第2話 再会

 次の日の夜。被害者の高校生二人の通夜告別式が寺でしめやかに執り行われた。喪服の大人達に交じって、被害者の同級生であろう制服姿の高校生達も参列していた。制服の胸ポケットには喪章が付けられている。皆神妙な面持ちで、中にはすすり泣いている生徒もいた。

 高校生二人が殺害される――痛ましい事件であると同時に、世間にとっては強烈なインパクトだ。当然の様に、門の外にはマスコミであふれかえっていた。出てくる生徒達に、被害者はどんな生徒だったか、何か問題はなかったなどの心無い質問をぶつけている。

 記者の一人が隙を見て中に入ろうとして、制服姿の警官に止められた。


「中には入らないで下さい」


 記者はそう言われると、しぶしぶその場を去って行った。その制服姿の警官は、澤田であった。


「澤田!」


 澤田が声のする方へ振り返ると、北村がこちらに向かってやって来る。北村は澤田をなめまわすように見て言った。


「似合ってるじゃないか」

「そうか? 少しきついが」

「どうせ俺は筋肉無いよ」

「フッ。貸してくれてありがとうな」

「いや。ただし、行動するときは俺の側から離れるなよ? 手帳は持ってないんだ。怪しまれて聞かれたら終わりだからな」

「あぁ、分かってる」


 二人が会話していると、門から一人の生徒が出てきた。眼鏡をかけたその生徒は、体格も細めで、見た目からして物静かであろう事は想像ができた。記者達がその生徒に向けてマイクを向けるが、まるで無視。下を向いて歩き去って行った。

 北村は、小さな声で澤田に言った。


「彼だ」

「彼?」

「目撃者であり、通報者。つまり現場にいた」

「なるほど……」

「名前は田中亮介、三年。見るからに暗そうだよな……」

「被害者の同級生か?」

「ああ。しかも……二人からいじめに遭っていたそうだ」

「いじめ?」

「他の生徒達によればとても凄惨だったらしい。会うたびに殴られ蹴られ。周りは見て見ぬふり、彼自身も先生には相談してなかったみたいだ」

「……話聞けるか?」

「さあ。とりあえず行ってみるか」


 澤田と北村は、田中の後を追った。


 田中は公園に入って行った。澤田と北村も入っていく。公園には小さめの噴水やブランコ、ベンチや滑り台等があり、外灯が付いていた。


「君!」


 北村が田中を呼び止めた。田中は立ち止まり振り返った。北村は続けた。


「田中亮介君だね?」

「……そうですけど」


 田中が小さな声で答えると、北村は胸ポケットから警察手帳を取り出した。


「警察の者だけど、少し話いいかな?」

「……全部話しましたよ、信じてくれなかったけど」

「まぁそうなんだけど……」


 北村は気まずそうに答えると、促すように澤田の方を見た。澤田が口を開いた。


「確認したいことがあるんだが、君の言う犯人は一人だけかい?」

「……はい……」

「そいつはその……何か被ってなかったか?」

「……何かって?」

「例えば……鉄仮面とか」


 北村は不思議そうに澤田に尋ねた。


「どういうことだ、鉄仮面って? 何か関係があるのか?」

「……後で話す。それで、どうかな?」


 田中は少し考えた後、答えた。


「……いえ、何も」

「そうか……」


 澤田は少し肩を落とした。やはり彼は関係ないのか……。しかし昨日、現場の状況を聞いた限りでは無関係とは思えない。澤田は続けて尋ねた。


「すまないが、昨日何があったか、もう一度話してくれないかな?」

「……僕がいじめられていた事、もうご存知ですよね?」


 北村はまたも気まずそうに答えた。


「すまないが、これも仕事でね」

「いえ……昨日もあいつらに捕まって、あの高架下でカツアゲされていたんです……僕が渋っていると……」


 田中はそういうと言葉を止め、澤田と北村の後ろを見た。すると田中の顔が青ざめていき、徐々に後ずさっていった。澤田と北村も田中の異変に気付き、後ろを振り返った。黒いコートを着た青年が、こちらを見てニヤニヤしながら外灯の下に立っていた。

