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 じーちゃんはよく言っていた。

 世の中便利になっても、それが絶対的な安全と安心ではない。使い方一つで100の人を救うことだって、100の人を殺すことだって出来るのだから。この【鍵】もそうだ。今ではこれが無いと電気エネルギーも火を扱うことも飲料水を飲むことも出来ないのだ。だが、これを人に向ければ感電させることもできれば、丸焦げにも窒息させることも可能なのだ。

 翼よ、今はわからんでも良いがじーちゃんが言ったことを忘れないで欲しい。


 日曜日の昼下がり、買い物しようと街まででかけており、目についたショップの展示品を見ていた。そこには色んな種類のアンティーク風の鍵が展示されており、見るたびに刻野翼ときのつばさは祖父の言っていた言葉を思い出していた。

 この【鍵】というものの存在が明らかになり世の中のエネルギー問題はほぼ解決された。それもそのはず、この【鍵】という装置は空間から水や電気、炎といったものを操ることができるのだ。今の世の中これがないと生活すらままならないと言っても過言ではないほど【鍵】は生活必需品なのだ。

【鍵】には二種類あり、ここのショップのようにズラッと展示されているものを、簡易式一般鍵インスタントキーといい誰でも使用できるように設計されている。

 そして、もう一種の【鍵】を万能鍵マスターキーと呼びその【鍵】はショップなどで売っているものではない。【鍵】なのである。そう言う人たちのことを鍵保持者キーホルダーと呼び、人々の生活に貢献していた。

 しかし、鍵保持者の問題が無いかと言われるとそんなわけはない。鍵保持者という貴重な人種とも言える人々は日々その身体を狙われている。兵器製造のためのエネルギーとしてやその【鍵】から引き出せる無限のエネルギーを我が物にしようとしている犯罪グループなどはごまんといる。

 そして、一般人からのパッシングもそうだ。特別な人間に対し大多数の人はそれを差別し、軽蔑し、攻撃する。それが人間社会の闇であり暗黙の了解とも言えるルールであるのだから。法整備が整った今は昔ほどでもないが、それが無かった時代の鍵保持者達は、生活が出来ないほど追い詰められたと言う話を祖父から翼は聞いていた。人とは違うということだけで、他者を貶す行為もまた間違ったエネルギーの使い方だと、祖父は憤っていたことを思い出した。

 翼はそんな考え事をやめると、ショップから目を離し本来買おうと思っていた参考書や文房具が売ってある大型本屋に移動しようとした。

 高校生であるがため、明日の試験に備えないといけないからだ。鍵保持者であるなら勉強なんぞしなくても未来は明るいのだが、一般人である翼は人並み以上に努力しなければ安定した未来は無いのだ。

「誰か……誰か助けて!!!!」

 無駄な考え事をしていた翼には十分なほどの驚く声であった。

 辺りを見回してみると、少し先で女の子がガタイの良さそうな二人の男に囲まれて停車している車に今にも強引に乗せられそうになっているように見えた。

 嘘だろ!? こんな白昼でしかも商店街の道路で誘拐事件かよ!?

 翼の身体は脳が判断するよりも早く勝手に動いており、猪のごとくまっすぐに目の前の男に駆けて行った。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 その衝突エネルギーは翼の全速力と一人の男にめり込むように入りこんだこともあったのか、男は思いの外吹っ飛んでいった。

 もちろん、突っ込んでいった翼もそれなりのダメージを受けていたが……思っているよりは軽く少し肩と腕が痛いくらいであった。

「こ……このガキ!!!」

 もう一人いた男が翼に向かって殴りかかろうとしていた。

 先ほどの体当たりで体勢が崩れているため翼は殴りかかってくる男をただ見ることしか出来なかった。

 あ、やばい。あれ殴られたら痛いだろうな。てか、なにげに鈍器のようなモノ握っている気がするんだけど……あ、これもしかして死んだ?

「やめてえええええええ!!」

 それは、捕まりかけていた女の子の声だった。

 女の子方を見ると全身から光が放出されており、金色のアンティーク鍵が胸の前にバチバチと音を立てて出現した。

 翼は、女の子からでた【鍵】をマジマジと見ていた。【鍵】からはほとばしる雷撃が女の子を守るように包み込んでいる。

「ちくしょう!! 傷物にするなとは言われたが!!」

 男は翼から女の子に標的を変えたのだが、生身の人間と鍵保持者の力の差は言うまでもなかった。

 女の子が男に鍵を向けると帯電していた雷エネルギーが男に向かって放出された。

「ガアアアアアアアアアアアア……」

 男はプスプスと身体から煙を上げながら倒れていった。

 男が倒れると、ドアの開いた状態で止めてあった車は急発進しどこかへ走り去ってしまった。

 な、なんとかなった……。

 翼は肩の力が抜け地面にへなへなと座り込んでいる時のことだった。

「ホルダーさん!! こっちです!!!」

 騒ぎを見ていた通行人が通報してくれたのだろう。その人は治安委員の鍵保持者を連れてきていた。

 これで、一件落着か……

「この悪党め! 観念なさい!! オープン!!!」

 そのホルダーは女性らしく、赤みのかかったロングヘアーをゆらしながら【鍵】をボックスのようなものに突き刺し叫んでいた。

 箱が赤く燃えるように輝くと女性の手には赤い槍が握られていた。

 その箱は【パンドラ】と言われており、鍵保持者の【鍵】をより正確に使えるようにするための制御装置である。

 制御できれば、パンドラから鍵保持者が念じた形に具現化し保持者の武器になってくれる。

 いや、ちょっと待て。もう、その悪党二人は暢ているのだ。その武器は必要ないはずだ。では、誰に対して向けているのかと!

 翼が直感的に自分のことだと思い弁明しようとした矢先だった。力を使って疲れが限界に達したのか、女の子が翼に倒れてきたのだった。

「その汚い手をのけろ!!! 悪党!!」

 ハハハ、終わったな……

 女性が槍を勢い良く突くとそこから凝縮されたような炎の矢が出て翼めがけて飛び出していった。

 翼は悟りを開いたかの如く仏のような顔になりゆっくりと意識が遠のいていったのであった。

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有限無限のキーホルダー 紅乃紅太 @AgentNomas

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