赤ずきん 家へ

「無理、です!僕には出来ません……っ。」

大粒の涙をぼろぼろと零し、大泣きする狼。

それを冷たく見つめる少女__。

「そうなの。じゃあ貴方を殺すしかないわね。」

赤ずきんだ。

一定に獲物を捕らえ、銃の標準を外さずに狼に突きつける。

「僕は人を殺せない品種なんですっ。だから食べられないんです……。」

「誰が貴方の話をして良いと言ったの?早く行くわよ。」

まるで会話が成り立たない。赤ずきんには一切の迷いがなかった。

一歩も動かない狼を無理矢理立たせ、家の方へと踵を返す。

籠の中の、母親の為に摘んだ花も無残に散り、もう母親への愛が感じられない瞳に変わっていった。

濁りのある、どす黒いダークブラウンの瞳は真っすぐ、家の方へと向いていた。

狼の方を少し確認しながらやっと着いた自分の家。

曇りに曇っていた空は少しだけ太陽が覗いている。まるで赤ずきんの心の様__。

「狼、良い事?私がお母さんをこの銃で撃つわ。その死骸を貴方が食べるのよ。私が呼ぶまでは外で待ってなさい。」

幼子に言い聞かせるように言い、深呼吸。



「さ、行ってくるわ。」

「本当に……するんですか?」

狼が恐る恐る訪ねると、赤ずきんは呆れたように溜息をついた。

「アンタ馬鹿なの?ここまで来てるんだからやるに決まってるでしょ。」

赤ずきんは無意識に上がった口角を隠し、狼に答えを返す。

酷くショックを受けたように狼は口を大きく開けた。

そんな狼を気にもせず赤ずきんは銃片手にドアノブをがちゃりと開けた__。



「あ、帰ってきたのね。もう少し遅くても良かったのに……。」

ぶつぶつと小言を言う母親、その傍には先日とまた違う男が。

それになんだか薄汚れている。

汚い__。赤ずきんの第一印象はこれだった。

「そういえば、アンタに紹介してなかったわね。この人は今お付き合いしてる人よ。」

この前の男はいなかったかのように汚らしい男の事を話している。


「可愛いなあ、名前は何だ?」

にやにやと厭らしい笑顔を浮かばせ赤ずきんを抱き抱える男。

赤ずきんは吐き気を我慢し、人懐こい笑みを返す。

「私、赤ずきんって言うの。」

男は名前が知れたのが嬉しいのか、横で哀しそうな顔をしている母には目も暮れず赤ずきんに顔を近づける。


「特別に可愛がってやるよ。今夜は特にな。」

気持ち悪い、お母さんに留まらず私まで手を出すのか。

そう思った赤ずきんは懐に隠した銃を触り、銃があるかを確かめた。

うん、いつでも殺せる。


「おじさん恰好良いから、楽しみにしてる。」

「物分かりの良い子供じゃねぇか。」


赤ずきんのうなじをねっとりと摩り、卑しい顔で母の所へと戻った。

「ねえ、私は?今日もするって…………。」

「あー……、今日は娘の方だよ。」


すり寄る母親をどんっ、と突き飛ばす男に何かが切れた。



「……お母さんに、何すんのっ。」

おもむろに銃を取り出し、一発男に撃つ。

当たった場所は腹部。苦しむ男を赤ずきんは面白い、と思い何発も撃ち込んだ。

母親の叫び声も耳に入らず、ただひたすらに乱射しまくる。


「も、やめて……。」

「お母さん、私。」

凄いでしょ、と褒めて欲しそうに母親に近寄る。

撫でて、と言うように笑顔で抱き付いた。

「ばっ、化け物!近寄らないで……!」

「っえ……?」


赤ずきんは何が起こったのか分からない、と言ったように立ち竦む。

「何で、お母さん?私……。」

「人殺し!死ねっ!!」

鬼の形相でナイフを振り回す母親をボゥッと見つめ、一つの考えへとたどり着く。


__こいつはお母さんじゃない、ただの狂人だ。

そうと決まれば早速排除しなければ。

幸い銃には弾は何発か残っている。

心臓や頭をぶちかませば、死ぬ。

「__死んじゃえ、キチガイ。」


大きく鳴り響いた銃声は母親の心臓付近に穴をあけた。

「あは、お母さんじゃないならいらないや。」

異常なほどまでの執着心。ある意味恐怖。

数発撃った弾は見事に急所へ当たっており、母親は叫びながら死に絶えた。



「お母さん、綺麗。」

血塗れになった母親の亡骸を抱きしめ、惚れ惚れとした笑顔で言う。

赤ずきんに呼ばれた狼は現場を見て言葉にならない悲鳴を上げた。

そして赤ずきんはどす黒くなった頭巾を投げ捨て、母親の姿を見る。

「お母さん、死んでから本物のお母さんになったんだね。」

にこにこと笑う赤ずきんに狼は只ならぬ恐怖を感じた。

赤ずきんの言っている意味が分からない、只者じゃない。

____狂ってる。


「あ、狼。さっさと男の方食べなさいよ。匂いが残るじゃないの。」

けろりと言い放つ赤ずきんはやはりサイコパスと言うものなのだろうか。

あんなに母親を殺したがっていたのに、今はこんなにも……。

「お母さん、大好き。」

首だけになってしまった母親を撫で、そっと血を舐めた。


「……さ、もう十分。お母さんは名残惜しいけど……。早く食べてよね。」

冷たく死骸を見つめ、シャワーを浴びてくるという赤ずきん。

狼は涙を零し、男の血肉を食べ始めたのだった__。




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ハッピーエンドで終わらない。 紅葉知花 @rahumeikaa

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