あの夏、空に繋がる秘密基地

ねりタケ

第1話「ミカン畑の丘」 

 真っ赤な麦ワラ帽子が空へ舞い上がった。帽子は潮風にあおられて、ゆらりと斜面を下ってゆく。ミカン畑の隙間を縫うように走る小径を少女が駆け下り、帽子の軌跡を追いかける。


 真っ白なワンピースに薄めのカーディガン、長い裾と足下は、走るのに向いた格好とは言い難いが、そんな事は全く感じさせない軽やかな走り。あっという間に帽子に追い付き、年老いたミカンの根本にソフトランディングしたそれを拾い上げ、汚れを払って被り直す。頭上には帽子無しでは眩し過ぎる空。眼下には瀬戸内特有のやや碧がかった海が照り返しできらきらと輝き、足元に視線を戻せばツヤのある濃い緑に包まれたミカン畑と草むらが、海と張り合うように照り映えている。そして、その海と畑の間に窮屈そうな恰好で町が横たわっていた。


「わ、ミカン臭い」


 この匂いに包まれるのは久しぶりだ。彼女が知る世界中のどの海よりも命の濃さを感じさせる濃緑色の潮風、夏のミカン畑独特の強い香味、それに油や鉄錆の臭気が混じる空気を胸一杯に味わう。


「けど、落ち着くなぁ」

 三駒崎市三津町、瀬戸内海に面した小さな漁港を中心とする小さな町である。主な産業は漁業と柑橘類の栽培、ほかにこれと言った収入源はない。昭和の中頃までは、石灰岩を採掘する採掘場もあったりしてそれなりに賑わっていたが、これも閉鎖されて久しい。いまではその跡地が山肌から海に向かって灰褐色の地肌を晒しているだけだ。

 時の流れか、木製の手こぎ舟は強化プラスチックの動力船に変わり、町並みもそれなりに奇麗になっていった。だが、人々の生活は今も昔もほとんど変わった様子もなく、少女はこの町のそんなところが愛しくてたまらない。いささか不幸な縁でこの地に流れ着いた日の辛さを差し引いても、その事実に揺るぎはない。この景色も、潮の匂いも、人も、そして、思い出……

「でも、今度こそ、さよなら」

 そう、今度こそ行かなければならない。残された時間はもう長くはない。帽子のつばを握りしめると、思いを振り切るように海に背を向けて丘を下る。

 少女の姿が、深緑の畑に沈んでいった。



 校門からぞろぞろと子供達が溢れだす。先を争うように駆ける子供達、歩道一杯に横並びの女の子。それをからかいながら逃げる振りをしつつ、付かず離れずな男の子。どこにでもあるありふれた光景だ。

 今日で一学期も終わりと見え、皆がほとんど空のランドセル、手には山ほどのプリントや夏休みの宿題、丸めた画用紙や置きっぱなしの絵の具箱と様々な物を抱えている。


「ねぇ香奈ちゃん、明日からどうする?」

「うーん、私んち多分お客さんが来るけん、しばらく無理かな」


 そんな中を、赤いランドセルを並べて歩く3人。左から背の高い順に順子、香奈、由佳、別に決めたわけでもないけれど、なんとなくそういう並びで帰ることが多かった。

 普段はみんなの家から一番集まりやすい香奈の家も、夏休みはかき入れ時なのでお客さんで埋まってしまう。それに、あまり家にいたら約束以上のお手伝いをさせられるのは目に見えている。


「そか……じゃあ順ちゃんちは?」

 ちょっと困ったように由佳が尋ねた、自分の部屋を提案できないことが気になるようで、メガネをかけた顔が少しうつむき気味だ。

「いいよ、お母さんも『みんなで宿題やる』って言えば文句なんてないし、カルピスじゃなくてちょっと高い紅茶くらい出すかも、香奈もそれでいい? 遠いけど。で、時間はどうする?」

 二人の返事を待たず、てきぱきと話を進める順子。彼女は二人より頭一つ分背が高い、大きめのポニーテールもよく似合っていて、なんだか一人だけ中学生みたいに見える。それが香奈にはちょっとだけ羨ましい。彼女なら隣の徹子姉さんと並んでも同い年に見えるだろう。


