第四章
第5話第四章
第四章
朝のオフィスで、カイムはミリナから報告を受けていた。
「やっぱりそうか。今回の一件、一筋縄ではいかなそうだね」
モニタに表示されていた映像を見終わるや、開口一番カイムが呟く。
「目的が別のところにあるとすれば、少佐が口にされていた時期の問題も氷解します」
モニタからメディアを抜きつつミリナ。それには狙撃手の記憶映像を編集したファイルが納められていた。
「…ちなみに、一応確認だけれど、あの女性の素性は?狙われる様な事情はある?」
ミリナは首を振った。
「少なくとも、傭兵団に狙われる様な事は。共和国出身で、あちらのタレント事務所に所属しており、三年契約でこちらに来ています。黒社会などとの繋がりらしきものも見当たりません」
「そうか。じゃあ、まぁ、決まりだね。問題は、本当の標的だけれど」
頭の後ろで両手を組む。
「少佐には、心当たりが?」
「ん、何で?」
「…昨夜旧友の方と再会された後、装甲外殻装備の者達に襲撃されたとか。生け捕りにしたその者達を、皇室警護隊に引き渡されたそうですね?」
「そうだけれど?」
「つまり、旧友の方が標的と判断されたからでは?」
「うーん」
組んだ手をほどき、カイムは座り直した。
「証拠は無いけれどね。相手は市街地で装甲外殻姿だよ?随分と警戒される理由があるとすれば、暗殺未遂事件で私の戦い方を確認したからだと思うね。まぁ、ただの装甲外殻じゃあ役に立たない事は、生け捕りにした連中から連絡済みかな?」
「随分と…嬉しそうですね」
カイムは大概笑顔である(心からか否かは別として)が、それともまた少し違う様である。
「そう?ところで、不審な船舶がここを離脱した様子はない?」
「現状、その様な情報は有りませんが」
「だとすれば、諦めていない、って事だね。脱出用の船舶を探索しておいてよ」
「期日は?」
「今日中くらいかな?そんなに時間は無いと思う。必要な人員は幾らでも投入して」
「了解」
敬礼すると踵を返し、退室しようとして。
「…昨夜は、帰宅されなかった様ですが?」
「ん?ああ、何か問題でもあったの?」
いつまでも立ち去ろうとしないミリナに、少々心配げに訊ねる。
「いえ、何も。どうされたのかと、少々気に掛かったもので」
「そう?別に問題は無かったよ。色々あって遅くなったから、ホテルの彼女の部屋に泊めて貰っただけでね」
「…そうですか…」
背中越しに一礼し、今度こそ退室する。その足音は、心なしか怒っている様であった。
拝謁の日がやってきた。それが済めば即座に帝国を離れられるよう準備は完了していた。ホテルをチェックアウトし、指定時刻より一時間近くも早く、カルロはタクシーを呼んだ(自動操縦の無人である)。ホテル前に着けたタクシーに旅行鞄を押し込み、自らも乗り込むと静かにタクシーは走り出した。
各階層の天井近くには、主に全天照射パネル保守用のキャットウォークが縦横に走っている。滅多に上がる人のないそこに、今一人の男が電動スクータを背景にホテルを注視している姿があった。”ワイルド・ウィーゼル”の監視員である。HMD状のスコープが、ホテル玄関先のカルロを鮮明に捉えていた。
「A-4よりA-1、標的が動き出した」
『了解。ゲートまで追跡せよ』
「了解」
電動スクータに乗り、動き出したタクシーに併走する様に走り出す。
帝国領内で刑事物ドラマの様な張り込みなどはほぼ不可能である。道路上に設定された、特定の駐停車区画以外に車を停車させるや、警察車が文字通り飛んで来るであろう。故に、監視役はキャットウォークを利用せざるを得なかったが、これには追跡対象に気付かれ難いという利点もあった。障害物も無く、電動スクータはタクシーを追跡していた。
追跡開始より十五分余り。A-1は奇妙な報告を受けた。
「エルマンド宮に?」
タクシーがエルマンド宮に立ち寄った、というのである。皇帝の不在を知らない筈がないであろうに。
『タクシーは駐車場に入ったので、今は見えませんが』
「どういう事だろうな?また誰かに会いに?」
「何か忘れ物かも。まさか、美術館という事も無いだろうし」
C-5とC-6が、憶測を語り合う傍らで。
「いずれにせよ、大した問題とは思えませんが?こちらに来る事は明白なのですから」
A-3の落ち着いた声。
「計画に狂いを生じさせる様な、行動でなければ良いのですが」
