第334話 王の城下巡り 中編

 別日――


 いつもどおり俺が判子押しマシーンと化しているすぐ近くで、オリオンは先日リザードマンから買った、ドラゴンの一枚鱗で出来た丸盾ラウンドシールドを満足気に眺めている。

 本来グレイトドラゴンの鱗を加工するには高度な技術が必要らしいが、ドワーフ族のカチャノフが盾に仕上げてくれた。

「この鱗やべぇっすよ、マジべぇっすよ兄貴!」と語彙力を失っていたので、多分ほんとにやべぇ奴なのだろう。


「咲見てみて!」


 オリオンがシールドを構えると、丸盾スモールバックラーサイズの盾が彼女の半身を覆う大凧カイトシールドサイズに巨大化する。

 カチャノフ曰く、このグレイトドラゴンの鱗は本体から剥がれても尚生体組織が生きているらしく、叩いたり所有者が危機を感じると巨大化して外敵の攻撃を弾くとのこと。


「超軽くて、おっきくなったりちっちゃくなったりする!」

「確か本物のグレイトドラゴンも危機を察知すると、鱗が巨大化して体を隙間なく覆うんだってな」

「しかも炎系魔法を防げるんだって!」

「フレイアの焼き鳥が迫ってきたら、それで守ってくれ」

「咲、ありがとう!」

「お前の鍋蓋バックラーいっつも壊れてるからな」


 あれはあれで投擲武器として使ってたところはあるが。

 というかそもそも機動力重視で、敵の攻撃を避けるオリオンに盾なんか必要なのか? という疑問はあるが、骨見つけた犬みたいに喜んでるしまぁいいか。

 そんな話をしていると、ディーが真剣な顔をして執務室に入ってきた。


「王よ、お話があります」

「トラブル持ってきましたって顔してるな」

「とりあえず銀河の尻から手を離してください」


 言われて俺の手が銀河のスカートに突っ込まれていることに気づく。

 俺の五指は薄布越しに、柔らかくも張りのある尻をムニムニしていた。


「はう……」


 頬を染めて俯く銀河メイド

 しかしこれは俺が悪いのではなく、仕事中触りやすい位置に移動してくる銀河が悪いのだ。


「いえ、触る王が悪いですから」


 ディーさんの正論でバッサリと切って捨てられる。

 俺は渋々手を離してディーに向き直る。


「それで何だ?」

「はい、トライデント領に人が増えたおかげで国力が上がっているのですが、それと同時に治安の悪化が起きています」

「治安か……そうだよなぁ、人が多くなれば犯罪は避けて通れないもんな」


 ほとんど移民のトライデントで、いざこざが起こらないわけがない。

 強盗、殺人、強姦などの凶悪犯罪。これらはどれだけ見張っていようが、人に欲望がある限り必ず起きる。

 特に人の命が軽いこの世界で、ほんの少し口論になっただけで人を斬ったなんてよくある話だ。


「それで、何が起きてるんだ? 殺人か? それとも強盗? もしや裏山から魔獣が降りてきて人を襲ってるとか」


 裏山に関してはスピアホーネットという友好的な魔物がいるので、有害な魔物に関しては彼女らが見つけ次第始末してくれているはずだが。

 それらをかいくぐって降りてくる魔物もいるかもしれない。


「いえ、魔獣などではありません。今現在警備のアマゾネス隊を困らせているのが露出狂です」


 俺はガンと机に頭を打ち付けた。


「露、出……狂?」

「はい。露出した男性器を女性に見せて、性的快感を得る愉快犯です」

「いや、露出狂の意味は知ってるけどさ」


 淡々と男性器って言うディーさんにちょっとドキドキした。

 しかし、ウチには変な奴多いけど、まさか犯罪者まで変な奴なのか。


「我が領は温泉が有名なのと、チャリオット含めアマゾネス隊、ホルスタウロス、クラーケンなど種族問わず、とにかく女性が多いです。そのこともかなり有名になっているみたいで」