「うーんと、私はお手伝いがなかったらいつでも、宿題って言ったら多分大丈夫」

「じゃあ、お昼からウチでいい? ご飯食べてから」

「オーケー、駄目だったらゆーちゃんと二人で進めてて」

「ん、分かった。じゃあ私、香奈ちゃんち行く前に電話するね、駄目だったらそのまま順ちゃんちに行ってる」


 由佳の家からだと順子の家は一番遠く、途中で香奈の家の前を通る道順になるので、一緒に行くことが決まり事のようになっていた。


「いいよー、明日からはクーラーついた部屋で勉強できるねー、順ちゃんちのクーラーよく効くから最高!」


 客商売である香奈の家では、よそよりは早くクーラーを導入したのだが、それがあだとなり、いまだに古いクーラーが鎮座している。

 頑丈なだけが取り柄の旧型は冷房の効きが遅く、巨大な図体と騒音ばかりが目立って、お客さんの居ないときにはほとんど使われていない。

 これでやっと、あの灼熱の教室からしばらく遠ざかれる。と、ほっとする。「汗まみれの思い出の日々」なんて子供達にはなんの有り難みもない。日の当たる窓際の席を引き当ててしまった香奈としては、教室からの解放にこの上ない喜びを感じていた。

 友人達と一緒に歩く帰り道も特別な気がして、いつもより話も弾む。なのに、その気分をだいなしにするような声が背後から響いてきた。


「必ー殺っ!! Vの字切りぃぃぃぃぃっっっ!」


 校門のそばで、走り出してきた少年達が丸めた画用紙を振りかざしながらチャンバラを演じている。打ち合った名刀は、刃こぼれよろしく既に皺くちゃだ。


「アホだねー」

「……だね……」


そんな彼らを冷ややかに一瞥した順子と香奈だが、その中に知った顔を見て、香奈はげんなりとした。いや、声が聞こえたとき既に――「必殺!!」のあたり――では分かっていたのだが――「あの暑苦しいバカを、どうか私の視界からいましばし――いえ当分の間消してください」思わずそんな事を天に願う。しかし、そんな香奈の願いも空しく、彼らはこちらに向かって追い着いてくるようだ。

 通学路が一緒なのだから当然と言えば当然だが……正直、あんなバカ達とは関わり合いたくないが、連中の進路と声の勢いからして……間もなく追い付かれてしまうはずだ。


 ――無視しよう――

 

 そう決め香奈が前を向いて二人と話を再開しようとしたその――まさにその時だった。

 アニメの必殺技らしきものの名前を叫びながら切り結んでいたうちの一人――よりによって達郎だ。この不届き千万のゴミが、後ろもよく見ないまま背中から突っ込んできたのだ。どうやら、チャンバラに夢中でこちらを全く見ていなかったのだろう。背中合わせのランドセルどうしがぶつかり、 ぼすっ と気の抜けるような音をたてて、香奈の隣を歩いていた由佳を突き飛ばす格好になってしまった。


「あ……」


 思わず呆然と立ちすくむ男子一同。だが、香奈の対応は違った、自分が被害にあったのならば「いつものこと」と適当に蹴りかゲンコツの一つもかましてやるか――虫の居所が悪いときなら達郎の姉に言いつけてしまうところだ。順子にしても自分でやり返すだろう。

 けれど、突き飛ばされたのは由佳だ。これは許せない、何より由佳が彼らに何か悪さをしたことなんて無いし、これからも無いと言い切れる。だから、代わりに自分が怒らなくちゃいけない。

