EPILOGUE「Sky Flow」


【ファイアー・イン・ザ・レイン:エピローグ】

EPISODE 119 「Sky Flow」



 レナちゃんがいなくなってしまってから、もう二か月。

 あの戦いから二週間が経ったなんて……なんだか時間が経つのって早いですね。



 まだ二週間なのに、なんだかとても昔の事のように感じる時があります。…………麗菜ちゃんと一緒だった時間は、まだ昨日や今日のように感じるのに、不思議な気分です。



 怪我ですか? 私は大丈夫です。オーバーマンでサイキッカーなので、怪我もすぐに治るだろうって、ハンムラビのお医者さんに言われてます。

(でも両腕あがんない! やっぱりつらい! 特にお風呂はいるときとか!!)



 ソフィアさんは身体の具合は大丈夫? 気を付けて遊んできてね!



 ☘



 Helloリョーコちゃん :) 私は大丈夫! オーバーマンじゃないけど、なんていったってビスコット食べてるし! (おいしくて強くなるのよ!)


 リョーコちゃんもたくさんたべて早く身体なおしてね♥


 ps.今からレイレイと映画観に行ってくる :D




「……送信!」

 ソフィアがスマートフォンの画面をタッチし、メッセージを送信した。

「何をしている?」


 後ろから声をかけられ、ソフィアは振り向く。二人分のドリンクとナチョチーズ、一人分のポップコーンの載った二つのプラスチックトレーを手に持つレイが、そこには立っていた。彼の足取りはまだ重いものの、既に自力で歩けるほどにまで回復している。流石は一線級の超能力者サイキッカーといったところか。



「涼子ちゃんとお話!」

 ソフィアは笑顔で答えた。


「そうか」

 貸し切った地上の映画館のフロアを並んで歩き、二人はハリウッドの新作ヒーロー映画を見るために奥へと進んで行く。

 暗殺者ファイアストームの復讐はまだ終わらない。彼はまたいつか、死と闇の統べる慈悲なき戦場に戻らなければならないだろう。ソフィアはそれを、よく理解している。



「チュロス買わないの?」

「売り切れだと」

「えー」

「ナチョチーズがあれば良い」

「好きだねレイレイ。まあ、私も好きだけど、ナチョチーズ」


 それから、ソフィアは思い出したように尋ねる。

「あ、パンフレットは?」

「まだ日本未公開のフィルムだ。パンフレットはない」

「カンバッジも?」

「カンバッジもだ」


「そっかあ……集めるの好きだから、パンフレットだけでもあとで取り寄せてね」

「覚えておく」



 それでも今だけは、彼がアサシンでも、ヒーローでも、怪人でもなく。ひとりの人間、坂本 レイとして、少しでも恐ろしい事や辛いことから遠ざかっていて欲しい、仮初の笑顔でもいい、平和でもいい、今は休んでいて欲しい。


 そう願った。




 ――――まあいいや! 今日ぐらいは色々忘れて楽しみましょ!





 ☘



 県立朝貌アサガオ高等学校の体育館ホールには人々が集まっていた。一年生も、二年生も、卒業する三年生も。教師や、卒業生の保護者たちも。


 涼子はパイプ椅子から立ち、口パクの仰げば尊しと共に卒業生たちを送り出す。帰宅部である彼女はあまり上級生と繋がりを持たなかったので、彼らが卒業後に進学するのかとか、あるいは就職するのかとか、そういう事はよく知らない。


 一階廊下の職員室前に行けば彼らの進路に関する情報は張り出してあるだろうが、彼らの進路について思いを馳せるよりも、彼女はきっと、ファイアストームと共に夜中に学校に忍び込んだ日の事を思い出してしまうだろう。



 少女は隣のパイプ椅子を見た。そこは空席で、少女の親友の遺影が置かれている。クラスで唯一、彼女だけは進級を果たせない。今日で麗菜と一緒だったクラス生活とは、さよなら。



 もう、一緒のクラスになる事は二度と無いのだろう。当然だけど、その事を想うと今も悲しくてたまらなくなる。


 涼子はポケットからスマートフォンを取り出し、周りに隠れてチラリとコミュニケーションアプリを起動させる。ソフィアからの着信…………昨日レイと二人で行って来たという映画の時の写真だ。何枚も写真が添付してあって……新たな金髪蒼眼の親友の女性は、その中でとても楽しそうな笑顔だった。



