美しい国の美しい王女

@isida

第1話

 むかしむかし、あるところに美しい国がありました。

 透きとおった湖によりそう白いお城に、色とりどりの花を咲かせる木々。

 道には整然と石畳がしきつめられ、街の民家でさえ輝くような美しさです。


 そんな美しい国に、これまた美しい王女様がいました。

 星を宿したような青い瞳に、日の光を集めたような金の髪。

 そのピンク色のくちびるからもれる声は、まるで天使の歌のようです。


 その王女様より美しい人は、国中さがしても見つからないでしょう。

 王国の歴史をみても、彼女より美しかった人はたった一人しかいませんでした。 そんな美しい王女様は、美しい国の人々の自慢でした。


 ある日王様が「つぎの王女の誕生日に、婿を決める」と言いました。

 それからはもうたいへんです。国中の貴族が我こそはと名乗り出ました。

 それだけではありません。ほかの国の王子様たちまで、美しい王女様を求めてやってきたのです。



 * * * * *



「我に姫をとつがせるならば、我が国にある無数の財宝を代わりに贈ろう」

 竜の国の王子様が、そう言いました。


「私の妻になっていただけるなら、この国を美しい花々で埋め尽くしてあげます」

 妖精の国の王子様は、こう言いました。


「ワシの嫁になるならば、この城と街をもっと美しく飾り立ててみせよう」

 小人の国の王子様は、こう言いました。


「予の伴侶となるならば、予はこの国のためにおしみなく魔法を使おう」

 最後に悪魔の国の王子様が、こう言いました。


 どれも素晴らしい申し出です。王様は迷ってしまいました。

 迷って迷って最後には、王女様自身に決めさせることにしました。

 もちろん選ぶのは4人の王子様の中からです。貴族たちは、王様が喜ぶような約束をできなかったのですから。


 とうの王女様は、すこし沈んだ気分になっていました。

 いつもは楽しげにキラキラと輝いている瞳が、困ったように伏せられています。

 けれどその様子に気づくものは、だれ一人としていなかったのです。


「私はただの人間です。ひととき咲いて枯れる花のようなものです」


 王子様たちは長い時を生きます。

 妖精と小人でさえ千年、竜と悪魔など老いることなく生きつづけるのです。


「──ですから、いま美しいといっても、すぐに衰えるのです。私が美しくなくなったあと、皆様はきっとガッカリしてしまうでしょう」


 王女様の言葉を聞いた王子様たちは、口々に否定しました。


「先に死なれるのは悲しいが、我は生涯そなただけを愛しつづける」

「どうしてそのていどのことで私の心が変わったりするでしょう」

「ワシの思いは石よりも硬い、きっとおぬしを幸せするだろう」


 王子様たちの返事を聞いた王女様は、あいまいに微笑むだけでした。



 * * * * *



 それから幾日かが過ぎました。王女様はまだ結婚相手を決めていません。

 そばにいるうちに、ますます王女様の美しさに惹かれた王子様たちは、競って贈りものをするようになりました。輝く宝石、いい香りの花、きれいな髪飾りに、不思議な道具。けれど王女様はだれの手も取りません。


 ──そうこうしているうちに、問題がおきました。

 美しい国に虫の大群があらわれたのです。虫たちは畑の作物を食べ荒らしてしまいました。これでは冬がきたときに、食べ物がなくて困ってしまいます。


 けれど人々が何より気にしたのは、食べ物のことではありませんでした。美しい国の人々は、虫が大嫌いだったのです。世界でもっとも美しい自分たちの国に、醜い虫がいることがなにより嫌なのでした。


「虫ごとき、我の炎で焼きつくしてやろう」


 竜の国の王子様の申し出は断られました。なぜなら虫といっしょに、きれいな家までも燃えてしまうというのです。


「虫が去ったあと、畑を元にもどしてあげましょう」


 妖精の国の王子様の申し出も断られました。いま気持ち悪い虫がいることが問題なのです。いなくなったあとで何かしてくれても意味がありません。


「ワシが虫よけの秘薬の作り方を教えよう」


 小人の国の王子様の申し出もやっぱり断られました。よく聞くと、虫よけの薬は臭くてベタベタした液体らしいのです。そんなものをまかれたら、せっかくの美しい国が汚れてしまいます。


