しい奴め! 一体何処からやってきた! 答えろ!』

 それはそれは機械音声とは思えないくらい流暢な発音で正確な言葉の意味を捉えていた。博士はあまりの驚きと喜びに飛び上がりたくなるほどの感動を覚えたが、抑えて、すかさず新人類に向けて言葉を掛ける。

「私は、宇宙を、旅してきたものだ。危害を与えるつもりはない」

 それは万能コンバーターを通し、博士の知らない言語となって発せられる。返事はすぐに返ってきて、万能コンバーター越しに届いた。

『こいつは驚いた。他の星からやってきたというのか』

「その通り。そこにあるのが、私の宇宙船だ」

 しっかりと言葉が通じているようで、どこに目があるのかはさだかではないが、新人類は博士の示した先にある宇宙船に視線を移す。そして感心したかのようにポヒョーっと息を吐いた。

『ずいぶん上手に話すが、我々の言葉は勉強してきたのか?』

「いいや、勉強などしていない。これは私の作った翻訳機によるものだ」

『ほほぉ、つまり先ほどから喋っているこの機械がその翻訳機なのだな。ほほぉ』

 すっかり馴染んできたのか、新人類は警戒を解いてくれたようで、徐々に博士との会話を楽しむようになってきていた。何せ向こうにとっても初めて見る人類。

 それも向こうからしてみれば博士は宇宙人なのだ。興奮気味にもなる。

 この新人類の名前はコア・グャ・キトョフィミというらしいが、発音の仕方が実に難しく、博士は呼ぶのに困難を極めた。しかし、コアとは打ち解けていき、博士にこの星のことを色々と教えてもらったり、逆に博士は地球の話も沢山した。

 この星の人類は博士が予想していたよりもずっと文明度が高く、現在の地球とも変わらない、もしくはそれ以上にも発展しているようだった。

 コアのような温厚な人に出会えたのも幸運だったのかもしれない。

 それからというもの、コアの協力もあり、博士は不便なくこの星での研究を進めることができ、滞りなく予定が進行して、快適な旅行気分で過ごすことができた。

 見るもの見るもの全てが違う、文化による進化を経たもう一つの世界。博士は異文化に戸惑うばかりだったが、それも感動的で、楽しいとさえ感じていた。


 日は矢のように過ぎ去って、博士が地球へと帰る日が訪れた。

『コーバ博士、とうとう帰られてしまうのですね』

「ああ、私もこの星で得たものをどうしても地球に持ち帰りたいんだ」

『あなたと出会えたことを光栄に思います』

「私もだ、コア。しかし別れは一時。また時がくればこの星にくるさ」

『そのときを心待ちにしています』

 コアは涙ぐむようにヘソ辺りからシャクシャクと音を立てて、宇宙船へと乗り込む博士を見送っていた。そして、扉を閉められようとしていたそのとき、コアはそっと博士の下へと寄り、その短い腕を博士に向けて差し出した。

『これは私からの贈り物です。どうぞ受け取ってください』

 博士はコアからそれを受け取ると、「ありがとう」と一言添えて、宇宙船の扉を閉めた。そして、宇宙船は浮上し、あっという間に上空を超え、コアからはもう見えなくなっていった。

「いやはや、なかなかに有意義な時間だった。この旅を始めたときにはどうなることかとヒヤヒヤしたものだが、これは大収穫だ」

 おみやげを携えた博士はたいそうご満悦で地球に向けて宇宙船の舵を取った。

 それからまた宇宙旅行を数日経たのち、博士は久しぶりの地球へ帰り着いた。

 宇宙船の窓から見える地球は博士の記憶に残ったままの形で、博士を出迎えてくれているようだった。

 宇宙船が地上に着地したとき、扉が開く間もなく、博士の周囲は地球人に囲まれていた。着地した地点が悪かったのか、どうも警戒されている様子だった。

 重装備した連中が銃器を博士に向けて今にも発砲されんばかり。

「貴様、何者だ! 一体何処から現れた!」

『私は怪しいものではない。この星の科学者だ。今、遠くの星から帰ってきたのだ。見てくれ、歴史的大発見だったんだ』

 そういって博士は例の星でもらったお土産を差し出して、降伏するように両手を挙げた。きっとこれで有名になれるだろうと博士は確信をしていた。

「撃てっ!」

『な、何をする!? やめろ、やめるんだっ! 私は地球人だ! 怪しくない!』

 博士の言葉が通じる間もなく、博士を取り囲んだ武装集団は一斉に博士に攻撃を開始した。せっかく持って帰ったお土産はボロボロに破壊され、元がなんであったか分からないくらいのただのゴミクズにされてしまった。

『ひぃっ! た、助けてくれ……っ!』

 一方の博士も銃撃から逃げるべく宇宙船の中へ駆け込んだが、爆弾を放り込まれて持ち帰った星のサンプルもろとも消し飛んでしまった。

「隊長、一体今のはなんだったんでしょうか?」

 武装集団の一人が問いかける。そして隊長と呼ばれた男は首をかしげて答えた。

「分からない。だが、危険なものだったに違いない。あんな見たこともない得体の知れぬものをこちらに向けてきたのだ。敵意があったとしか思えない」

「そうですよね……それにあんな奇妙な声、聞いたことがありませんでした」

 博士はうっかりしていた。星では万能コンバーターに頼って生活していたため、地球に帰っても万能コンバーターを使用したまま会話しようとしていたのだ。

 万能コンバーターは星の言語をたっぷり学習した状態だったので、地球の言語に直されておらず、博士が普通に喋った言葉は星の言語で発せられ、その機械音声による不気味な発音を聞いた地球人たちは驚いて攻撃してきたのだった。

 こうして、博士の大発見は、誰に知られることもなく、歴史に残ることもなく、そしてあとかたもなく消えていったのだった。

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