第一章 遭遇

第1話 決意

 面談から三か月がたった。負傷した腕は治り、澤田は愛車ジープに乗り、三重県内を走行していた。旅行に来たわけではない。澤田は事件後、死んだ仲間の墓に手を合わせるため、全国を回っている。遺品を遺族に渡したいと申し出たが、情報が洩れる事を恐れた自衛隊上層部により却下された。生き残った身として、せめて墓参りをしようと全国を回っていたのだ。

 一連の事件は、テレビはおろか雑誌にも報道されておらず、パニックを恐れた政府が徹底的に情報を規制していた。

 澤田は、ある霊園の駐車場に車を止め、墓へと向かった。そして墓前に手を合わせ、静かに呟いた。


「すまん……」


 澤田は手を離すと、暮石をじっと見つめた。

 あの事件から三か月。いまだに気持ちは晴れない。おそらく一生晴れることはないだろうと澤田は考えていた。ここ数か月、ほとんど誰とも会話をしていない。しかし、澤田は仲間たちの墓前に来るたびに、ある事をずっと考えていた。それは、自分が生きている理由だ。あの状況は死んでいてもおかしくなかった。現に他の仲間たちは全員死んでいる。しかし、自分は生きている……。死を切望しているわけではない。しかし、全国で墓前に手を合わせるより他に、すべき事があるのではないか? その為に自分が生き残ったのではないか? 例えば、あの『鉄仮面の男』の様に……。


 澤田は霊園を後にし車を走らせていると、高架下で何やら騒がしい光景に遭遇した。気になって車を降りてみると、そこにはパトカーが数台停まっており、黄色い規制線が張られ、中はブルーシートで覆われており警察官達が右往左往出入りしていた。周りには野次馬が集まっていた。

 澤田は野次馬の一人に声を掛けた。


「何かあったんですか?」

「え? いや、殺人事件らしいよ。しかも高校生が被害者だって。かわいそうに……」

「そうですか」


 澤田が車に戻ろうとしたその時だった。


「澤田? 澤田じゃないか!」


 と男の声がした。澤田が振り返ってみると、そこにいたのは白手袋をはめ、腕に『捜査』と書かれた腕章を着けたスーツ姿の男であった。


「……北村?」

「そうだよ! 久しぶりだな!」


 北村は笑顔で澤田に近づいてきた。彼は澤田の自衛官学校時代の同期だったが、訓練についていけず退学。その後、警察官になった。澤田が自衛隊に入った後も交流があったが、特殊戦略群に入ってからは会っていなかった。もちろん、澤田が特殊戦略群だという事は知らない。

 北村は笑顔で尋ねた。


「何やってんだ、こんなところで」

「いや……別に……そっちこそ、まだやめてなかったんだな」

「あのね、学校時代とはもう違うのよ。今じゃバリバリの三重県警捜査一課のエースだぜ?」


 澤田は思わず笑った。

 北村は少しムスっとして突っ込んだ。


「おい」

「すまんすまん。何かあったのか?」

「あぁ……殺人だ。しかもな……」

「おい、喋っていいのか?」

「あ、いけね。でもまぁ、お前ならいいか」

「とんだエースだな」

「いやな……まぁまだ捜査中なんだが、何かおかしいんだこの事件」

「?」


 北村は、澤田を野次馬から遠く離れたところに誘導して続けた。


「被害者は二人だ。目撃証言から犯人は一人。一人はコンクリートのでかい塊で頭を一発やられて即死だった。でもそのコンクリート、一人じゃ持ち上げられないんだよ、どうしても。でもそいつは一人、片手で軽々と持ったっていうんだ」


 澤田は嫌な予感がした。北村は続けた。


「もう一人の死因は、感電死だ」

「感電?」

「解剖の結果分かったんだが、丸焦げでな。強烈な電圧を浴びてなったていうんだ」

「目撃者は何て?」

「それが……手から雷みたいに稲妻を出したって」

「……何言ってんだ?」

「いや俺じゃないよ。だからさ、そういう道具っていうか、武器みたいなの知らないか?」

「……分からん」

「そうか……自衛隊のお前なら何か知ってると思ったんだが……」

「すまんな、役に立てなくて」

「いやいや。しかし、本当にいるのかね、そんなやつ。いるわけないか」


 いる。電気は分からないが、重いコンクリートの塊を、軽々持ち上げる奴なら。もしかして、彼なのか。もしくは別の……。澤田は黙り込んだ。そんな澤田を見て、北村は空気を変えようと明るく話し始めた。


「そういえばさ、そこまでいかなくても世の中には変な奴がいるもんだな。さっきよ、検問してたらバイクが通ってよ。持ち物検査で中見たら何が入っていたと思う? 鉄仮面だよ。何か会社の飲み会で使うとか何とか言ってたけど……」

「待て!」


 澤田は思わず声を荒げ、北村の言葉を遮った。北村は驚いて


「な、何だよ?」

「今、何て言った?」

「え? だから、検問してて……」

「その後だ! 何が入ってたって?」

「だから、鉄仮面」


 澤田は確信した。間違いない、彼は近くにいる……だとすれば自分がする事は……。


「なぁ北村……」

「何だ?」

「俺を捜査に加えてくれないか?」

「は? 何言ってんだお前?」

「どうしても加わりたいんだ。頼む!」


 澤田は頭を下げた。北村は困ったように言った。


「そう言われても……大体、この事件のどこに引っかかったんだ?」


 澤田は頭を上げて答えた。


「……今はまだ言えない。でも! この事件が終わったら、必ずすべて話す。だから頼む!」


 澤田は真剣な眼差しで北村を見た。北村は圧倒されていた。


「分かった分かった! このままだと俺が殺されそうだわ。お前の事だ、よっぽどの事があるんだろう?」

「……ああ」

「何とかするよ。俺もお前がいてくれた方が助かりそうだし」

「すまん……」

「じゃあな」

 

 北村はそう言うと、澤田の肩をポンと叩き、ブルーシートの中に入って行った。

 澤田は生き残った自分が何をすべきかの答えが知りたかった。その為にはまず、『あの男』に会う必要がある。会えば何か糸口が見つかるかもしれない。

 澤田の目は決意に満ち溢れていた。

 

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