「うまく退治できたら姫が予のものとなる、というのなら予の魔法を試してみてもよい。予なら、家を焼かず、国を汚さず、虫を追い払えるかもしれぬ」


 悪魔の国の王子様の言葉に人々は喜びました。

 けれど王女様は、すぐにうなずきはしませんでした。


「すこし時間をください……」


 そのすがたを見た3人の王子様たちは、王女様が自分のことを愛しているからこそ悩んでいるのだ、と信じこみました。



 * * * * *



 その夜、王女様の寝室をおとずれる人がいました。

 黒い服に黒いとんがり帽子、黒い杖に灰色の髪。

 しわくちゃで腰の曲がった醜い老婆です。


「あなたはだあれ?」

「アタシは心のねじくれた、醜い魔女さ」

「その魔女さんが、私にどんなごよう?」


「もうちょっと怖がってくれると、アタシもやりがいがあるんだけどね。……まあいいさ、用をすませよう。アタシの魔法なら、この国にあらわれた虫をすっかり片付けられるのさ。スゴイだろう?」


「すごいわ。すぐに魔法をかけてくださいな」


 王女様の返事を聞いた魔女は、ニタリと笑いました。


「やってもいいけど、ただじゃあないよ。代わりにアンタの、お日様の光みたいにきれいな髪をアタシにおくれ」

「ええ、いいわ」


 悪魔の国の王子様のときとは違い、王女様はすぐにうなずきました。

 あまりにあっさり聞き入れられたせいで、魔女のほうが驚いてしまいました。


「……本当にいいのかい? きっと、きっと、アンタは後悔するよ」

「ええ、いいの。それにたぶん、私は後悔しないと思うわ」


 魔女が、黒い杖を王女様の金色の髪にあてました。

 とたんに王女様の髪はしなびた白髪になってしまいました。

 かわりに魔女の灰色の髪が、輝く金髪になったのでした。



 * * * * *



 次の日、王宮は大騒ぎになりました。

 最初に、虫が消えさったことが伝わり、みんな大喜びになりました。

 けれど王女様があらわれると、人々はとてもとまどってしまいました。

 彼らの自慢の王女様が、老婆のような白髪になってしまっているのです。


 中でも一番なげき悲しんだのは、小人の国の王子様でした。


「おお、なんということだ! ……王女よ、ワシはおぬしの愛にこたえられん。欠けたうつわなど、無いほうがましなのだ」


 小人の国の王子様は、家来を連れて国に帰ってしまいました。

 けれど王女様は、それを悲しみはしませんでした。彼女は小人の国の王子様を愛していたわけではなかったからです。


 ほかの3人の王子様は、そのまま国にとどまりました。


「我が国には白い竜もいる。そちも受け入れられるであろう」

「その白い髪は彼方の山につもる雪のよう。あなたの美しさは変わっていません」



 * * * * *



 それから数日がすぎ、こんどは国中に病気が広まりました。

 どうしたことか、その病気はお医者様にも治すことができないのでした。

 このままでは、おおぜいの人が命を落としてしまうかもしれません。


「うまく治せたら姫が予のものとなる、というのなら予の魔法をためしてみてもよい。予ならこの国の民を救えるかもしれぬ」


 悪魔の国の王子様がそう言いました。

 けれど、王女様はうなずきはしませんでした。


「すこし時間をください……」



 * * * * *



 その夜、王女様は本を読みながら人を待っていました。

 もちろんあの魔女を、です。『光の王女』という古い本を読み終わったとき、ちょうど魔女があらわれました。


 魔女は来るなり顔をしかめました。


「本はお嫌い?」

「ああ、お嫌いさね。とくにそういうくだらない本は大嫌いさ」


「ごめんなさい。次は気をつけるわ。ところで、こんどは病気を治してほしいのだけれど、できるかしら?」