 最後にスマートフォンの後ろに貼ったプリクラを見る。私の新しい親友とのツーショット。


 スマートフォンをまたポケットに戻すと、涼子は小さく笑みを浮かべた。






 卒業式で三年生を見送ると、彼女はそっと教室を抜け出し、学校の屋上に出た。……実は学校屋上の合鍵をフラットに複製してもらった。



 涼子は合鍵で屋上の扉を施錠すると、鼻歌を歌いながら出入り口の屋根につるのロープを伸ばし、飛び登った。



「あ痛っ……! うっそ……いったあ……」

 右腕をあげた際に割れた鎖骨より激痛が走り、涼子は悶え、それから溜息をつく。並の人間だったら全治に三か月は費やすであろう怪我だ。


「ほんとに治るのかなあ……」



 気を取り直して、彼女は姿勢を正す。





 あれから二週間。畑 和弘の命と共にビーストヘッド・プロモーションは完全消滅し、タスク警備保障も同時にこの世から消え去った。

 共犯者のひばりプロダクションの社長も確保され、今はハンムラビがその身柄を預かっているという。



 もう、彼らによって誰かが不当に苦しめられることは、ない。



 茨城 涼子の戦いは終わった。――――いや。




 クズをぶち殺して、無事生きて帰って、あなたが自分の人生をきちんと取り戻して、それで――――その時、初めてあなたの勝利は訪れるのよ。



 最後の戦いの直前に、ブラックキャットから聞かされた事を涼子は思い出す。




 失ったものはとても大きかった。そしてそれは、二度と戻る事はない。本当に自分は、自分自身の人生を取り戻せるのだろうか? 勝利は、やってくるのだろうか?



 わからない。その事を考えるといつも眉間にしわが寄って、老けそうな気持ちになる。





 それでもブラックキャットは、険しい道だけど、必ず勝てと言った。天国の麗菜も、自分に同じように言うだろうか? わからない。





 ――でもわたしは、ブラックキャットさんの言うように、そうありたいと思う。





 レナちゃんに出会う前のわたしは、ひとりぼっちだった。

 彼女が世界を変えてくれた。



 レナちゃんはいなくなってしまったけど、レナちゃんがきっと天国で心配してくれて、私を色んな人に引き合わせてくれた。



 ……わたしね、最近そんな風に考えるようになったよ。





 この二か月は辛いことばかりだったけど、でも決してすべてがそうじゃなかった。


 闇の中で、わたしはひとりじゃなかった。

 人生を変えてくれる出会いって、やっぱりあるんだと思う。



 ファイアストームさんがいて、ソフィアさんがいて、ブラックキャットさんがいて、リトルデビルさんが、フラットさんが、ヤエさんが、セツさんが、みんなが…………わたしに手を差し伸べてくれた。






 春一番の強い風が吹き、少女の黒髪を風に揺らす。

 風に乗って桜の花びらが舞い、涼子の鼻先にくっついた。








 ファイアストームさんや、ハンムラビのアサシンの人達は、ブラックキャットさんが言うように、ただ殺し合いをしている人達かもしれません。


 それでも、助けが必要で、苦しんでいた私に手を差し伸べてくれて、わたしをこの場所まで導いてくれた彼らアサシンの事を、わたしは決して忘れません。



 彼らアサシンは怖くて、残酷で、怒っていて、

 ――――でも、強くて、カッコよくて、本当はとても優しくて





 わたしのヒーローになってくれた人達でした。






 暗黒の街に降り立ったヒーローは、そこに取り残された私の大切な気持ちを救い出してくれた。

 辛いことも多かったから、この気持ちが綺麗な色に変わってくれるまで、少し時間が必要だけど…………ううん、きっと大丈夫。






 だから、ありがとう。






 少女は空を見上げた。


 冬は終わり、雨は止み、

 どこまでも、青い空が広がっていた。




 茨城 涼子の新しい人生は、今日から始まる。







☘ 暗黒街のヒーロー

A Tear shines in the Darkness city.

 Fire in the Rain. (邦題:雨の中の灯火)     fin.

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暗黒街のヒーロー -A Tear shines in the Darkness city.- キモくて金のない狂ったボロボロのおっさん @Eijitsu

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