エピローグ
第6話エピローグ
エピローグ
出国手続きを終え、彼女は今ロビーのソファに腰掛け、乗船案内が流れるのを待っていた。出入口の上に設置された巨大モニタには、キャノンランドのCMが流されている。
『正アクイナス帝国に入国された皆さーん!目的は観光ですか、それともビジネス?どちらでもぜひ、お暇が有ればキャノンランドへ!』
司会者の女性が左腕を振り上げると、キャノンランドの全体図がバックに現れる。
『国家元首であらせられるハナ女王陛下の治めるキャノンランドには、楽しい!、が一杯!でもぉ、どこへ行けばいいか判らなぁい、というそこの貴方!今一番のお勧めスポットは』
『待つがよい!』
不意に左隣に出現した少女が待った、を掛ける。プールの時と同じドレス姿のハナ女王であった。
『これは女王陛下!』
畏まってみせる司会者に。
『よいよい、直るがよい。お勧めスポットは余が紹介する。それは…”亡霊王宮”じゃ!この王宮では、長い王国の歴史の中で、様々な凄惨な事件が起こっておる。中でも、最も痛ましいのは、余の六代前の王が残した二王子にまつわる悲劇であった』
背後の表示が、いかにも、な古びた城に変わる。そんな映像を見上げていた彼女の元へ、宇宙港の職員が近付いてきた。
「アイリス・ブルックナーさん?」
そう声を掛けられ目を向ける。その顔立ちは、カルロによく似ていた。ただ、肌の色は抜ける様な白色であるが。
「何か?」
声もそっくりである。いや、多少高いか?
「ええ、実はホテルの方から、忘れ物が見つかったとの事でお預かりしました」
差し出されたのは、小さなカードケースであった。怪訝げにそれを見詰める。
「これを、私が?」
「はい。間違いなくアイリスさん、貴女です」
笑顔を崩す事無く、職員はより差し出してくる。
「そう…ありがとう」
その意図を汲み取り、彼女は受け取った。足早に職員は立ち去った。
共和国本星へ向かう小型旅客船の、自分の座席に納まり、プライベートシェルを展開(緊急時には脱出ポッドになる)すると、カードケースを開けてみる。中からは一個のメディアが出てきた。それを座席のディスプレイに挿入し、イヤホンマイクを装着すると再生した。
『初めまして、でいいのかな?アイリス・ブルックナーさん。私はカイム・タカツカサと申します。突然こんな映像をお渡ししてすみません。実は、貴女に聞いて欲しい話があるのです。きっと興味深い話だと思いますよ』いつもの笑顔でカイムが語り掛けてくるのを、彼女は無表情で見詰めていた。
『私には、カルロ・ドミンゴという女性の、ええ、女性です、友達が居ました。過去形で言ったのは、彼女はテロリストに殺されてしまったからです、うううう』
わざとらしい泣き真似。
『なぜ、彼女が、殺されなければ、ならなかったのか…実は、ハナ・クリスナⅡ暗殺計画の巻き添えとなったのです!』
鳴き真似から一転、カイムは真顔になってみせる。アイリスの口の端が少し綻んだ。
『私は納得出来ませんでした!そして独自に調査しました。すると!帝国発表とは少し異なる真実が浮かび上がってきたのです!』
下手なオーバーアクトに、思わず噴き出しそうになる。と、不意に疲れた様に肩を落としたカイムは、元の微笑に戻った。
『はぁ、やっぱり慣れない事はしないに限るね。さて、話を進めますと、実は皇帝暗殺計画は、カルロ暗殺をカモフラージュするためのダミーだったのです。全く皇帝陛下にとってはいい迷惑ですねぇ。カルロは、彼女は皇室の凍結資産管理人としてアブシデ協商同盟に派遣されていました。アクイナス共和国市民の彼女は、国家保安情報管理部所属のエージェントでしたが、あちらで国益に資する様な情報、例えば同盟理事が密かに凍結資産を私物化していた事態であるとか、そういう情報を入手したのでしょうね。もしその一件が露見すれば、帝国は同盟領への投資を全て引き揚げるくらいの強硬措置をとるでしょうが、より恐ろしいのは、凍結資産の分配を狙う他の連合諸国でしょうね。同盟が最多の凍結資産を抱えているのですから。つまり、絶対に彼女を生かして皇帝陛下に合わせる訳にはいかなかった、という事ですね』
一旦言葉を切り、呼吸を調える。
『ただ、単純に彼女を殺せばいい、というものではなかったでしょう。もし彼女が標的と判る様な方法なら、その周辺が徹底調査され、情報が、回収前に露見する危険がある。なら、誰かの暗殺に巻き込まれた形にしてしまえばいい。幸いな事に、任期を終えた彼女は最後の管理報告と同時に、皇帝陛下への離任の挨拶をする事になっている。ならばその時に、という事ですね。しかし、次には場所が問題になる。エルマンド宮は官庁街にあり、政府要人や他国の役人なども大勢いる。そういったVIPに被害が出れば、皇帝暗殺計画はダミーで本命はこちら、という可能性が考えられ被害者リスト中の彼女も調査されかねない。場所を変えねばならない。と、こう考えたのでしょう。そこで一度、ダミーの皇帝暗殺未遂事件を起こす。ハナ女王に扮した皇帝陛下を狙撃するつもりで、誤って司会者を殺してしまったという体裁にする。マニュアル通り、皇帝陛下は離宮に退避され、場所の問題は消える。後は彼女が離宮を訪れる頃合いを見計らい殺害、カモフラージュに離宮を適当に攻撃し、後は脱出すればよい。と、これが彼らの計画の概略でした。まぁ、結局のところ、計画は悉く失敗に帰しましたが』
