第三幕

=1場


「父さん!」

幼い頃、よく父さんの仕事場に連れてってもらってたっけ。

「ヒロ!お前はよく声が通るな、さすが俺の息子だ!」

僕が声をかけると必ず手を振って返事してくれたな。

「ちょっ、純さん今明かり合わせてるんスから、あんま動き回らないでくださいよ」

「あー、すまんすまん」

「純さん、二宮さんがいらっしゃいましたよ」

制作スタッフが、下手袖から顔を出して言った。

「お、きたきた」

制作スタッフの後ろから、無精髭で大柄な男が出てくる。

「純!」

「おー、昌浩まさひろ!」

 咲の父さんだ。

「お前、何度言ったらわかるんだ、大工と大道具は違うんだよ!俺に舞台美術を頼むな!」

「いやーすまんすまん。まぁ、いいじゃないか机ぐらい作ってくれたって」

「あのなぁ…」

「二宮さんすみません、今明かり合わせてて…」

申し訳なさそうに、照明スタッフが二人に言う

「あぁ、すまなかった。それじゃぁ純、頼まれてた机は袖中に置いておくからな」

「助かった。いつもの席用意してあるから。」

「じゃ、後でな。」

「おう。」

昌浩さんはそう言うと、袖中へ帰って行った。

「舞監さんいるかー?」

袖中から、昌浩さんの声が聞こえる。

「はい!」

「純から頼まれてた机、下袖に置いておくから、あと照明さんに頼んで当ててみて。」

「二宮さん、いつもすみません。」

「いいってことよ、その代わりバッチリ照明当ててもらえるようにしておいてな」

「はい!」

 舞台の仕込み。 観客を迎える準備が出来上がっていっている。

この頃から、僕も子役として舞台に立つようになっていった。


 父さんは、プロの役者をやっている。何年かの下積みを経て自分の劇団カンパニーを構えた。

 



_いつの間にか聞こえてくる、重く響く足音。

__視線が光線のように真っ直ぐ見えた。

___怒りも嘆きも笑いも全て、素直に体に伝わって来る。

観客全てが意識をしないうちに、父さんの演技に吸い込まれていくのがわかる。

舞台の上の父さんは、いつも僕の憧れだった。

そして、僕は明るく優しい父さんと、仲のいい劇団の人達が大好きだった。___

 