 田中は震える声で言った。


「……あいつです……二人を殺したのはあいつです!」

「何だと?」


 北村は驚いて言った。澤田は冷静であった。するとその青年は、田中に向かって話し始めた。


「どうだった?」

「……え?」

「気持ち良かったろ、奴らの死に顔。昨日、君達を見てピンと来たんだ。君達は知り合い、なのにカツアゲ。君はいじめられていたんだろう?」


 北村が割って入って来た。


「警察だ。おとなしく……」

「君には話してない!」


 青年はいきなり激高し、北村の言葉を遮った。その際、青年の体から電流が走ったのが見て取れた。澤田と北村が驚いているのをよそに、青年は続けた。


「自分をいじめていた奴ら死んだんだ。せっかく殺してやったんだ。喜んでくれよ」

「そ、そんな……」

「答えなくていい!」


 澤田は叫んだ。そして腰元から拳銃のトカレフを取り出した。北村は驚いた。


「お前、何でそんな物を……」

「私物だ。北村、お前も持ってるのなら出した方がいい」


 青年は澤田を見て感づいた。


「そうか……君は僕が何者かを知っているんだね……」

「北村!」

「持ってねーよ! 携帯命令は出てないんだ!」

「なら出してもらうように進言するんだ!」


 澤田は怒気を強めた。北村はあまりの気迫に声が出なかった。

 青年は冷静に続けた。


「いずれ知られる事だからいいんだけど、今はまだ早いかな……」


 青年はそういうと、外灯の根元を持ち、折って外した。そしてそのまま澤田達に向かって投げ飛ばした。澤田は避け、北村も田中の体を持ちながら倒れながらも間一髪避けた。


「何なんだ……」


 北村は驚愕しながら言った。澤田は青年に向かってトカレフを撃ち始めた。しかし効かない。


「くそ……北村! その子を連れて早く逃げろ!」

「わ、分かった! 行くぞ!」


 北村と田中は起き上がり、走り去って行った。


「逃がさないよ!」


 青年はそういうと、北村達に向かって手から電流を放出した。電流は北村達の足元に当たり爆発、北村達は吹き飛んだ。


「北村!」


 北村と田中はよろよろと立ち上がった。

 澤田は銃口を青年に向けている。

 青年はニヤニヤしながら言った。


「効かないのは分かっているだろう? いつまで抵抗を続ける?」


 澤田は苦渋の表情を浮かべた。すると、どこからともなくバイクの走行音が聞こえてきた。澤田はその音に気付き笑みを浮かべて答えた。


「奴が来るまでかな」

「……奴?」


 青年が不思議そうにしていると、そこに大型バイクに乗った鉄仮面の男が走りこんできて、澤田の前に停車した。


「今度は何だ……」


 北村があっけにとられていると、鉄仮面の男はバイクから降り、一目散に青年の元へと向かって行き、一発殴った。青年はブランコの所まで吹っ飛ばされ、鎖に絡まり回転し絞めつけられた。


「何……だと……」


 青年は驚きを隠せずに呟いた。

 澤田は鉄仮面の男に近づいて話しかけた。


「やはりいたんだな……」


 鉄仮面の男は澤田を見た。


「あんた確か……群馬の時の……」

「覚えてたか」

「生きてる人間は初めてだったからね。ここで何をしている?」

「あの化け物に会ったのは偶然だが、追ってれば君に会えると思った」

「俺に?」


 二人が話していると、青年は鎖を破壊し地に降り立った。澤田はトカレフを構えた。青年は話し始めた。


「思い出したぞ……僕達の様な人間を倒している奴がいると聞いていたが……お前か……」


 鉄仮面の男は澤田に促した。


「下がってろ」

「……分かった。頼んだぞ」


 澤田はそう言うと、鉄仮面の男の肩を叩いて北村達に駆け寄った。

 鉄仮面の男は、叩かれた肩を見つめた。


「大丈夫か?」

「俺達は大丈夫だが……澤田、お前この事件が終わったら全部話すって言ったよな?」

「……ああ」

「無理だ。ここを乗り切ったら、すぐに話せ。いいな?」

「……分かった。とりあえず離れるぞ」


 澤田達はその場から去って行った。

 鉄仮面の男は青年に向かって話し始めた。


「まず一つ訂正する。お前は人間じゃない、化け物だ」

「何だと?」

「かくいう俺もだが……そんな事はどうでもいい。悪いがここで死んでもらう」

「……死ぬのは……お前だ!」


 青年は鉄仮面の男目がけて手から次々に電流を放出していく。鉄仮面の男は全て避けていく。


「電気か……」

「馬鹿め! 避けることしか出来ないのか!」


 青年がそう言うと、鉄仮面の男は地面を蹴り青年に突進していった。そして青年の顔に廻し蹴りを食らわせた。青年はまたも吹っ飛んで行った。


「当たらなければ意味が無いだろう、馬鹿め」


 青年はよろよろと起き上がった。そして両手の間に電気の玉を蓄積し始めた。


「……ここで時間を食う訳にはいかないんでね。お前との勝負はまた後だ。僕にはこの街ですべき事がある……」


 青年はそう言うと、電気の玉を鉄仮面の男に向かって放った。鉄仮面の男はガードしたが、電気の玉は爆発し吹き飛んだ。その際、鉄仮面が外れた。

 

 澤田が走って公園に戻って来ると、先ほどの青年はいなくなっていた。その変わり、別の男が目をつぶって倒れていた。その傍らには、あの鉄仮面が転がっていた。澤田はその男に駆け寄った。

 その男はとても幼い顔をしていた。体つきもどちらかと言えば田中に近いような細めのラインだ。

 

「まだ子供じゃないか……」


 澤田が思わずそう呟くと、男は目をつぶりながら


「子供じゃない」

「起きてたのか?」

「むさくるしいに匂いがしたからな。匂いには敏感なんだ。そして俺は子供じゃない。二十二歳だ」


 男は目を開けると、立ち上がり周囲を見渡して言った。


「逃げられたか。もうこの辺りにはいない」

「……分かるのか?」


 男は澤田を無視し、鉄仮面を拾い上げ、バイクに向かって行った。


「待ってくれ!」


 澤田は男を呼び止めた。男は澤田に背を向けたまま立ち止まった。


「君、名前は? 何者なんだ? さっきの男も。一体何が起こってる?」

「……質問が多いな。だが答えは一つだ」


 男は澤田に振り返って言い放った。


「俺に関わるな」


 男はそう言うと、シートを開け、鉄仮面を仕舞う代わりにフルフェイスのヘルメットを取り出して被った。そしてバイクに跨り、走り去った。

 澤田はがっくりと肩を落としていると、男が戻って来た。


「そういえばさっきの奴、この街でやる事があるって言ってたぞ」


 男はそう言い残し、またも走り去って行った。

 澤田は茫然と立ち尽くしていた。なぜ彼はあんな事を言ったのか? もしかすると自分達を利用するつもりなのか? 澤田は男の言葉に困惑しながら、その場を去って行った。

 


 

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リクト キンキン @K_goro

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