のびゆく浜松

オノユリス(´ㅍㅁㅍ)

なぜ伸びるのか

 静岡県の西部には、浜松市という街がある。

 市民にラッパを渡せば、誰もが吹けると某テレビ番組で言っていたが、あれはデマだ。だって俺吹けないもん。海外の方が「oh,Japanese!? please KARATE ! haha!」と言うようなノリで、ラッパを吹けと言われても、俺には無理だ。

 息が管楽器を素通りする音を鳴らしてくれって頼まれたら喜んで請け負うのだが、生憎、楽器にそんな用途は無いみたいだ。

 これと言って特徴のない街だが、人々は皆温厚な性格をしている。それだけで、良い街だと思ってくれれば嬉しい。


「第三防衛ライン、突破されました! このままでは危険です! 艦長、後退命令をッ!」

「ぐっ……やむを得ん……! 全隊に告げろ! 今すぐに退避しろとな! ここはもうすぐ――浜松市になるッ!」


 ――だけど、俺が好きだった浜松市はもう、地図のどこを探しても存在しないんだ。

 今、浜松市は世界を恐怖に陥れる死の街と化している。


    *


 全ての終わりが始まったのは、俺が就職活動の荒波に揉まれ心身共に疲れ果てた、ある夏の日だった。


 当時の俺は、浜松市の市役所で勤めたいという欲求が強くて、本命だと言うのに真っ先に面接を受けに来てしまったのだ。

 意欲こそ伝わるかもしれないが、就職活動においては好ましくない行為。俺は自己主張が全く激しくない人間だったし、面接はあまりにも緊張した。

「では、志望動機を教えてください」


 ――貴方なら、その質問をすると思っていたよ!


 市役所の面接において重要なのは、志望動機でさりげなく地元がどれだけ好きかを伝える事だ。そして最後は「――このような理由から、私は浜松市を今よりも良い街にしていきたいと思い、志望致しました」で締める。これぞ様式美。我ながら完璧だ。

 面接とポケモンの対戦は似ている。安定行動こそが勝利への標べなのだ。


 そもそもこんなクソくだらない嘘の吐きあいで採用する人を選ぶ、この風潮。どうかしてる。

 これなら学歴重視かあるいは、めちゃ難しいテスト受けさせた方がよほど有意義だ。


 そして翌週、俺は祈られ、枕を濡らした。

 生まれて、この歳になるまで育ててくれた大いなる大地、浜松。その上で寝そべる偉い人達に、俺は否定されたのだった。

 降りしきるのは、絶望の黒い雨。

 気付けば俺は叫んでいた。内容はよく憶えていない。ただ、道行く人は心配そうに声を掛けてくれた。それがどれだけ、心の支えになったかは言うまでもない。

 ――諦めきれない。

 己の心に、新たな意志が燃えていた。

「……そうだ。市役所でなくとも、この街をよりよくする事は出来る筈だ……! どうして気付かなかったんだ……!」

 今まで以上に、我が歩む道が広がった気がした。ここまで自身を伸ばしてくれた浜松に、恩返しをしよう。浜松を伸ばそう。

 決意を胸に、履歴書の量産に取り掛かった。祈られる度に、枕を濡らして。枕を濡らす度に、己の意志は強固な物になっていった。


 結局、何処からも内定はもらえなかった。

 中卒だもの。 みつを


 そして運命の日は訪れた。

 茫然と塩の味がする朝ご飯を食べながら、ミヤネ屋を見ていると、不意に周囲の物音が、静まった感じがした。

 それからは一瞬だ。食器が小刻みに震えだしたと思った矢先、やがて巨大な地揺れが起こったのだ。

 とうとう来たか――と思った。昔からこの地域では、東海地震が来ますよ来ますよと言われていた。俺が小学校の時から言われていて、ビビリな俺は防災訓練も真面目に受けていた。

 だけどいつまで待っても来ない。クルクル詐欺じゃねえか。

 来ますよって言ってるだけで金がもらえるんだから地質学者ってボロい商売だと思う。そんな事すら考える日もあった。


 で、やっと来てくれたから少し楽しそうにテレビのニュースに目をやった。

「テンテーン、テンテーン」

 テレビが言った。そして、画面上部にテロップが現れる。震度は――いくつだ!

『浜松駅に謎の隕石が落下しました。被害不明』

 ざっくりと説明すると、そんな事を画面の上部が言い出した。

「地震じゃねえじゃんか!」

 結局、クルクル詐欺だった。人工衛星もポコポコ飛ばしてるご時世、近所に隕石が落ちようがどうでもいい。地震来ねえかな。

 そう考え、マッサージチェアを全開で動かしながら、その日は過ごした。

 しかし翌朝、眠気も覚めぬまま下階へ降りると、母親が唖然とした様子でテレビに食いついていた。

「どうかしたの?」

 事態を知らぬ俺は、呑気にそう尋ねた。

「ヤバイよ……。これ見てみなよ」

「……? お、浜松じゃん! 全国放送?」

 テレビには浜松駅が映し出されていた。しかも緊急特番だ! 浜松市始まったな!

 ……と思ったが、やけにキャスターは――念の為言っておくが、Fateに出てくるキャラじゃなくて、ニュースキャスターの事だ――深刻な表情をしている。

「……ッハァー。とんでもない事ですよねこれはぁ……。どうなっちゃうんでしょうねぇ?」

 ミヤネさんも深刻な表情をしている。これはガチなヤツだ。

「……何があったの?」

「浜松市が、伸縮を始めたらしいよ」

 それを聞いて、俺も深刻な表情をした。とうとう母さんの痴呆が始まったか、と思ってしまったからだ。いずれそうなると覚悟はしていたが、やはりショックは大きかった。

 しかしそれは勘違いだった。


Q.なぜ伸びるのか


A.隕石が落ちたから


to be continued...

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のびゆく浜松 オノユリス(´ㅍㅁㅍ) @Lily-Axe

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