Take6 新生ラジオ部!

6-1

 休日に、散らかった姉の部屋を掃除する週課にも、いい加減慣れてきた。

 そんなことに慣れたくはないんだけど。


 しかしどうしたらあそこまで散らかせるんだろう。きっといらない物が多いんだ。よく分からないお面に、用途不明の小道具。洗濯してもたたまずに投げ出しっぱなしの衣服。いつまた罠が発動するとも知れない下着類……。紐だなんて、意外と派手なのが増えていた。なぜこれ見よがしに、机に並べてあるのか。その中には、赤と紺のブルマも混じっていた。

 まあ、華麗にスルーするけれど。


 しかしいったい何が楽しいのか。人が掃除している最中、ずっと昔のアルバムなんかを開いていた。風呂に一緒に入った時の写真をしきりに見せてこられても、こっちは覚えてないし反応に困るんだよ。


 戸惑っていると、『今度、一緒に入ろうか』なんて嬉しそうに言われた。僕は掃除機を押し付けて、無言の内に姉の部屋から立ち去った。その日、姉の部屋を掃除するようになってから、初めて途中退場した記念日になった。

 来週の休日は、悲惨なことになっていなければいいなと願うばかりだ。


          ☆


 毎週代わり映えのしないそんな休日が明け、とうとう梅雨も明けた。

 今年の梅雨はじめじめしてはいたけれど、あまり雨が降らなかったように思う。晴れた日が多かったことは、学生としてはありがたくもあった。


 七月の八日、月曜日。

 遠くの空にパステル色の入道雲を望む、晴れの日。


 昼休みに部長から、『ラジオ部は放課後、必ず部室に来るように。あっ、ののちゃんもねっ』という旨の校内放送が流された。


 放課後。教室の掃除当番を手早く終わらせ、僕はカバンを手に颯爽と教室を飛び出す。そして廊下を駆け抜ける。もちろん競歩で……。

 階段は一段飛ばしで時間短縮だ。


 そうしてたどり着いた四階隅の空き教室。弾む息を深呼吸で整え、そっとドアを開けた。

 部室ではすでに、部長をはじめ静巴先輩、珍しいことに東雲先生も着席していた。


「遅れてすみません、掃除当番でした」


 弁解しつつ、僕も静巴先輩の隣の席に腰を落ち着ける。

 ふと部長に目をやると、これまた珍しいことに真剣な顔をして何かを読みふけっていた。


 小説なんて読む柄じゃないとは、失礼ながらに思ったりする。

 案の定、部長が視線を落とすそれは、明らかに文庫よりも小さなサイズだった。


「美咲先輩、なに読んでるんですか?」


 なんだろうと気になって覗き見る。

 それは、生徒会の会則が記された手帳だった。


「うん、どこにも書いてないな……」

「何がですか?」


 一人納得したようにうなずく部長に尋ねると、


「んー? まあまあ、後でのお楽しみ」


 なんだか口を濁された。


「なにか重要な話?」


 続いて、静巴先輩も問いかける。

 校内放送を使って、さらには先生までをも招集した理由について、どうやらまだ聞かされていないらしい。


「も少し待ってねー。たぶん、もうちょっとで来るからさ」


 二人で聞いても教えてくれない。

 三本の矢的なアレで、次は東雲先生の番だろう。とか思っていたら、例のごとく、先生は隣で寝息をたてていた。

 それにしても、いったい誰が来るんだろう?


