お仕事は今日もまた

「どうやってここに来た、大総統」

「式典も終わりスクナに会えると思ったらどこぞの省長代理が連れ帰ったと聞くじゃないか。驚いたことだ、チナミ・テルヌマ」

「どうやって来たと聞いているのだがね」

「『無言実行』、それが俺が主に使用する四字熟語だ。本当に使い勝手のいい能力で、瞬間移動なんてものも出来る。重宝しているさ」


「無言実行」。ユティーの「有言実行」が声に出さなければ発動しないであるのに対して、「無言実行」は間違いなくその上位互換だろう。それに遊子だということ、「主に使用する」と言っていることから、あと3つはなにがしかの四字熟語を秘めているはずだ。

 むっと顔をしかめたチナミをせせら笑うディータは遊ぶように言った。


「そろそろ中に入ったらどうだ?」

「言われなくてもそうするがね」

「し、失礼します」

「そんなに緊張しなくていい、スクナ」

「誰のせいだと思っている」

「俺のせいだとでも?」


 部屋に入ってから、睨みあうユティーとディータ。綺麗な全く同じ造りの顔が2つ並ぶどころか睨みあっている様子は壮観だった。それにおろおろするスクナ、チナミはあきらめたようにため息をつくとさっさと中に入っていった。

 1人廊下に取り残されるのは嫌で、スクナはそろりそろりと中に入ってチナミの背にくっつくように避難した。なぜか悪いわけでもないチナミに睨む目が集中する。勘弁してくれとチナミは思った。

 ローブを外套かけにかけ、チナミは自分のデスクにつく。外套かけのところでチナミに倣おうとしてディータにちょっかいを出されているスクナに、チナミは言った。


「イクルミ君、デスクにつきたまえ。これより一般業務に移る」

「えっ……はい!」

「チナミ・テルヌマ。俺の接待と一般業務、どちらが急務だと思う?」

「……君、大総統と話していてくれ。魔法省のためだ」

「チナミ班長!」


 見捨てられた! と言わんばかりに蜜色の茶色の目を潤ませながら見てくる部下の視線を、チナミはそっとデスクにおいておいた本を顔の前にかざすことで遮った。

 視界の端で後ろ手に扉を閉めたユティーから冷たい視線が送られる。チナミの座っている椅子が、ぎいっと鳴いた。


「それでスクナ、褒美とはなんだ?」

「その、手作りのお菓子とか用意しようと思ってたんだけど。甘いの嫌いじゃないかな?」

「お前がくれるものを拒むわけもない。甘味か、好きだ」

「そっか、よかったー」

「いいわけあるか」


 ローブを外套かけにかけ、自分のデスクについたスクナがほのほの笑うと、ユティーがぴしゃりと言葉を叩きつける。しょんぼりとスクナは肩を下げうつむいた。それに眉を跳ね上げさせると、ディータはユティーを睨む。

 チナミは完全に蚊帳の外で、紅茶でも淹れようかとデスクから立ち上がった。


「貴様に発言をする権利はない。これは俺とスクナの問題だ」

「黙れ、どうせ話途中に混ぜてスクナを誘拐する気だろう」

「え」

「俺は『ご褒美』をもらいに来たんだ。それがなんであれ、問題あるまい?」

「大いにあるに決まっているだろう」

「ふ、2人とも落ち着いて」

「「スクナは黙っていろ」」


 どおおおおおおん! どおおおおおおおおん!!


「ぴきゅ!」


 チナミから爆発音が聞こえてきた。例のあれである。

 思わず飛び上がったスクナに、これまでなんとか耐えてきた記録がリセットになったなとチナミは思った。別に誰も記録なんかとってないけど。

 フリルの合間のポケットから出したスマホを操作して、電話に出る。


「はい、こちらチナミ・テルヌマだが」

「こちら中央管理室です。音楽ホール前で遊子が暴れているとの情報があり、至急チナミ班の出動を要請します」

「わかった、すぐに向かおう」

「それでは失礼します」

「ああ。……というわけだ。帰ってきたばかりで悪いが」

「お仕事ですね、頑張ります!」

「そういうわけで大総統殿、用事は今度にしてくれたまえ」

「……っち」


 チナミはスクナを振り返る。いつの間に移動してきたのかデスクにつくスクナの両脇にユティーとディータがいた。


「ディータ、僕ね。ここで働けて、とてもうれしいし毎日が楽しい。そりゃあいろんなこともあったけど、それでもここにいてよかったって思えるから。ごめんね、雨ノ国には行けないんだ」


 スクナはデスクから立って、左隣にいたディータを見上げた。その綺麗な、宝物みたいな金色の瞳をまっすぐに見つめながら。1つ1つの言葉に気持ちをのせて、ゆっくりと吐き出した。


「……わかった」


 しぶしぶといわんばかりに心の底から絞り出した低い声でそう言った後、ディータは前触れもなくふっと消えた。

 それを見ていたユティーもなにを言うでもなく、ふんと鼻を鳴らすと消えた。


「イクルミ君」

「……行きましょう、チナミ班長。仕事です」

「ああ、そうだな」


 まっすぐな部下の視線を受けて、チナミは大きく頷いた。

 そう言って2人はローブを羽織ると、部屋から飛び出していった。

 まだまだ色んなリドルがスクナ達を待ち受けているのだから。




 余談

 次の日

「スクナ、『ご褒美』をもらいに来たぞ」

「ディータ!?」

「まだあきらめていなかったのか、痴れ者が」

「雨ノ国に誘うことを諦めただけだが? ……スクナ、ヒイラギを案内してくれ」

「ごめんね、ディータ。僕案内できるほど詳しくなくて」

「じゃあ一緒にまわろう。美味い甘味の店があるらしい。奢ってやるぞ」

「え……」

「つられるんじゃない、馬鹿者が」

「……そういうのは仕事時間外にやってくれないかね?」


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Riddle 〜魔法師たちのお仕事〜 小雨路 あんづ @a1019a

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