「そのくらい、アタシかかれば簡単さね。……アンタが、誰でもトリコにしてしまう、その美しい声をくれるなら、ね」


「うん、それでいい」

「……本当にわかっているのかい? アンタは二度と歌うこともできなくなるよ」


「いいわ。歌うのはそんなに好きじゃないから」

「そうかい。なら、あとからアタシに文句を言うんじゃないよ」


 そう言って魔女は、黒い杖を王女様のノドにあてました。

 ごほっ、ごほっ。王女様は急に息が苦しくなって、せきをしてしまいました。


「言い忘れていたがね。代わりに渡すのはアタシのノドさ。ちょっとしたことでもせき込むし、ごはんを食べるとよくつまるよ。せいぜい気をつけることさね」


 魔女は天使のよう声で、そう意地悪く言いました。



 * * * * *



 つぎの日、また王宮は大騒ぎになりました。

 聞くだけで心おだやかにしてくれた王女様の美声が、しわがれた老婆のような聞き苦しいものになっていたのです。


 誰よりも悲しんだのは、妖精の国の王子様でした。


「なんという醜い声だ! そんなおぞましい声を聞かされるなら、死んでしまったほうがいいくらいだ。姫、私はもうあなたの愛にはこたえられません」


 妖精の国の王子様は、家来を連れて国に帰ってしまいました。

 けれど王女様は、それを悲しみはしませんでした。彼女は妖精の国の王子様を愛していたわけではなかったからです。



 * * * * *



 そしてついに、王女様の誕生日の前日になりました。

 城の飾り付け、料理の支度。人々はてんてこまいです。


 みんなが忙しく働いているとき、大きな地震がおこりました。

 食器は割れ、家具は倒れ、お城の壁にもヒビがはいりました。

 石畳も割れ、民家は崩れ、街の木々も倒れてしまいました。


 人々はなげき悲しみました。

 虫のときよりも、病気のときよりも、ずっとです。

 彼らの愛する、世界でもっとも美しい街が壊れてしまったからです。


 王女様は、まだ昼だというのに寝室にこもりました。

 そして呼びかけます。


「魔女さん、魔女さん、出てきてちょうだい」


 同じ言葉を何度かくり返しました。

 すると、いつのまにやら金髪の老婆が部屋にいました。


「……気軽に呼びつけるんじゃないよ。魔女なんてのは、お日様の下にあらわれるものじゃないんだよ」


 魔女は不満そうにブツブツ言っています。

 けれど王女様は、そんなことにはおかまいなしです。


「今度は、壊れたお城と街をなおしてくださいな」

「……いいとも。アンタがその若さをアタシにくれるならね」


 魔女の望みを聞いて、王女様はためらいました。

 その様子をみて、魔女は手を叩いて喜びました。


「そうだろう、そうだろう! アタシのような、醜い老婆にはなりたくないだろうさ。それでいいんだよ、こんな国のために犠牲になることはないんだ」


 王女様はしばらく考えてから言いました。


「ねえ魔女さん、若さじゃなくて、美しさじゃダメかしら?」


 魔女は息が止まるほど驚きました。


「アンタはまるでわかっちゃいない。醜いすがたで長い人生をいきるのは、老婆になって短い人生をいきるよりずっとツライんだよ」


「できるのね? じゃあ、それでおねがいするわ」

「……これが最後おねがいだよ。本当にいいかい?」


「ええ、いいわ」


 魔女は黒い杖を王女様の顔にあてました。

 とたんに王女様の美しい顔は、醜くゆがんでしまいました。

 世界で一番美しい王女様は、世界で一番醜い王女様になってしまったのです。


「かわいそうな王女よ。アンタはみんなのために、美しい髪も声も顔も失った。……だが覚えておきな。アンタが失うのは、それだけでは済まないのさ。もっと多くものを失うことになるだろう」