「――あ、そうそう。あたし、十七歳になりました」

「…………冷やしうな重はじめました?」

「言ってないだろっ、そんなこと!」


 おお、部長がボケずに突っ込んできた。割と珍しい。

 それだけちゃんと聞いてほしかったんだなと思って、茶化したことを反省する。


「ところで誕生日、いつだったんですか?」


 先日に聞き出せなかったそのことを、今にしてようやく聞けた。


「七日」


 七日? 昨日じゃないか。


「おめでとうございます!」

「ひめさん、おめでとう」

「いやー、ありがとうございます、ありがとうございますー」


 声援に応えるウグイス嬢みたいにへりくだり、部長はひらひらと手を振ってくる。

 奇しくも、部長の誕生日と梅雨明けが重なっていた……。やっぱり部長は、晴れ女で夏女だった。きっと織姫と彦星も、部長に感謝していることだろう。


 ってことはあれか。彩華さんからの誕生日プレゼントはもう貰ったんだろうな。

 どうだったんだろう。はたして、上手くいったのかな。

 なまじ目的を知っているため、気にはなる。

 けど、手渡す前からあんなに緊張していたんじゃ、当日はかなり大変なことになっていたんじゃないかと想像する。


 しかし今にして思えば、彩華さんは部室に来なかったのではなく、来られなかったんじゃないだろうか。部長と顔を合わせればテンパり、逆に怪しまれるかもしれない。

 彩華さんの性格を考えるなら、理想としてはスマートに、何気ない気づかいでさりげなくプレゼントをしたいと思うところだろう。

 関係に溝が出来ているとまで思い込んでいるんだ。なおさら昔のように、自然と振舞いたいに違いない。


 そういえば、今日もまだ彩華さんの姿を見ていないな。

 移動教室とかで二年生の教室を横切ることもあったけど、部長と軽口を言い合っている姿も拝めなかった。

 部長にプレゼントを渡したのなら、もう大丈夫だと思うんだけど。

 なんだか心配になってくる。


 ――と、廊下側から足音が聞こえてきた。まだ遠い。だが、ゆっくりとそれは近づいてくる。

 時折止まったり、また歩き出したりと、その人物はおっかなびっくり廊下を歩いているように思えた。


 部長が気づいたように扉を見やる。

 待ち構える余裕からなのか、その顔はなぜか優しげに微笑んでいた。

 そして、部室のドアがゆっくりと開く。


「し、失礼します」


 入ってきたのは、今まさに考えていた彩華さんだった。

 なんだか緊張した面持ちで普段なら言わない挨拶をして、まるで面接に臨む受験生だ。


「おそーい。ずいぶん遅かったじゃん」


 言葉的には攻めているようでいて、しかしその音はやわらかなものだった。親しい友人に対して軽口を叩くような、ごく自然なもの。


「わ、悪かったわね、遅れて。ちょっとプリントをその、提出していたのよ」


 口ごもりながらもじもじする彩華さん。

 やり取りを見ている限りでは、別段変わった様子はない。今までどおりな感じがする。


「そっか。でもこれで、ようやく揃ったわけだ」


 おもむろに席を立ち、部長は悠然とみんなを見渡せる窓際へと移動した。

 窓から入り込む生温い風が、夕陽に照らされた部長の明るい茶髪を梳く。


「揃ったって、なにか始めるの?」


 静巴先輩の一言に、部長はかかとを軸に回転して、勢いよく振り返った。

 校則ギリギリの短いスカートが閃く。見えそうで、見えなかった。


「ここに、ラジオ部の始動を宣言する!」


 …………。

 唐突な言葉に、部室は沈黙で静まり返る。

 どういうことだ? ラジオ部は活動しているのに、始動?


