第四幕

=第1場

「朗読劇-星の王子さま」これが、都立第二中学校演劇部の旗揚げ舞台だった。

3×6の平台ひらだいベタ置きで作った間口まぐちけん、奥行き1間の小さな舞台。

客席はわずか30席ほどだった。

音響機材は部費で、

照明機材は、T字バトンと一緒に父さんの劇団から借りた。

電気容量ギリギリで使っていた事を覚えてる。


本番時間は約45分。

2日間で3公演。

30席しかない客席も満席になることはなかった。

それでも、役者は一つ一つの言葉に。

スタッフは一つ一つのキッカケに手に汗握るほどの集中をしていた事を覚えている。


朗読が終わり、キャスト3人が整列。礼。

3人しかないのに礼が揃わなくて、結構練習したっけ。


下げた頭の先から返ってきたのは、パラパラと散らばった拍手。

それでも、僕たちにとっては舞台をやり遂げた事を実感させてくれる拍手であった。

都立第二中学校演劇部で初めてやり遂げた舞台。



__人にとっての星の意味は、人それぞれに違う。



=第2場

「実は、演劇部はまだ続いているんだ。」

__え。

「え。」

飯田先生の一つ一つの言葉に驚き、頭が追いついていけない。

「ヒロ、黙っててごめんね。…奏がね、演劇部やってたの。」

咲が申し訳なさそうに口を開く。

「あんな事があったんだ。三山くんに話すべきか咲さんは悩んでいたんだよ」

「…。」

「奏さんは三山くん達がここでやった旗揚げ公演に感動して入部を決めたんだ。それから何人か仲間を集めて、今ではお芝居を作っているんだよ」

そういえば、奏ちゃん僕たちの舞台観に来てくれてたな。

「小さい頃から奏、ヒロに憧れてたからね。ここでやった舞台も目輝かせて観てたんだ」

__そうだったんだ。

「しかし、奏さんをはじめ演劇経験者が部内にいないものでね。稽古とか劇場の事とか分かる人がいなくて困っていたんだよ。」

「お芝居をやりたいって気持ちは本当みたいなんだ、奏」

咲が慎重に言葉を口から出しているのが伝わって来る。

「そんなとき、奏さんが私のところに来て三山くんを呼んで欲しいと頼んできたんだよ」

「私にも。ごめんねヒロ、突然で」

__でも、

「僕は…。」

言葉に詰まる。


「三山くんだけが悪いんじゃない。」

軽くではあるが、胸を叩かれたような感触がして、僕は思わずまっすぐ飯田先生の事を見た。

「そもそも、誰も悪くありません。その時の流れです。きにする事はありませんよ。だから三山くんは、戻ってきて良いんです。ここに」

「ヒロ、私からもお願い。」

飯田先生から返ってくるまっすぐな眼差し、その横で咲が頭を下げている。


「少し、時間を」

少しでも、気を緩めたら体全体から力が抜けそうだった。


__僕は、星の役に立てるのだろうか?



=第3幕

また、部室で一人。僕は何も考えられずに積み重なった平台の上に横になっていた。

プレハブ小屋の天井。壁には時計。稽古中、よく秒針の音が気になったっけ。

壁には、何枚かの写真。創部した時、何もないプレハブ小屋と部員と飯田先生。

稽古場を仕込んだ後の写真。峯岸がリノの床に突っ伏しているのが写っている。

そして、旗揚げ公演の時の写真。

僕たちの思い出は、これで終わり。


もう一度、稽古場を見渡す。 今日で何度めだろうか。

何度見ても、同じに映る稽古場は僕らがいた時と、何も変わっていない。

本当に、新しい部員が活動を続けていたのかとも思うぐらいだ。


 そういえば、旗揚げ公演のDVDが本棚にあったはず。

僕はそう思うと、そのまま本棚を見る。

 _あった。


ブラウン管テレビとDVDプレイヤー。他の教室の古くなって使わなくなったものを貰ってきたんだったよな。

自然とディスクをセットして、再生を押す。


「うわっ」

いきなり画面に映って来たのは、僕の顔。

ビデオの録画ボタンを押した直後の映像からだった。

DVDに焼く前に、編集して切れよ。舞台が始まるまで早送りをしていた。


「あっ」

反射的に停止ボタンと少しの巻き戻し操作をする。

 再生。


『それでは、皆さん宜しくお願いします! 素敵な舞台を届けましょう!』

『『ハイ!』』


『都立・二中・演劇部!!』

『『オォー!』』


ビデオカメラのマイクでは拾いきれない大きな声。

その大きな声に、画面に映る映像よりも先に記憶が呼び覚まされた。

客入れ前の円陣。みんな高ぶる気持ちと溢れそうな緊張をなんとか押しとどめながらも、お互いを鼓舞しあった瞬間。

この時、みんなが一つになれたという実感が僕の中ではあった。


このメンバーなら、最高の舞台が作れる。

___そう信じていた。



=第4場

正直に言うと、どうすることも出来なかったのだ。

あの時、離れていく部員を引き止める言葉をかけることも。

それに値する行動を起こすことも。

芝居のことしか頭になかった僕が、一番芝居に向き合えていなかった。

あの時から、今まで。ずっと考えてきた。答えがこれだ。

みんなが僕から、演劇部から離れていった理由。


『お客さんのため?違うよ、結局に芝居やってるんだよ、ヒロは』


こんなことを考えていると、毎回この言葉が脳裏をかすめる。


__それでも、僕は。

やり直せるなら、やり直したい。たとえ違う形でも、舞台に再び戻れるなら戻りたい。都立二中演劇部旗揚げの映像を見てその思い。

演劇に対する、消え切ることのない欲に再び火がつき、身体の底から熱くなる。


あの日の僕に、あの日の二中演劇部部員に。

僕なりの新しい答えを見つけ出そう。


____僕は。

「やるよ。演劇部の外部顧問」


咲の顔が明るく変わって見えた。

稽古場も違って見えた。

___何もかもが変わって見えてくる。








「星の王子さま」

作:アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900~1944)

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アクト スズキ @suzuki1030

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