「まぁあいつらガワだけは優秀だからな。それが変態たちを惹きつけていると?」

「はい。このままでは変態の出る国として、トライデント露出王国と呼ばれてしまいます」

「そんな動物王国みたいに言うな。くそ、せっかく発展してきるのにそんなふざけた理由で泥塗られてたまるか。実際に、その頭が温かい変態を見た目撃者は?」

「ウチではフレイアが被害にあってます」


 大体そういう被害にあうのはあいつだな。


「ちょっと呼んでくれ」

「かしこまりました」


 しばらくして怒り心頭したフレイアが、ツインテを後ろ手に弾きながらやってくる。


「お前露出狂にあったんだって?」

「なんでちょっと嬉しそうな顔してんのよ。ぶん殴るわよ」

「その時の事を教えてくれ」


 フレイアは腕組みすると、昨晩のことを語る。


「……あれはあたしが昨日の夜温泉入って、城に戻ろうとした時よ。いきなり酒場の裏から全裸の男が飛び出してきて、ア、アレを見せつけてきたの」

「アレとは?」

「言わなくてもわかるでしょ! ち、ちで始まるアレよ!」

「ち? ちょっとそれではわからんなぁ……」

「咲、ち●ちんだよち●ちん」


 俺がすっとぼけると、かわりに答えるオリオン。


「ちから始まるのはち●ちんしかないよ! ねぇち●ちんであってるよねフレイア!?」

「ち●ちんでであってるのかフレイア?」


 俺とオリオン二人で聞くと、フレイアはボンとその拳に炎を灯す。


「死ねぇ! この変態!」


 躊躇なく俺の顔面向けて炎が放たれたが、早速オリオンの盾が役に立った。

 こいつに盾を与えたのは正解のようだ。


「そんで、お前はどうしたんだ?」

「さ、叫んだわよ。そしたらそいつ悲鳴が嬉しかったのかしらないけど、後ろに倒れ込んだと思ったらブリッジして見せつけてきたの」

「なるほど……ブリッジしておっ立てたってわけか」


 さしずめ汚いピサの斜塔と言ったところか。ウチに相応しい変態だな。合格だ。


「燃やしてやろうと火を放ったんだけど、透明になって消えていったわ」

「お前は簡単に街に火を放つな。放火も立派な犯罪だぞ」

「恐らく透過の魔法でしょう。魔道具によるものか犯人の能力かはわかりませんが」

「もう少し聞き込みが必要だな。露出狂が出たっていう酒場裏に行こう」


 俺はオリオンとフレイア連れて酒場裏へと向かうと、丁度リカールと出くわした。

 昔俺とソフィーがバイトで世話になった人で、見た目は筋肉ムキムキのヒゲオヤジなのだが、性格は気の良いオネエである。

 彼は商人としては我がトライデント領最古参で、現在はトライデント商業組合会長を務めている。


「リカールさん」

「あら王様!」

「どうしたんですか? ってかなんですかその格好?」


 リカールの格好はピチピチの女性用ドレス姿で、夜中見たら悲鳴を上げそうだ。


「酒場で今劇をやってるの、アタシがメインヒロインなのよ!」

「メインヒロイン(♂)」

「それよりよかった聞いてちょうだい! 変態が出たのよ! 変態が!」

「それは鏡に映ったリカールさんではなく?」

「もう冗談よして頂戴王様!」


 結構本気だがな。


「昨日の夜、アレを丸出しにしたスッポンポンの変態が出たの!」

「やっぱりここらへんに出没するのよ」


 俺はフレイアの言葉にうなずく。


「顔はあらくれ者の覆面を被っててわかんなかったけど、あたしびっくりして飛び上がっちゃったわ!」

「リカールさんの前に出たんですか?」

「そうよ! そしたらその変態言うにことかいて、ゲッ男!? とか言ったのよ。ぶち殺して金玉引きちぎってやろうかと思ったわ!」

「パワー系すぎる」


 多分酒場フェアリーテイルの女性従業員を狙ったんだと思うが、ちょっとこの変態はバカなところがあるみたいだな。

 警備隊の方にも話を聞くか。


 俺たちは領地内にあるアマゾネス駐屯所へと向かう。

 屯所の前では、槍やシミターで武装したアマゾネス軍団が激しい訓練を行っていた。

 ムチムチの姉ちゃんが、ビキニアーマーで我が領内の治安を守ってくれている。

 一部領民からは「ほぼ裸の警備隊が一番治安を乱しているのでは?」という声が届いているが無視した。


「おーい、アギいるかー?」