 王女様のかわりに、輝くばかりに美しくなった魔女は、そう不吉なことばを残して去っていきました。



 * * * * *



 王女様は部屋から出ました。

 お城は、地震などなかったかのようにキレイになっていました。

 人々は大喜びで浮かれています。


 けれど王女様を見ると、みんな嬉しさを忘れてしまったように不快なようすになりました。


「なんだこの醜い女は! どうして私たちの国にこんな女がいるんだ」


 中でも一番怒ったのは、竜の国の王子様でした。


「王女め! これほど醜い女に、我が贈った指輪をくれてやるとは!」


 指輪をあげてしまったわけではなく、本物の王女様なのですが、そんなことは王子様にはわかりません。王子様は家来を連れて国に帰ってしまいました。


 けれど話がそれで終わったわけではありません。

 王子様のことばで、醜い女が王女様の服や宝石を身につけていることが、みんなにもわかってしまったからです。もちろんその醜い女こそが王女様なのですが、そんなことは人々にはわかりません。


「あやしい女だ。きっと王女様のものを盗んだにちがいない!」

「捕まえろ! 捕まえて拷問にかけてしまえ」


 王女様は兵士たちに取り囲まれてしまいました。

 その時。人々のうしろから一人の侍女が進みでてきました。


「お待ち下さい! そのかたは、本物の王女様です!」


 侍女は、王女様が魔女と取引したことを、みんなに教えました。

 国を救うために、王女様が自分を犠牲にしたことを伝えたのです。


 けれどかえってきたのは、感謝の言葉ではありませんでした。

 人々は王女様をバカにしたのです。


「そんなくだらないことで、私たちの自慢をなくしてしまうなんて!」


 中でも一番王女様をバカにしたのは、悪魔の国の王子様でした。


「なんという愚かな娘だ! これでは予の計画が台無しではないか」


 そう言うと悪魔の国の王子様は、家来を連れて国に帰ってしまいました。


 王様は怒りました。

 明日が王女様の誕生日だというのに、相手の王子様がみんないなくなってしまったのです。王様はしかたなく、王女様を貴族と結婚させることにしました。


 けれど貴族たちは、王女様との結婚をこばみました。

 なんども告白をした貴族も、永遠の愛を誓った貴族も、王女様の近くによることさえ嫌がるようになってしまったのです。



 * * * * *



 そして、とうとう王女様の誕生日がやってきてしまいました。

 せっかくのおめでたい日だというのに、喜ぶ人はいません。


 ついに王様は、街の人々を呼び集めました。

 そしてどんな身分のものにでも、王女様を与えると言ったのです。

 人々は王女様に罵声をあびせました。美しかったころの王女様をなんども見ているのです。いまの醜い王女様が本物だと思うものはいませんでした。


 王様は兵士を使って人々を静かにさせました。

 そして王女様が醜くなったわけを人々に伝えました。

 けれどそれでも、王女様を妻にむかえようとする者はあらわれませんでした。

 それどころか、王女様を責める声が聞こえてきます。


「虫なんて、オレたちでもなんとかできたんだ!」

「病気だって、ぜんぜんたいしたことじゃなかったんだ!」

「せっかくの美しい姿をなくしてしまうなんて、許されないことだ!」


 人々は騒ぎ出しました。王女様を罵るだけではなく、くさった果物を投げつける者まであらわれました。


「おいだせ!」

「おいだせ! おいだせ!」

「おいだせ! おいだせ! おいだせ!」


 だれかが声をあげると、それはすぐに大合唱になりました。

 自分たちの美しい国に、醜い王女様がいるのが我慢できなかったのです。

 みんなに責められた王女様は、涙を流しました。

 けれど、それを気にする者はだれもいなかったのです。



 * * * * *



「二度とこの国に足をふみいれるんじゃないぞ!」


 王女様は乱暴に門から押し出されました。

