三人の専門家

 三人の人物は机を囲んで何か話していた。


 とりとめない談笑ではなく、会議か何かのような雰囲気だった。

 上がった先のフロアは、足元まで発掘現場を意識したのか真っ平らではなく、床に妙な凹凸があって僕はそれにつまづき掛けて、へこっ、とよろけた。


「お客様をご案内しました」


 美人の店員さんは僕をそう紹介してぺこりとお辞儀をすると場を辞した。


「あ、あの。初めまして。僕は……」


 正面に座っている目深にハンチング帽を被った人物が唇に人差し指を当てた。


「まあ、まずはお掛けなさい。ゲームは好きですか? 」


 くぐもった小さな声。しかし何故だか聞き取り辛くはない。


「ゲーム、ですか? 嫌いではないですけど、その……どんなゲームです? 」


 全く予想外の展開に動揺しながら、僕はクッション付きの椅子を引いて会釈をしてからそれに腰掛けた。

 向かって左手には黒いシャツの眼鏡の青年、右手には白いパーカーの短髪の青年、正面にはグレーのジャケットの痩せたハンチング帽の人物。


 テーブルの真ん中にはトランプより一回り小さいカードが一枚。右手の銃で自ら頭を撃ち抜いて倒れた男の姿が戯画化されたイラスト。

 ハンチング帽の人は白い手札を一枚手にしていて、その前には黒いチェック柄の背のカードの山と、白いカードの山が積まれている。

 黒シャツの人と、白パーカーの人の前には何枚かずつのチェック柄のカードが伏せられていた。


「今回は私がゲームマスターでしてね」


 高くもなく低くもない。だが注意を引く声。

 ハンチング帽の人は口元だけで笑う。目の表情は影で見えない。


「私があるエピソードを読み上げます。そのエピソードは一部が伏せられている為、奇妙に思える。プレイヤーは私にイエスかノーかで答えられる質問をする」


「……つまり、クイズみたいなもの? 」


「そうですね。プレイヤーはゲームマスターと対話しながら、そのエピソードの全容を探り当てる」


「難しそうですね」


「やってみたらそうでもありませんよ。お金を賭けたり、ペナルティーがあったりするわけじゃありませんから、まあ気負わずに一度やってみましょうか」


「当てたエピソードのカードが貰えるんですね? 」


「そういうことです」


 白パーカーの青年が自分の三枚の手札を示してウィンクする。

 どこか憮然とした表情の黒シャツの青年の手札は二枚だった。

 歓迎されてない、ってわけじゃなさそうだな。

 に、してもこの人達は一体……?


「男は毎日、そのスイッチを入れてから眠る--」


 あ、いかん。始まった。集中だ集中。


「--ある夜、男はスイッチを入れ忘れた。翌朝目を覚ましテレビをつけた男は、拳銃を手に取ると自殺した。……以上です」


 ???

 えーと……。


「自殺は男自身の意思ですか? 」


 黒シャツの人が質問した。


「イエス。誰かに強要されたり、操られたりしたわけじゃありません。男自身の自由意思で選択された行いです」


「自殺の理由はスイッチが関係してますか? 」


 今度は白パーカーの人からの質問。


「イエス。いい質問ですね。まさしく、男はスイッチに関わることが原因で死を選びました」


 ああなるほど。そうやって探り探りするわけか。質問はイエスかノーかで答えられるもの、だったな。なら……。


「スイッチは部屋の電気のスイッチですか? 」


 僕は早口になり過ぎないように意識しながら、なんとか噛まずにそう質問し切った。


「ノー、ですね。スイッチは寝る前に入れるのが日課でした。部屋の電気ではありません」


「スイッチは男の家の構造と関係してますか? 」

 と、黒シャツの人。


「難しい質問ですね。でもノーかな。確かに男の家は普通の家ではありません。ですがスイッチで、例えば家の構造が変わったりするわけではありません」


「男は何か病気を持っていた? 」

 これは白パーカーの人。


「ノー。極めて健康でした」


 なるほど。

 面白いな、これ。よし。


「スイッチのオン・オフは男の仕事に関係してますか? 」


「いい質問です。イエスですね。そのスイッチの操作は男の仕事です」


 仕事、か。夜スイッチを入れる仕事……。


「男が朝観たテレビに映っていたのはニュースですか? 」

 黒シャツの人が違う切り口の質問をした。


「イエス。これもいい質問です。その通り。男が観たのは正にニュースでした」

 黒シャツの人が、ふふん、と得意そうな表情をした。白パーカーの人が少しムッとしたように見えた。


「テレビには火事のニュースが流れていましたか? 」


 ああなるほど。

 例えばどこかの火災報知器のスイッチを入れ忘れて、みたいな。


「ノーですね。火事のニュースではありません。しかし考え方の方向性としては合っています」


 えーと、じゃあ……

「事故! ニュースで扱っていた内容は何かの事故ですか? 」


「そうです。イエスですね。ニュースでは大きな事故の様子が報道されていました」


「なら、男の自殺はその事故が原因? その事故の責任が自分にあると感じたことが男の自殺の理由ですか? 」


 ハンチング帽の人は口元だけで笑った。


「イエス。いい質問です。ニュースで報道された事故。男はその事故の責任を感じて自殺しました」

 はっ、として気がつくと僕ばかり喋っていて、黒シャツと白パーカーのお二人が楽しそうに僕を眺めていた。

 顔が熱くなって思わず俯向く。


「自動車事故ですか? 」

 黒シャツの人。


「ノー。違います」


「飛行機事故?」

 白パーカーの人。


「違います。ノーです」


 そこまで聴いた時、僕の脳裏の暗闇に強い光が灯った。船の汽笛。


「灯台、だ! 」


 僕は自分の声の大きさとテンションに驚いた。

 ハンチングの下の口元がまた笑った。

 黒シャツと白パーカーの人も、おお、と感心したような息を漏らした。


「す、すいません。つい大きな声を」


「いえ。大丈夫です。さて、エピソードの全容は? 」


 僕は咳払いをして、平静を意識しながら答えた。


「男は灯台守りで、日が暮れると灯台を点灯させて眠りについていた。

 ある日そのスイッチを入れ忘れた為に海難事故が起き、男は朝のニュースでそれを知った。

 自分のミスに気が付き、責任を感じた男は拳銃で自殺……した? 」


「お見事」


 ハンチングの人物はそう言うと、拳銃自殺した男の札を僕の方に向けて、つい、と押した。


「このエピソードはあなたのものです。初めまして。木崎隆一さん、ですね? 」


「すいません、自己紹介が遅れました。埼玉県の尽教大学二年生、木崎隆一です」


「こちらこそ、自己紹介のタイミングも与えずに失礼しました。我々が三葉虫の会。一応私が代表ということになるのかな? 華蔦喜一かずたきいちです」


 ハンチングの人物は帽子を取るとぺこりとお辞儀をした。

 短く刈り上げられた髪と肉の薄い顔立ち。

 優しい表情を作ってはいるが、どこか油断ならない人物に思えた。

 華蔦と名乗った代表はすぐまた帽子を被ると、左右の人物を順に紹介した。


「黒シャツの彼は佐島悠人すけしまゆうと、白いパーカーの彼が入江明二いりえめいじ


 黒シャツの佐島さんは会釈をし、白パーカーの入江さんは手を挙げて挨拶した。


「我々三人が三葉虫の会の構成員。各々作風は異なるんですが、我々は三人ともミステリー作家です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トリロバイタル・ライターズ 木船田ヒロマル @hiromaru712

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