 自分たちのしてしまった事に動揺してオタついている達郎を睨みつける。


「謝ったら?」

 達郎に向き直ると、怒りを滲ませた声で重ねた。

「謝りや」


 達郎は泣きそうな、困ったような表情を浮かべている。悪気はないのだろう、でも、許せないことはある。


「いいよ、香奈ちゃん。大丈夫だから」

 順子に手を引っ張ってもらいながら立ち上がった由佳がなだめるが、香奈は譲らない。

 気押されたのか、他の男子も遠巻きに見ているだけだ。

「由佳ちゃん、こういう時はちゃんと怒んなきゃ、怪我はない?」

 順子も、香奈と同じ気持ちのようだ。由佳のスカートの汚れを落としながら言う。


「大丈夫、メガネも割れてないし怪我も……ね、いこう香奈ちゃん」

 今度は由佳が泣きそうな顔になってしまった。達郎もまだ泣きそうな顔のまま「お……俺……」――そんなんじゃない、さっさと「ごめん」って言えばいいのよ――そんな香奈の苛立ちを逆撫でるように、男子達の一人が逆ギレにも等しい暴言を吐いた。


「うるせっ! 悪かったけどそんな言わんでもええが! はいすみませんでしたー!」

 表情はふざけたように笑っていた。誤魔化すつもり?――それが我慢の限界だった。背負っていたランドセルを抜き手ざま、そいつの顔面に叩きつけ、立ちすくんでいる達郎が手に握っていたままの丸めた画用紙を握りつぶす。


「あ……」


 順子も、由佳も、達郎も、他の男子も、いつの間にかいた野次馬達も、そして香奈自身も、一瞬何も言えなくなった。――やりすぎた――教科書の詰まったランドセルを叩き付けられた同級生は鼻血を流して半泣きだ。これはちょっとまずい。


 もう、こうなりゃヤケだ、香奈は深呼吸をして、達郎に詰め寄った。男子の中では小柄な達郎は、頭半分香奈より背が低い。自然、見上げる格好になった彼に、香奈は一気に叩き付ける。 


「何すんのよボケ! ちゃっちゃとあやまらんかいな大体何やってんあんたら一体何年生やねんもう5年生やろまだそんなんしてんのんアホみたいああそうかごめんきっとあんたら頭の中は一年やねんなぁふふん悪かったわ!」


 香奈はそれだけを一息にまくしたて、男子達を完全に黙らせる。その勢いで、どん、とちょっと強めに達郎の胸を突き倒した。ぺたん、と座り込んだ彼と、鼻血を押さえている同級生、その他有象無象をじろりと見渡してから、何も言い返せずにいる達郎から取り上げた画用紙を広げて五秒ほど無言で見つめる。


「下っ手くそ……『大きい組』の時描いてたウルトラマンと変わらん……まぁ仕方ないかぁ」

 この辺が潮時だろう。

「もうええわよ、これでチャラにしたげる。いこ、二人とも」


 座り込んだままになっていた彼らを置き去りにして、二人のそばに戻る。香奈としてはこれで事を収めたかったのだが――何しろ鼻血以上の喧嘩はまだ五年生には御法度、そろそろ親や先生の出張りかねないレベルになってしまった。しかし、香奈にしても少しやりすぎた。言われるままになっていた達郎が真っ赤になって肩に背負い直したランドセルを掴んできた、譲れない物が、男子にはあるのだ。そのちっぽけなプライドを踏みにじってしまったことを、ちょっとだけ香奈は悔い――


「なんでぇガサツ女! てめえチンポ生えてんじゃねぇか? バーカ!!」


 ――悔いていたが、コンマ2秒で取り消した。こんなヤツに情けをかけようと思った自分が腹立たしい。


「……変態」

「そうよ変態!」

「チカン!」

「えっと、うん。あんましそういうのは」


 周囲の女子達も一緒になって騒ぐ。もうゴキブリ並の扱いだ。達郎の友達も援軍を出すが、多勢に無勢、もとより数の段階以前の問題であった。


「死んじまえ! ドブス!」

「おまえらなんかに構ってらんねーんだよばーか」

「デカ順、バカ香奈あっちいけー!」

 語彙の薄さと幼稚さを丸出しにしたような捨てぜりふを残して、達郎たちは遁走した。

 なんとまぁ……いくらなんでももう少し大人になってもいいのではないか? と思うが、あの生き物は集団になると幼児性が増すのだろう。それにもう、香奈としても一刻も早くこの場から逃げ出したい。達郎達は反対の方向から脇道に入っていった、放課後会で禁止になった裏の近道だ、どうでもいいけれど。