「ひめさん、それってどういう……」


 僕の疑問を代弁するかのように、静巴先輩が尋ねる。


「つまり、ラジオ部が部として、ここから始まるってことだよ」


 ………………。

 得意気に胸を張って言う部長に、またも場内は沈黙で答えた。


「――ってあれ? みんな反応薄くない?」


 自分だけ満足そうだった彼女は、意外だと言わんばかりに苦笑して、みんなを見渡す。


「美咲、私もよく分からないんだけど、いったい何の話?」


 するといつの間にかもう一脚、椅子を用意していた彩華さんが呆れた顔をして言った。

 美咲、と普通に呼んでいる。どうやら仲違いの誤解は拭えたようだ。


「なにって、ラジオ部結成の話」


 さも当然だと、部長は即答する。


「ひめさん、部として認められるには、最低でも四人部員が必要なんだよ?」

「知ってるよ」

「東雲先生を先取り出来ても、私たちはまだ三人しか――」


 そこで、部長の熱視線が彩華さんに注がれていることに、僕らは気づいた。


「えっ……?」


 いっせいに視線を向けられ、彩華さんは戸惑っているようだ。


「え、ちょっと待って――」

「あーやかっ!」

「いや、でも私は生徒会副会長で――」

「生徒会の会則には、役員が部活動をしてはいけないなんて記述、どこにもないんだけどなー?」


 ひらひらと、部長が見せ付けるようにして翳しているのは、さっき真面目に目を通していた手帳だった。


「あっ!」


 彩華さんは驚いたように声を上げ、黒い皮製の学生鞄を漁りだす。


「……ない」

「昼休みにちょいとちょろまかしてねー。ダメだよー油断しちゃー」

「あなたって、本当に昔っから穴を見つけるのが得意ね」


 どういう子供だったんだろう。

 彩華さんをうな垂れさせるわんぱく少女。気になる。


「なんであたしったら気づかなかったのかなー。こんな近くに、いつも見守ってくれている子がいたのに」


 一歩また一歩と、部長は彩華さんに近づいていく。その表情は、余裕を含んだ艶っぽい笑みだった。

 彩華さんは、なにか良からぬ気配を感じたのか。立ち上がり、及び腰で身構える。


「あたし、昨日気づいたんだ。彩華がいた。いつも側に、彩華がいたんだって」

「み、美咲……」


 二人の距離が縮まっていく。部長が近づくたび、彩華さんは腰を引いて後ずさる。


「だから、ね?」

「ち、近い近いっ」


 とうとう彩華さんは廊下側の壁際に押しやられ、恋愛漫画によくあるような壁ドンを、部長にやられる形となってしまった。

 ……心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか?


 吐息が交わる距離感に、なんかこう、もう見ているこっちが恥ずかしくなるシチュエーションだ。隣に座る静巴先輩なんか、顔を両手で覆っている。隙間から、紅潮している頬が目に付いた。


 こういうのはやはり、傍から見ていると気まずく、ばつが悪いものなんだ。

 と思っていたら、わずかに指を開いてちゃっかり覗いていた。

 僅かながら目を細めてみると、なるほど。部長が男らしく見えるフィルターがかかる気がする。きっと気のせいだろうけど、漫画みたいなこういう展開に、静巴先輩も憧れているのかもしれない。


「だから、さ。……一緒にラジオ部やろう!」


 今まで作り上げた少女漫画チックな雰囲気を、ついに部長はぶち壊すような声を上げた。

 がしっと肩をつかまれた彩華さんが、きょとんとした顔で唖然としている。


「ああ、そういうつもりでみんなを招集したんだね」


 顔を覆っていた手を下ろし、静巴先輩は納得したようにうなずいた。


「そういうことだよ」


 壁から彩華さんを引き離し、肩を組んで部長は僕らに向き直る。


「では紹介しよう諸君。新入部員の、白峰彩華くんだ!」

「ちょ、ちょっと待って。私はまだ入るなんて――」

「あたしは彩華に入ってほしい」


 それ以上の言葉を遮るように、部長は言葉を被せて言った。


「昨日くれた手紙の内容、あたしもよく考えてみた」


 真剣な眼差しを向けて、部長はその思いを語り出す。


「彩華があんなにも思い悩んでいたなんて知らなくて、あたしは一人いつも通りに毎日を過ごしてた。思えば確かに、疎遠みたいな距離感を彩華が感じてもおかしくないくらい、あたしたちの接点は少なくなってたなって。明らかに減ってるもんね、遊びに行ったりもなくなったし。あたしも本当はどこか遠慮してたんだと思う。生徒会で放課後遅くなったりする彩華を見てて、疲れてるんじゃないかって」


 幼馴染としての思いやりが、空回りしていたんだ。

 彩華さんはそれを思い違いして気に病んでいた。

 互いの思いのすれ違い。もう一歩ずつ踏み出していたのなら、きっと歯車がずれることもなかっただろう。

 だけど――


「だからこれからはまた、一緒にいられる時間を増やしたいなって思ったんだ。彩華はもちろん生徒会で忙しいかもしれない。それはあたしも分かってる。ラジオに出られないことも多いかもしれない。でも、あの頃みたいに、一緒に遊んだりしたいよ。時間見つけてさ。だって、彩華は大切な友達だから」