 ここから先はもう、王女様が生まれた国ではありません。

 王女様は、山にむかう険しい道をトボトボと歩きだしました。


 きれいなドレスも宝石も奪われ、あるのは粗末な服だけです。

 これでどうやって暮らしていけというのでしょう。



 * * * * *



 王女様が長い時間をかけ山のふもとまでくると、そこには魔女がいました。

 黒い服に黒いとんがり帽子、そして黒い杖。出会った時と同じかっこうです。


「アタシの言ったとおりだったろう?」


 魔女は、王女様から奪った美しい声でそう言いました。


「ええ。あなたの言ったとおりだったわ」

「たっぷり後悔しただろう?」


 魔女は、王女様から奪った美しい顔をゆがめてそう言いました。

 王女様は首をかしげて考えこみました。


「いいえ。すこし悲しかったけれど、それほど後悔はしていないわ。だって私の願いは、ちゃんとかなったんだもの」


 王女様は、おだやかにほほえみました。

 それを見た魔女は、顔を真っ赤にしました。


「そんなバカな! どうして後悔しない、どうして恨まない、どうして怒らない、どうして笑っていられるのさ! みんなを救えたから、それで満足だと!? アンタはアタシと違って、心まで美しいというのかいっ」


 魔女は美しい金髪をふりみだして怒りました。

 そして持っていた黒い杖を、道に叩きつけてしまったのです。

 叩きつけられた黒い杖は、かんたんに砕け散ってしまいました。

 あたりに光があふれます。同時に、大きな地震がおきました。


 ゆれがおさまったとき、美しかった魔女は元の醜い老婆に戻っていました。

 そして醜くなった王女様も、もとの美しい姿に戻っていたのです。



 * * * * *



 変化はそれだけではありませんでした。

 お城や街は大きな地震で、まためちゃくちゃになりました。

 それから、まえより多くの人が病気になってしまいました。

 それから、まえより多くの虫があらわれて、植物を食べ尽くしてしまいました。


 人々はなげき悲しみました。


「私たちはなにも悪いことをしていないのに、どうしてこんなヒドイことがおきてしまったんだろう! 私たちはなんて不幸なんだろう!」



 * * * * *



 魔女は地面にへたれこんでいました。

 王女様は魔女の近くに座ると、魔女に笑いかけました。


「ねえ魔女さん。もとに戻ったから、またみっつおねがいできるわね」


 魔女はチラリと王女様を見たものの、なにも言いませんでした。


「じゃあ、ひとつ目ね。魔女さん、私の友達になってくださいな」


 魔女は驚いて、口をぱくぱくさせました。


「私の気持ちを一番わかってくれるのはあなただし、あなたの気持ちを一番わかるのは私だから。きっと仲良くなれると思うの」


「……なにを言っているんだい」


「だって、昔、あなたも私と同じことをしたんでしょう? だからこそ、醜くなった私がどうなるか、あんなによくわかったんでしょう」


 王女様の言葉を聞いた魔女は、目を丸くしました。

 そして低く笑い出しました。


「ああ、そうだよ。信じられるかい。この醜いアタシは、ずうっと昔、光の王女なんて呼ばれていたんだよ。まあアンタみたいに心まではキレイじゃなかったがね」


「いいえ。あなたはとっても優しい人よ。私なんかよりずっと。だって、私が捕まりそうだったときに助けてくれた侍女は、魔女さんだったんでしょう?」


 魔女は頬を染めて、王女様から目をそらしました。


「アンタのためじゃないよ。昔の自分を思い出して見ていられなくなったのさ」

「魔女さんのときはどうなったの?」


「そのまま牢屋いきさ。当時は弱い魔法しか使えなかったからね。あやうく殺されるところだったさ」


「そんなに酷い目にあわされたのに、この国のことを見守っていてくれたんでしょう? だって、そうじゃなかったら、悪魔の王子が嫌がらせをしたときに、あんなに都合よく私の前にあらわれたりできないはずだもの」