「行こう」

「行こ、でさぁゆーちゃん、宿題全部一週間でいけるかな?」

「え? ええと……自由研究と日記は無理だけど、ドリルとかはやれると思う」


 それを見送る事もなく完全に無視、むしろ無かったこととして、彼女達はまた元のように自分達のおしゃべりに戻った。こういう時、察しの良い順子の気遣いは助かる。宿題の話も終わり、今度は2組のだれそれが恰好いいだの、あの子はなんとか君が好きだとか、他愛もない話が続く。そうこうしているうちに話は彼女達自身の憧れの男子の話になっていた。


「ねぇ、香奈ちゃんと達郎くんて仲いいよね」


 そんなとき、ちょっと後ろを歩いていた由佳が急に話題を変えてきた。どことなく、切羽詰まっているように見えるのは、気のせいだろうか。


「……はぁ? さっきのどこをどう見てたらそうなるのよ、ゆーちゃん」

「そうよ、ゆーちゃんってどこかずれてるねー」

 順子が腕を絡ませながら言う。それでも「ゆーちゃん」はなおも言いつのる。

「そっ……そうかな、でも香奈ちゃんと達郎くんって幼なじみでしょう」


 由佳は不満そうにつぶやいた。突き詰めたいが、食い下がり切れない、そんな感じが見て取れる。


「まぁ、幼稚園上がる前から隣だけど……ていうか……ただ隣ってだけなのに……私は6年の田中先輩みたいな人がええねん。背も高いし頭も良いしね」

 だいたい冷静に考えれば、うちの学校の連中は大半が幼なじみではなかったっけ。かつて9組まであったという学校も、今は2組までしかないし、私立なんてどこの東京の話だろう? というのがここいらの小学生――そして親達の認識だ。香奈にしても同様である。


「えー! 香奈ずるい! 田中先輩は私もいいなーって思ってたんだよー。そうそう、知ってる? 田中先輩って、県外の私立中学受けるんだってー……ショックだなぁ」

「ずるいって……二人とも口きいたこともないんでしょう」

「「……いいの!!」」

「う、うん」

 二人の迫力に押されて黙り込む由佳。くすくすと笑い合う香奈と順子。――良かった、さっきの事は引きずってなさそう――アイコンタクト。

「じゃああたしはこっちだから、またね」

「うん、順ちゃん、ほな」

「ばいばい」

 順子と別れ、香奈は由佳と二人だけで道を歩く。もう一人いる事もあるのだけれど、その子は今日はおたふく風邪で学校を休んでいる。一番近所の香奈が彼女の分を含めて二人分のプリントや荷物を抱えている。重たくはないが、かさばってしようがない。

「かして」

 由佳が返事を待たずに香奈の手から荷物を手に取った。

「ありがと、ゆーちゃん」

「いいよ、このくらい。あのね、香奈ちゃん」

 ほんの少し、歩みをゆっくりと変えて由佳が尋ねる。

「何?」

「ん、やっぱりいい」

「何い、言いかけたんやから言うたら? 気になるやん」

 言いにくいのかそういう性格なのか言いよどむ。なにかぶつぶつ聞こえないような声で悩んでいたが、香奈に向き直ると必死の形相で迫った。さっき、香奈が達郎を詰問したときよりも顔が近い。


「あっ、あのね、香奈ちゃん」

 なにをつぶやいているのか気になって顔を寄せる香奈は不測の大声に、後ずさる。

「な、何」


 普段がおとなしい由佳の突然の行動に、ついていけない。目の前10センチの由佳が、そのままふと横を向く、真っ赤に染まった頬が目の前にある。


「あのね、た、達郎くんとは本当になんでもないの?」

 絞り出すように言葉を続ける。聞きたいけど聞きたくない――そんな様子がありありと見て取れる。事態の咀嚼に苦慮するまま、あいまいな相づちを返すのが精一杯だ。


「はぁ」


 一体全体小学生のなにがどうなるというのか――ただ、この時点でさすがの香奈にも何となく由佳の言わんとすることは察しがついた。「ああ……さっきの話はそうなのかー……」と、ただ、その事実を具体的に理解するのにはまだ少々の時間を要した。その時点でもう、香奈にとって達郎が「問題外」なのは確定済みだ。