「……美咲」


 胸に手を当て、一言一言を噛み締めるように聞いていた彩華さんの瞳には、薄っすらと涙が光っていた。

 プレゼントを渡すこと、思いを綴った手紙を書くこと。相当な勇気を振り絞ったに違いない。


 幼馴染といえど、素直に心の内を明かすのは照れくさくて気恥ずかしいものだから。けれど、やっと彩華さんは自分の思いを相手に伝えることが出来た。その思いに答えが返ってきた。

 僕もなぜだか肩の荷が下りた気がして、ほっとため息をついた。


「だからさ、あたしたちと一緒に、ラジオ部やろっ!」


 いつもどおりの部長の笑顔。真夏の快晴にも負けない、清々しい微笑みだった。

 彩華さんは涙を拭うと、


「し、しょうがないわね。美咲がそこまで言うんなら、つ、付き合ってあげてもいいわよ」

「相変わらず素直じゃないやつ」


 どちらからともなく笑い出す。

 夕陽に照らされた部室はまだまだ暑い。でも、そんなこと気にもならないくらい心温まる世界が、この部屋には広がっていた。


「あ、そうだ!」


 ハッとして部長が声を上げる。そして自分の席へと走っていく。

 慌しい音に目を覚ましたのか、東雲先生が上体を起こした。眠そうなその目は半開きだ。


「どうしたの、ひめさん?」

「たしかここにまだあったはず――」


 そう言って机の中を覗き込む。


「おっ、あったあった!」


 中へ手を突っ込むと、一枚の白い紙を引っ張り出した。


「ジャン!」


 そして机の上に、掛け声とともにそれを置いた。


「これ、部活申請用紙?」

「そうそ。彩華が暇人してた時にくれたやつ」

「なっ、誰が暇人よっ! あれは本当に見回りで――」

「あんな手紙くれた後にそんなこと言ってもー、説得力ないぞー?」


 からかうみたいにおどける部長。

 彩華さんは顔を真っ赤にして、うぐっと口をつぐんだ。


「よし、ならさっそく書くか!」


 席にあぐらをかいて座り、部長はバッグの中からパステルブルーの筆箱を取り出した。中から出てきたのは、マスコットのついたボールペンだ。よく見ると、それは『はねトラ』だった。


 意外と可愛い物好きなんだな、なんてつい感心してしまう。きっと部屋が散らかっているというのも、キャラグッズで溢れかえっているからだろう、と勝手に想像する。なればこそ、彩華さんがプレゼントしたものは、部長にとってこの上なく嬉しいものだったに違いない。