不安げにC-6が呟く。これまででもう充分に計画は狂っている、とは誰も突っ込まない。
『出てきました。離宮へ向かう様です』
安堵の息が誰からともなく漏れた。
「では、我々も行動開始だ」
「「「了解!」」」
暗闇が騒々しくなり始める。
離宮のゲート前には、二台の車が止まっていた。一台はもちろんカルロの乗るタクシーであり、もう一台は共和国の公用車であった。身元及び入門許可のチェックが済み、二台は次々にゲートを潜った。ここからは一本道である。唯でさえ皇室警護隊警備兵の目があるため、監視カメラの類はさほど多くはない。二台の車は併走しながら数十メートルを進んだ(公用車は手動運転であった様である)が、突然公用車はUターンし、引き返していった。その周辺には、監視カメラは設置されていなかったのであった。
オテルドルレアン宮周辺の地下部は、当然ながら厳重に管理、監視されている。他区画との連絡通路も閉鎖され、その重厚な扉の開閉も離宮でモニタされている。危険物持ち込み警戒のため、チューブシステムも設置されてはいても、常時停止していた(必要な物は、皇室警護隊が搬入している)。今、そのコンテナが通る事のないチューブ内に、四つの装甲外殻があった。検問所より数十メートルの距離である。その周辺には、ミサイルランチャや小銃などが壁に立て掛けられている。
『間もなくです』
検問所近くの監視カメラをハッキングした映像を内部モニタで見ていたA-3からの一斉通信。
『よし、装備の最終チェック』
A-1の指示で、四人はそれぞれ武器に手を伸ばした。弾倉や安全装置などを確認する。
タクシーは検問所ゲート前で停車した。後部座席のカルロへ警備兵が声を掛けようと、ゲート官制室を出かけた、そのとたんであった。
『何!?』
アクセスハッチを出、タクシーにミサイルを撃ち込もうと構えていたC-5が、驚愕の声を上げた。タクシーが爆発、炎上したのであった。警報が鳴り響き、歩道アーケード天井から消火弾が射出され、瞬く間に鎮火してゆく。消化剤の泡が舞い上がり、場の状況とは不釣り合いなメルヘンチック感を醸し出していた。
『成功したのか!?』
『いえ、攻撃前に爆発を!』
『!?構わん、離宮へ向け攻撃を!』
次々と残る三人が姿を現す。検問所ゲートの向こうへとミサイルを発射するが、機関砲座が全自動で迎撃、悉く撃墜された。突然の爆発で混乱していた警備兵も、爆発音に駆けつけた同僚と共に、四人への攻撃を開始する。小銃で応戦しつつ、四人はアクセスハッチへ飛び込んだのであった。
チューブを出、四人は予定通りの脱出経路を辿っていた。今頃、皇室警護隊の兵士達は偽の連絡通路扉開放の情報に踊らされ、無駄な探索を行っている筈であった。そうして今、一枚の扉の前に立っていた。
『ここは常時”閉塞”してあります』
A-3がコンソールを操作すると、それは開いた。これより先はろくな監視システムの無い区画であり、安全に小型船を隠してある最外部(かつてミサイルランチャや対空機関砲座などを針鼠の如く備えていたのを、多数撤去したためよほどの大きさでなければ隠し場所には事欠かない)まで辿り着ける筈であった…。
『ああ、やっぱりここだったんだ』
向こう側には、やはり装甲外殻が一体。左の腰には、いつもの大小。言わずと知れたカイムであった。
『貴様は、タカツカサの…』
『はい、カイムと申します。ま、憶えて貰っても仕方ないでしょうけれど』
いつもの軽い調子。この状況でそれは不気味ですらあった。
『なぜここが!?』
A-3の上げる驚嘆の声に。
『それは、まぁ、脱出経路を逆算すれば、ここに辿り着くでしょう?』
さも当然、といった口ぶりであった。その意味する所を、四人は即座に読み取った。
『貴様、脱出船を!』
『もちろん、確保してありますよ。後は貴方達だけですね』
腰の物に右手を伸ばす。通路は剣を振り回すには少々窮屈だが…。
『こんな狭い所で!』
四人は一斉に銃撃を開始した。しかし、それらは左手に展開した盾と、装甲外殻の追加甲鈑に命中するや、その場に零れ落ちてゆく。
『そんな豆鉄砲では、傷一つ付きませんよ?』
『貴様、全て特別仕様か!』
弾丸の尽きた銃を、四人は捨てた。盾を仕舞うカイム。
『だがな、特別仕様はこちらも同じだ!』
C-6が叫ぶや、その小さな装甲外殻が全体的に淡く白く輝き出す。他の三人も同様であった。