「えーと、これ、いる?」


 その潔白の証明代わりにと、さっき達郎から巻き上げた彼の絵を差し出してみる。こんな落描きでも、くしゃくしゃでも――由佳にしてみればそれなりに価値ある物に感じられるかも知れない。達郎の部屋でガラクタと一緒に机の引き出し3段目で今年の地層となるより、絵にしてもずっと本望だろう。


「ごっ、ごめん! 今の忘れて。ま、またね」

 突然だった。差し出された絵と香奈の顔を交互に見つめていた由佳が、さらに真っ赤になったかと思うと、絵を差し出した姿勢のままの香奈を置き去りにして、逃げるように走って行ってしまった。取り残されてしまった香奈が冷静になった時には、由佳の姿は見えなくなってしまっていた。


「忘れてって……無理。でも意外だなあ、ゆーちゃんがねぇ……ていうか……アレのどこがいいのか……」


 そういえば、さっき田中先輩の話題にもちっとも食いつかなかったなぁ……とぼんやり歩いているうちに、気が付くと高台のミカン畑の中の道路にまで来ていた。見下ろすと、森の切れ目、木々の隙間から漁港と町が一望出来る。少し向こうには小さな島々が連なり、無機質なコンクリートの建造物とアンテナがそれぞれの島の中心部にある。見立てによっては船に見えなくもない島が、対岸まで点々と並ぶ。香奈の好きな場所のひとつだった。それを思い出して少し首を捻って海を眺める。そうするとなんだかとてもすてきな夕焼けが見えるのだ。今はまだ太陽は厭になるくらい熱く頭上にあったし、水平線の上にのっかっているのはわた菓子のような入道雲だったが、これはこれで夏らしくていいように思える。

 確か、最初にここの景色を教えてくれたのは、達郎だった。まだ、男子だ女子だと区別のなかった、平和で、柔らかな時だったと思う。達郎がウルトラマンに夢中で、何故かゴジラにされたお父さんを倒していた頃だ。初めて彼女をここに連れて来たとき、やはり雲が出ていて、それが何だか何かに似ているといって、無理矢理彼女を引っ張ってきたはずだ。ただ、そのときにはもう雲の形は変わってしまっていて、そのせいか、何だか今でもそれが何に似ていたのか思い出せない。

 でも、そのときも少し首を傾けて見たと思う。そうしないとそれが見えないと言って達郎はうるさかった。


「うーん、なに考えてるんやろ、私」

 一学期の図工で香奈はここからの景色を描いた、やはり少し傾けて。そのときの絵には入道雲はなかったし、みかんの葉もまだようやく揃い始めた頃だった。幸いにして、図工の先生は「絵が傾いているよ」などと野暮な事を指摘することもなく、思うままに描き上げることが出来た。それで病気で休んだ友達の絵や荷物を半分、由佳に預けたままだったことを思い出す。彼女の事だから、ひょっとすると気をきかせて届けてくれたかもしれないが、どちらにせよ荷物の半分は自分が持ったままだし、何より『誤解』を説いておく必要は感じた。少し気まずくはあったが由佳の家に寄ることにする。由佳はすごく良い子だし、親友だし、真面目だし、口は固い。間違っても変な噂をばらまいたりはしないはずだ。だけど――ほんのちょっとだけれど――由佳には思いこみが激しいところがある。お互いの平穏のためにも、きちんと説明しておくに越したことはないだろう。


「ここからだと畑を上った方が近いかな?」

 この丘ならそんなに傾斜もきつくはないし、回り道をすることを思えば軽いものだ、とにかく体を動かせば、何もかも面倒なことは忘れられそうに思えた。香奈は荷物をしっかりと抱え直し、気合を入れて一気に斜面を駆け登った。

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