 幼馴染ならではのプレゼントだと言えるだろう。


 意気揚々と部活名に、『ラジオ部』とでかでかと書き出す部長。

 そんな彼女を微笑を浮かべて見守る彩華さんに、「よかったですね」と口パクすると、「ありがとう」と同じように返ってきた。


「はい、次は副部長の静巴ねー」


 部長の欄に自分の名前を書き終えると、それを順に手渡していく。

 静巴先輩が名前を書き入れ、そして僕の番。僕は静巴先輩の下に一人分スペースを空けて、『黒鳥俊輔』と名前を記入した。


 ふと入部した時のことを思い出し、なんだか感慨深いものがあった。

 それを最後に彩華さんに手渡す。

 スペースが空いていることに疑問を感じたようで僕を見返してきたが、その意図を汲み取ってくれたのか、照れた様子で紙面に目を落とす。


 確かに僕の方が部員としては先輩かもしれないけど、やっぱり年功序列じゃないと。

 全員が名前を書き終えると、部長は最後に表彰状の授与みたいに丁寧に紙を持って、東雲先生に差し出した。


「顧問、東雲先生、お願いします!」


 驚いたように目を瞠ったのは、東雲先生だけじゃない。部室にいる全員が唖然とした。

 なにせ、あの部長が東雲先生をあだ名ではなく、ちゃんと名前で呼んでいる。

 それを茶化すことは、誰もしなかった。

 先生も真剣だと捉えたのか。いつものぽやぽやした表情ではなく、教師としての顔になって、粛々とそれを受け取った。


「はい、書きましたよぉ」


 集中はさほど続かなかったらしい。書き上げたとたん気抜けしたのか、先生はいつもの調子に戻っていた。


「よし! てなわけで、ここに新生ラジオ部を宣言するッ!」

「新生するのが好きな部ですね」


 つい皮肉ってしまった。


「不死鳥は灰の中から蘇る……」

「燃えたんですか!? 」

「これから萌えるんだよ」


 ……んん? 意味が分からない。部活動に燃えるんだろうか。それなら毎度熱いラジオをしていると思うんだけど。


「さて、というわけで。この申請用紙は、生徒会副会長でもある彩華にお願いしようかな?」

「わ、私?」

「最初の仕事だからね、無くさないでねー」


 手渡された部活申請用紙を、満ち足りたような顔で見つめる彩華さん。なんだかとても嬉しそうだった。


「よし、なら今日は、奮発して部活新生パーティーしよっか!」

「いいね、私は賛成。白峰さんは?」

「私も、いいわ。大丈夫よ」

「くろすけは?」


 みんなからの視線を受けて、僕も迷わず首肯した。

 ファミレスをどこにするか盛り上がる先輩たちを余所に、一人、輪から外れている人物がいた。あうあうと涙目で狼狽しているのは、東雲先生だ。どうやら仲間はずれにされていると思っているらしい。


 先生はいつも早く帰るから、いないものとして自分たちだけでやるつもりなのだろうか?

 待てども声をかけてもらえず、ついにはしょんぼりとして先生は俯いてしまった。

 堪らず、


「あ――」


 あの、と部長に声をかけようとした瞬間、


「のーのちゃん」


 部長は先生に近寄り、肩に手を置いた。

 はっとして、先生は顔を上げる。拍子に、涙の粒がキラキラと宙を舞った。


「顧問としての引率、よろしくねっ!」


 ウインクしながら言う部長に、笑顔の花を咲かせると、


「は、はいですぅ、私に任せてください!」


 と胸を張り、先生は元気いっぱいに返事した。



 それから僕たちは学校帰りに、高校から程近いファミレスで食事をすることになった。

 引率役なのに東雲先生が子供に見られたのは言うまでもなく……。涙しながらドリンクバーの高原牛乳を、おかわりしまくるほど飲んでいたのがなんだか可哀想だった。

 新しい部員となった彩華さんを迎え、部の新生をみんなで盛大に祝った。

 これからラジオ部がどんな部活になっていくのか、僕も今から楽しみだ――。


          ☆


 夏休み前、最後のラジオ放送。七月十日、水曜日。

 梅雨明けしたばかりでも、すっかり暑さは夏本番だ。そして、僕らの夏はここから始まる。

 いろいろとバタバタするからと、生徒会副会長でもある彩華さんに「夏休み前は、今日が最後になるわね」そう言われ、ならと、部長は遠慮なく放送することを決めた。


 ちなみに今回の放送は、夏休みに入る前に、彩華さんの顔見せをしようという目的も兼ねている。

 いつものブースに入っているのに、彩華さんが一人加わるだけで、さらに華やかに見えた。


 時刻は十二時二十九分。彩華さんが入部してから始めてのラジオ。なんとしてでも成功させたい。

 時間になり、僕は簡易キューランプを押した。黒地に白抜きの『ON AIR』の文字が、赤い発光ダイオードによって浮かび上がる。

 続いてスピーカーから明るい曲が流れ、そしてマイクが入った。


「はい! というわけで始まりましたー。第十回、『お昼の放送はラジオ部におまかせ!』略してー、『ひるラジ!』のコーナーです!」


 いつになくテンションの高い部長の声を皮切りに、僕らのラジオが、ついに始まった。


 ラジオ部の始動の日。

 思えばここまで色々あった。めまぐるしく過ぎていった日々を、僕は改めて噛み締める。

 ラジオも高校生活も、一生ものの思い出にしたい。

 そう思える素敵な仲間たちと、僕はこの葦ヶ崎高校で、今日もラジオ放送をしています――。




                                     

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お昼の放送はラジオ部におまかせ! 黒猫時計 @kuroneko-clock

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