 魔女は耳まで真っ赤になりました。


「ま、まったくとんでもない見当違いだ。アタシはそんな良い人じゃないさ。……で、でもいいさ。アンタがそうしたいっていうなら、友達とやらになってやってもいいよ」


「私の金色の髪とひきかえに?」

「バカだね、そんなのいらないよ!」


 王女様は魔女の手を握って、にっこり笑いました。


「それで魔女さん、ふたつ目のおねがいよ。私をあなたの家に連れて行って。そしていっしょに暮らしましょう」


「なにを言っているんだい。もう元の姿に戻っているんだ。国に帰れば、喜んでむかえられるだろうさ」


「いまさら戻れないわ」


「……アタシの住処は山奥にあるんだよ。だれも訪れない寂しい暮らしさ。本当にそんなところに行きたいのかい」


「私にはあなたがいるし、あなたには私がいる。だから、もうさびしくないわ」


 魔女はずっと長い間、一人でさびしく暮らしていたのでしょう。王女様の言葉を聞くと泣き出してしまいました。


「……ほ、本当にいいのかい? きっと、きっと、アンタは後悔するよ」

「ええ、いいの。それにたぶん、私は後悔しないと思うわ」


 王女様は魔女を優しく抱きしめました。

 そして、魔女が泣き止むまでずっとそうしていたのでした。



 * * * * *



「……やっぱり、その金の髪だけもらってもいいかい?」

「いいけれど。髪だけだとおかしくないかしら? どうせなら、顔も──」


 王女様はとつぜん、なにかに気づいたように手を叩きました。


「ああ、さっきの地震! 戻ったのは姿だけじゃないのね。……本当にあなたは優しいわ。あんなヤツら放っておけばいいのに」


 魔女は不思議そうに王女様を見つめました。


「魔女さんは勘違いしているわ。私の願いは、みんなを助けることなんかじゃなかったの。ただ知りたかっただけだわ」


「いったい、何を知りたかったっていうんだい?」


「『姿だけではありません。私はあなたの美しい心に惹かれているのです』」

「『あなたが老いてしまっても、この愛は変わらない!』」

「『ワシの思いは石よりもかたい、きっとおぬしを幸せするだろう』」


 王女様は大げさなポーズをとりながら、誰かの言葉をマネしました。


「……結果は、予想通りだったけれど」王女様はちょっと考えてから言いなおしました「いえ、予想以上だったわ」


 王女様は肩をすくめました。


「だって、私が国を追い出されるとき、だれひとり助けてくれなかったのよ。パンひとつ、小銭1枚めぐんでくれる人もいなかったの。あれだけ、私のことをたたえていた人たちなのに!」


「じゃあ、魔法を使うのには反対かい?」

「いえ、いいわ。優しいあなたのために、この髪をあげる」


 王女様が差し出した髪に、魔女が手を触れました。

 すると、きれいな金の髪は真っ白になってしまいました。

 こんどは魔女の髪は変化していません。灰色のままです。


「……これでぜんぶ元通りになったのかしら」

「いや、治したのは病気だけだ。あとは自分たちでなんとかさせるさ」


「そうね。建物は時間をかけてなおせばいいし、減った食料はかわりに虫を食べればいいものね」


 王女様の言葉に魔女は悲鳴を上げました。


「やめておくれよ、気持ち悪い!」

「魔女なのに虫が嫌なの? 本には栄養いっぱいって書いてあったわよ」


「あたしゃこれでもお姫様育ちなんだよ!」

「私だってそうよ?」


 もう話すのも嫌だったのでしょう。魔女は無言で魔法の翼を呼び出しました。

 翼は二人を乗せて、魔女の住処に羽ばたきます。



 * * * * *



 ──それから。姿は醜いけれど心は美しい魔女と、世界で一番美しいけれど心はそれほど綺麗でもない王女様は、山奥で仲良く暮らしたのでした。

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