 俺が声をかけると、巨大な虎に乗った小麦肌の少女が姿を現す。

 ツノ牛の頭骨を被り、虎の毛皮で作ったリアル虎柄ビキニ。背中には肉を斬ることに特化した無骨な曲刀シミターを携えたている。

 彼女はレイランと同じく、菱華村で出会ったアマゾネス族リーダーのアギだ。

 女性社会で生きてきた為、昔は男のことをタネと呼んで見下していたが、今はうまいことやっている。


「アギー」

「戦士オリオン」


 オリオンとアギは手を合わせる。野生児という共通点からか、二人は仲がいい。

 アギの乗る虎(ペロ)は、フレイアの顔をベロンとなめる。


「王、久しぶり」

「おう、防衛任せきりで悪いな」

「王、なかなか会いに来ない。我ら忘れられたかと思った」

「お、おう、すまん」


 彼女らはロベルトやリリィたちと共に、日夜トライデントを守ってくれている治安維持部隊。

 決して忘れていたとかそんなのはない。


「それでどうした? 我らにタネ提供しに来たか?」

「いきなりフラッと来て、精子やるわなんて言わんだろ」

「残念」


 彼女らには種付けの儀というやべぇ習慣があり、強い男を血脈としてアマゾネス族を繁栄させる使命があるらしい。

 一人の男から部族を維持するというのは、ホルスタウロスのリーダー制に少し似ているかもしれない。


「我ら、王の種付けないなれば、商人から強いオスの精買うこと考えてる」

「それはやめろ」


 この世界では優秀な男の精子は高値で取引されることもあり、主に魔女や跡継ぎに困った貴族が買うとか。


「ちなみに参考までに聞くが、その儀式は一体何人が対象なんだ?」


 俺は周囲のアマゾネスたちを見渡してみる。


「我含め、アマゾネスの姉さま400人分くらい?」

「干からびて死んでしまうわ! ってか増えてないか!?」

「我らアマゾネス族、散り散りになった姉様たちトライデントに集合してる。早くしないともっと増える」


 なんか増えてる気がすると思ってたら、ほんとに増えてたのね。


「ってか、それは周りは納得してるのか!?」

「我らアマゾネス、強い男のタネ受け入れる掟。王、強いタネ持ってる。これ皆知ってる」


 大丈夫と親指を立てるアギ。

 だめだ、多分彼女らは根本的に価値観が違う。伴侶にするというより、本当に子供を作るためのプロセスとして男を欲している。


「まさしく種馬ね」

「咲、なんかわからんが頑張れ」


 鼻で笑うフレイアと、儀式の意味がよくわかっていないオリオン。


「王心配しなくても大丈夫。寝転がってれば、我らが勝手に済ます。王は次々タネ注入すればいいだけ」

「そんなライン工場みたいなセックス嫌じゃい。まぁその話は一旦おいておいて、今日は露出狂について聞きに来たんだ」

「おぉ、我らもそいつ追ってる。でもなかなか尻尾掴めない」

「ペロの嗅覚でもなんとかなんないの?」


 オリオンはアギの乗る強そうな虎の鼻を撫でる。


「そのロシュツキョー臭い。鼻が曲がるほど臭い。腐ったゴミと同じ臭いする。ペロでも追跡困難」

「露出狂で体臭いって最悪だな」


 果たしてそれはアギのような嗅覚の鋭い警備をかいくぐるためなのか、それともただ単にそいつが臭いだけなのか。


「それと気配の遮断が優れすぎてる。我ら駆けつけてもすぐいなくなる。我らアマゾネス数多い。普通絶対見つかる。でもほんとにどこにもいない」

「確かに……透過魔法を使ってたとしても、足跡や臭いは残るからな」


 うちの警備隊を完全にすり抜けて逃げるって、どれだけ隠密がうまくても無理だ。


「フレイア、魔法で完全ステルスって可能なのか?」

「できなくはないわよ……。でもそれって大魔道士の秘術だと思うけど……」


 大魔道士が秘術使って露出狂してるとは思いたくないな。


「咲、ルナルナに聞いてみたら? こういうの詳しそう」

「確かに。ちょっと聞いてみるか」


 今度は魔軍のキャンプへと向かうのだった。

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異世界城主、奮闘中! ~ガチャ姫率いて、目指すは最強の軍勢~(旧題ガチャ姫) ありんす @alince

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