=2場


 新学期初日の授業は午前で終わった。

1年間聞き続けたチャイムの音とは、少し音色の違ったチャイムが聞こえる。

3年間聞いていた懐かしい音色。

 咲に連れてこられたのは、中学校だった。

僕と咲の母校。都立第二中学校

「ねぇ、何するの?」

「だから、内緒」

咲は校舎へと入っていった。


1年経ったが何一つ変わらない校舎には懐かしさを感じたが、

同時に、あの時のことを思い出す。




=3場


僕が中学校2年生だった時。

都立第二中学校 稽古場

外では、生温い夏の雨が降っていた。


「何でセリフ入れてこないんだよ!」

脚本を渡して、もう1ヶ月以上過ぎている。

「ごめん、塾とかあってさ」

関係ない。

「これじゃ、立ち稽古に入れないじゃないか」

全く緊張感がない。

「まぁ、ヒロそうカリカリするなって」

僕が中川に苛立っているのを見かねて、峰岸が声をかける。

峰岸は演劇部のムードメーカーだった。役職は舞台監督。

「ごめんね、博くん…」

キャストの中川が気弱そうに頭をさげる。

「次の稽古までにセリフ、入れてくること」

釘を刺す僕。

静まり返る稽古場。

「いいよ、今日は台本持ったままでやろう。ヒロ、とりあえず稽古再開しよ」

落ち着いた声で、本田が言う。

本田は、部で唯一の女性キャストだ。

「そうだな、俺も台詞入ってるかまだ不安だし」

三木が同調して言う。

2人目の男性キャスト。

今回の芝居は、中川・本田・三木の三人が舞台に立つ。


 僕たちは今、9月の大会に向けて稽古をしていた。

大会というのは、中学校文化連盟が主催をする大会で、

1年を通して、唯一の大会だ。

それは地区大会から始まり、都大会・地方大会・全国大会へと続く。

いわば、演劇版甲子園のようなものだ。

 9月に行われるのが、その地区大会で、

地区大会から都大会へ進む切符は各地区上位1〜3校。

切符の数は地区の出場校数によって振り分けられる。

僕たちの参加する地区は上位2校が都大会へと足を進められる。

つまり、結果が全て。 長く舞台に立ちたければ勝たなくてはならないのだ。


 大会までは、あと1ヶ月半というところだった。

なのに。___


「違う、台詞と体の動きが噛み合ってない。 」

全然、稽古にならない。

「みんな相手の台詞が聞けてない」

だから上手くリアクションが取れずに自分の台詞に踊らせられる。セリフに対して体の動きがワンテンポずれてる。

台詞を入れてないからこうなるんだ。

「ダメだ、一回止める」

こんな稽古が数週間、何度も続いている。

「もう一度、からやろう。」

台本の内容が入っていないんじゃ、立ち稽古をやっても意味がない。

「座って」

一旦、読み稽古で台本の整理をさせたほうがいい。

 _なんで、出来ないんだ。

「それじゃ、今でやっていた2場の初めから。 ハイッ」

僕が手を叩くと、キャストたちが台本を読み始める。

読み自体のテンポは良くなってきている、でも_

「三木、感情任せに声に抑揚つけない。台詞、上ずってるよ」

ダメだ、こんなことばかり…、いつまで経っても稽古が進まない。

 _演出は間違ってないはず。

「…やめよ。やっぱり台詞入ってないんじゃ稽古にならない」

自分が感情的になってきているのがわかる。

 _父さんなら、上手くいってるのに。

「中川と三木は完璧に台詞入れてきて。本田は台詞入ってるみたいだから、3場まで付けたえん…」

「ちょっと待ってヒロ、言いたいことは分かるけど稽古したほうがいいって」

僕の押し付けのような指示を、本田が遮る。

「でも、台詞が入ってないんじゃ、やっても意味ない」

「そうかもしれないけど、時間ないし中川と三木もやってるうちに台詞覚えていくよ」

そんなのダメだ。

「僕は、 しっかり台詞が入った状態で演出をつけたいんだ、そうじゃないと役者が台詞に負ける」

そうだ、『間』であったり芝居のテンポに台詞を思い出す時間なんてないんだ。

「だけど、私たち別にプロじゃないんだよ?」

だから何_?

「だから何?」

「もう少し、妥協してくれてもいいんじゃない?」

そんなもの__

「そんなもの、客に見せられない!」

咄嗟に声を張ってしまった。

こうなると収まりがつかない…僕の悪い癖。

「妥協なんてしてどうするんだよ、お客さんにそれを見せるのか? 

プロかどうかなんて関係ない。

そんなんじゃ、大会で勝ち進むどころか舞台に上がる資格すらない」

声に再び力が入る。

「そんなにキツく言うことないでしょ」

本田の声にも力がはいる。

「キツくなんか言ってない、これが普通なんだ。」

そうだよ、これが普通だ。

「だからって、無理させるのは違うと思う」

無理なんかさせてない、出来ることを言ってるまでだ。

「無理って感じるなら、やめればいいさ。そんなんじゃ、どうせ出来ない」

やめたければ、やめろ。舞台はそんなに甘いものじゃない。


少しの間が空いた。 本田がさっきよりも力の抜けた声で言う。


「ヒロさ、『自分たちが楽しまなくちゃ、お客さんを楽しませられない』って言ってたよね」

突然言われた言葉。の僕には理解できていなかった言葉。


「ヒロ、何の為に芝居をやってるの?」


_え?