殆ど貴方のせいでね、という小さな呟き。
『…さて、実は、この計画を利用しようとしていた者達が居ました。彼女と、その属する国家保安情報管理部です。彼らは、同盟に対する外交カードを欲していました。それを入手出来たは良いが、しかし皇室に報告せねばならない。それでは外交カードにならない。ならば皇室には虚偽報告をし、本物は本国に持ち帰る?しかし、それでは報告後何もリアクションが無い事で、同盟側に虚偽報告を察せられ、弱味を握られてしまう。ではどうするか?最悪の場合を考慮し、全ては彼女個人の目論見によるものという事にして全てを背負わせ、その死をもって事実は闇の中、という事にしてしまえば良い、と、こういう事でしょうね。そのためには、彼女の”死体”を用意する必要がありました。暗殺時に身元確認でDNA鑑定などは必須でしょうから。もちろん彼女の遺伝子情報を元に培養された臓器や手足を、人の形にまとめ上げたものです。暗殺直前、どういう訳かエルマンド宮に立ち寄り、共和国の職員に報告書と、後任への引き継ぎメモを託しましたが、その間にタクシー内に”死体”を隠しておいたのでしょう。そしてゲートを通過後、それを残し、自分は仲間の車で脱出する。しかし、未だ問題が。検問所を通る際、”死体”では当然警備兵に気付かれるでしょう。そこで爆薬も持ち込みます。検問所に到着直後爆発するよう、しかも自然な様に対戦車ミサイルの弾頭を使用する入念さです。テロリスト達は理由が判らないながらも、当初の計画通り離宮を攻撃するふりをして脱出しました。全ては彼女らの思惑通りに』
一旦言葉を切り、画面の向こうから見据えてくる。
『職員が託された報告書は、特に問題無し、というものだったそうです。これが同盟の知る所となっても、暗殺事件の首謀者である同盟は、この件にはこれ以上深入りしないでしょう。逆に共和国側は、入手した情報をいつ、どの様な経路でもリーク出来ます。今回は共和国側の勝利、という事でしょうね。可愛そうなのはカルロ、彼女です。死人となってしまい、カルロ・ドミンゴとしての人生は絶たれました。後から思えば、彼女は不安だったのでしょう。ひょっとしたら、自分が本当に死体役をやらされるのでは、と。それを紛らわすために、別に好きでもない男と一夜を共にしたりもしました』
馬鹿、と彼女は呟いた。
『この男は、結局のところ彼女の望み通りに動きました…まぁ、共和国の利益になるなら問題ありませんが。その男、つまり私は、彼女の生存及び現在の身分を、かなりの自信をもって断言出来ます。そう、つまり貴女です。これは秘密ですが、私達は常時、帝国滞在者情報及び入国審査、出国手続きのリアルタイム情報を収集、照合しています。帝国では滞在者情報と出国手続きリアルタイム情報との照合のみですけれどね。それはともかく、結果的に入国審査リアルタイム情報と滞在者情報に不一致があったのが、唯一貴女、アイリス・ブルックナーという訳です。その滞在者情報は、三日ほど前唐突に登録されていたものです。貴女はどこから入国したのですか?誰として?カルロ・ドミンゴとして、ではありませんか?もしそうなら全身の色素調整処置は大変だったでしょう?時間も掛かった筈で。しかし、肌の色や容姿がどうなろうと、友達の生存は喜ばしいものです。またいつか、友達として再会の時が来る事を』
映像が途切れる。モニタを暫く見詰めながら、アイリスは考えた。なぜ、この映像を渡したのか、と。きっと、友として再会した時、答え合わせがしたいのであろう。実際のところ、ただ一点を除き彼の言う通りであった。その一点とは、不安を紛らわせるためにカイムに身を任せた、という部分であった。もちろん彼の指摘した様な懸念を完全否定できた訳でなかったのは事実であり、不安も心の片隅にはあった。しかし、そうならない自信はあったのである。つまり、不安ゆえではなく、これまで押し止めてきた一線を越える、自分への口実としての不安であった。因果関係が逆なのである。しかし、それを話す事はないであろう。
宇宙港のゲートを通過した小型旅客船は、やがて全推進機を全開にした。アクイナス共和国本星との衝突コースに乗り十時間余り後には、懐かしむべき故郷の地にタッチダウンしている筈であった。
END
憂愁の箱庭 @Shuji_Takeuchi
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