『…なるほど、剣対策ですか』
高周波振動剣の刃部分をプレート状にし、防御用に追加したのである。
『防御だけじゃないぞ!』
放たれた矢の如く、C-6は襲い掛かった。その拳には、同じくプレートが追加されていた。剣の刃と同様、物体と接触すればその結晶構造を破壊する。突き出された拳を、剣が迎え撃つ。一際甲高い耳障りな音と共に、白い粒子が飛び散った。高周波振動塗膜が、瞬時に劣化、剥離しているのであった。
『ご自慢の剣が、いつまで保つかな!?』
小さな体が狭い通路では有利に働き、嵩にかかって格闘戦を仕掛けてゆく。カイムはじりじりと後退した。高周波振動塗膜は、半永久的といったものではない。物を切るのはもちろん、起動しているだけであっても劣化、剥離してゆくのである。もちろん再生は可能であるが、そのためには劣化部分を一旦溶解し、再度塗布処理を行う必要があった。
『それはお互い様でしょう?』
手足の攻撃を、あるいは剣で捌き、あるいは下がって凌いでいたカイムは、攻撃の間隙を縫い、剣を鞘に収めた。
『死ね!』
隙有りと見て、拳を打ち出す。それは、腹部の運動量吸収甲鈑を僅かに削った、が。
『残念』
俊敏な足捌きでその背後に回り込むや、カイムは抜いていた短剣をそのうなじに突き立てた。そこは光っておらず、短剣は生体ユニットに達し、絶命させた。
『貴方達の特別仕様にも、穴があるようですが?』
短剣を引き抜くと、C-6は前のめりに倒れた。この防御方法には、手足の関節や首周り、腹部や背部など、体を動かした時プレート同士が干渉する様な部分はカバー出来ない、という欠点があったのである。
『またしても、仲間を!』
歯の軋る様なA-1の呟き。短剣を鞘に収め、カイムは肩を竦めてみせる。
『どうします?面倒ですから、二人一遍とかでもいいですよ?貴方達には勿体ないですけれど、セイシンコウカ流の神髄をほんの少し、見せてあげます』
言って腰を落とし、居合い抜きの体勢になる。
『ぬかしたな!』
C-5が飛び出した。両者の距離は十メートル余り。左手で腹部をガードし、右手の拳を引いているC-5との間合いを、カイムは測っていた。間もなく剣の間合いに入ったが、狙っている弱点を捉えられない。即座に左手を短剣に掛ける。弱点が見えた。打ち抜かれた右手の下をかい潜り、神速の抜刀術で薙ぐ。
左膝を切断され、C-5は体勢を崩した。膝は脛当てから伸びるプロテクタで保護されており、曲げていなければ膝頭は露出しないのであった。つんのめるC-5を足捌きで避けつつ背後に回り、短剣を、これもうなじに突き立てた。と同時に、剣に右手を掛けていた。仕方なし、とばかりにC-5に続いたA-3であったが、その眼前に突然、と言ってよい感覚の出現をしたカイムに、思わず頭部をガードする様な格好になって足を止めてしまう。カイムが振り向きざま抜刀した剣は、その腹部を深く切り裂いていた。同じく前のめりに倒れ込んでくるのを同様に避け、背後から両膝を切り落とす。一回転し再度振り返った時には、剣の切っ先を油断無くA-1に向けていた。全ては数秒の出来事であった。
『まぁ、こんなところですか。要点としては、両手を利き手とする事と、どの様な状況でも次の斬撃のため足捌き、体捌き、剣捌きで体勢を崩さない、という事ですかね』
後ろ向きにC-5へ歩み寄り、切っ先をA-1に向けたまま短剣を引き抜く。鞘に収めると、剣も収めた。
『さぁ、残るは貴方だけですけれど?』
剣に右手を掛けたまま、油断無く近付いてゆく。
『…なぜ、剣が使えた?』
C-6との一戦で、刃はボロボロの筈であった。
『ああ。別に、つまらない事ですよ。鞘の中で再生処理を行っているだけで。まぁ、多少時間のかかるのが玉に瑕ですけれどね』
鞘を小さく叩く。
『そうか…全く、持てる者は疎ましい』
そう呟くと、ヘルメット内で何かの爆ぜる音がした。ゆっくりと、倒れてゆく。
『生体ユニットを、爆破しましたか』
知らず、カイムの口から長い溜息が漏れた。
こうして、帝国領内に侵入した”ワイルド・ウィーゼル”メンバは全員が捕縛ないし死亡し、皇帝暗殺未遂事件は終息した。ハナ・クリスナⅡは、数日後、安全が確認された後エルマンド宮に戻ったのであった。
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