突然の問いに、戸惑った。けど、条件反射のように返す。

「だから僕は、お客さんを楽しませたくて。お客さんのために…」

この時、初めて気づいた。本田が悲しそうな顔をしている。

「お客さんのため?違うよ、結局に芝居やってるんだよ、ヒロは」


耳鳴りさえ感じたその一言に、遅れて気持ちがこみ上げてくる。

 違う、そういうつもりじゃ…僕は。


「ヒロと芝居やってても楽しくないんだよね」

僕の中から言葉が無くなった。


続けざまに本田の声が聞こえる。


____「もういい、消えて」


耳鳴りが治った頃、僕の耳には雨音だけが残った。




=4場


『ヒロと芝居やってても楽しくないんだよね』

本田に言われたこの言葉の後は、断片的にしか覚えていない。


別に誰かが解散の合図をしたわけでもない。

一人、また一人といなくなっていった。

僕は一人、稽古場に取り残された。

そして、稽古場には誰も来なくなった。


今僕は、あの日あの時と同じように、誰もいない稽古場にいた。


 __ここも変わってない。


あの騒動の後、僕が中学ここを卒業するまで。演劇部は自然消滅。

この稽古場も僕の昼寝場所になっていた。

校舎脇にある、使われなくなったプレハブ倉庫を改良して作った稽古場。

父さんの劇団からもらったリノリウムが敷かれた稽古場。

申し訳程度の音響機材は、部費をなんとか出してもらって買ったんだっけ。

平台。昌浩さんに教えられて作ったの覚えてる。

演劇部の初めての舞台はここだった。

ここから始まった 。

__ここで終わった。

僕の代で創部した演劇部。僕の代で終わった演劇部。

後輩部員はいなかったから、ここが残っているのか、心配だった。


でも、何も変わってない。まるで、あの時から時間が止まっているかのようだ。

そんな懐かしさに少し安心した。


「うわ‼︎」

突然、耳元で声が聞こえて驚いた僕は、前のめりに倒れた。

「はっはっは、すまない。驚かせる気は無かったんだよ?」

絶対に嘘だ

「飯田先生」

「三山くん、久しぶり。元気そうだね」

「先生もお変わりないようで…」

こういうイタズラな性格。この人も、何一つ変わっていないようだ。

飯田先生は僕たちが演劇部を作った時に顧問をしてくれていた先生だ。

演劇のことは無知ながら、「新しいことを始めようとする若者の手助けになれば」と顧問を買って出てくれた。とても良い先生だった。

イタズラ好きなこの性格を除いては。


「奏さんから咲さん伝で、君を呼んでもらったのだが。本当に来てくれるとは」

僕を呼んだ?

「先生だったんですか?」

「そうだよ。今来たのかい?」

なんの為に?

「はい、あの先生…」

「何も変わっていないだろ」

「え…?」

「ここ。」

稽古場に目をやる先生につられて、もう一度稽古場を見渡す。

「…はい」

「いや、大変だったものな。リノリウムをトラックで運んできてもらったのは良かったのだけど、ロール状になった物があんなに重いとは思わなかったよ」

「残しておいてくれたんですね」

「リノリウム運んでギックリ腰になってまで作ったからね、簡単には捨てられないよ」

そんなこともあったな。

「はは、」

正直ギックリ腰になった飯田先生の方が重かった

「それに、今は…うぐっ!」

激突音

それと同時に、隣にいた先生が視界からカットアウトした。

咲が稽古場に入り込んできたのだ。

「痛ぁー、何かにぶつかった?」

目を場×字にして頭を抑える咲。

「あれ、ヒロ、稽古場に来てたんだ。」

「え、あ、あぁ」

突然のことで反応が遅れる僕。

「おっかしいな、飯田先生どこ行っちゃったんだろう。職員室にいなくてね」

「…咲、下」

僕が足元を指差す。

「え、え?」

咲が足元を見る

「あー!飯田先生、え、どうして!?」

「あぁ、痛たた」

腰を押さえて先生が立ち上がる。

「大丈夫ですか」

「大丈夫大丈夫、咲さんこそ大丈夫でしたか?」

「え、え?あ、私、先生に頭からぶつかったんだ。す、すみません‼︎」

「ははは」

気付かなかったのかよ

「咲さんも三山くんと同様、元気そうですね」

「はい、元気です!」

「うん、良いことだ」


こんな会話も懐かしいな。


「先生とヒロが会えたってことは、もうお話しされたんですか?」

「いや、これから話そうとしていたんだよ」

「そうだったんですね。すみません、邪魔しちゃって」

やっちゃった、そんな顔をして咲が言う。

「大丈夫だよ。それより、ありがとう三山くんを連れてきてくれて」

「いえいえ」

なんの話だ。

「咲さんからは、どこまで話してくれたのかな?」

「えっと、実は、まだ何も言えてなくて」

まただ、咲の顔が悲しげに見える。

「そうか、それじゃ回りくどい説明はなしにして、まずはに言った方がよいかな」

「…。」

咲…?


一呼吸おいて、先生が僕の方に向き直った。

僕もつられて先生に対面する。


そして、飯田先生は真っ直ぐ僕を見て言った。




「三山くん、君に都立第二中学校演劇部の外部顧問をお願いしたい。」



止まっていたの時間は、動き続けていた。___

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