第3話過去2

 部活動はあの日以来訪れることはなく夏休みもいよいよ終盤に差し掛かっていた。勉強以外にやることもなかった俺はすでに課題を終え、休み明けのテストに向けて自習をしていた。このまま夏休みを終えるのだと思っていたが、ほぼ引きこもり状態に近い俺を心配した両親が強制的に外へと連れだした。車に揺られながら勉強をしていると、案の定車酔いを起こしたので目的地に着くまで眠った。目が覚めると窓の外には広大な海が広がり海水浴客がゴミのようだった。いけない。これでは誰かと同じようになってしまう。寝ぼけた頭ではまともな思考ができない。車から降り荷物を取り出して宿泊予定の宿に向かった。荷物は入り口で預かってもらい、早速海へと向かった。海には夏休みというだけあって家族で訪れる人やカップルで訪れる人、中にはナンパ目的の不届き者がいた。生憎、ナンパという行為はこの場においては浮いたものでしかなく成果がなかったのか肩を落として去っていった。そんな光景を海の家から見ていたら、同じように傍観している人物がいた。その人物には見覚えがある。言葉だ。まさかこんなところで出くわすとは思っていななかった。言葉の周りには何人かの友人らしき人がいた。言葉は仲良く話しているように見えるが話の合間で別の方を向いたりしていた。話が終わったのか友人たちが海へと向かう中、1人パラソルの中で体育座りをしている。荷物持ちといったところだろうか。そんな考えを巡らせていると先ほど帰ったと思ったナンパ目的の輩が言葉に近寄っていった。ナンパ目的の輩はなんとかして成果を上げたいらしい。話しかけられている言葉は全く興味が無いようで無視している。こうやって見てると同情してしまうくらいに惨めだと思う。少しの間、頑張っていたが無視し続けられているので段々と消沈していく。これで帰るだろうと思っていたのだが、どうやらそうはいかなかったらしい。無視し続けられていたことに腹を立てたのか、もしくは敗戦続きで溜まっていたストレスが暴発したのかは分からないが、いきなりナンパ目的の輩が言葉の腕を掴みどこかに連れて行こうとする。その光景は言葉と一緒にいた友人たちも見ていたが誰も助けに行こうとはせず、むしろ笑っていた。まさかとは思うがこのまま放置するつもりじゃないだろうな。俺は海の家から出て、ナンパ目的の輩と言葉の後を追った。

 言葉たちが向かったのは近くにある廃墟。廃墟だけあって中は薄暗く足元も悪い。こんな中に入って何をするんだか。足元に気をつけながら言葉たちを見失わないように付いていく。言葉たちが止まったのは一番奥の部屋。俺は見つからないようにしながら入り口付近で中の様子を見る。中は日の光しか入っておらず、姿は見えないがナンパの輩の声だけが聞こえてくる。

「やっぱり、強制的に連れてきたほうが一番だよな」

「でもこれってあいつらの計画と違くね」

「コイツをナンパして廃墟まで連れてきて後はあいつらがやるっていうやつか。まあ、俺らの役目は果たしたから問題なくね。というかなんでこんな汚れ役やらなきゃいけないんだよ」

「というよりあいつら遅くね」

あいつら?ということは言葉のことをよく思っていない人がいるということなのか。まさかだとは思うが言葉の友人たちなのか。

 思考を巡らせていると廃墟の入り口の方から声が聞こえてきた。俺は部屋の入り口から近くの部屋の中へと隠れた。部屋の扉の隙間から廊下の様子を伺う。すると案の定、言葉の友人たちが部屋の方へと向かった。全員が中に入ったことを確認してから再び言葉のいる部屋の前で中の様子を伺う。

「ようやく来たか」

「女子は着替えに時間がかかるの」

「それよりコイツどうすんだよ。一応、約束通り連れてきたけど」

「ああ、それね。思い知らせてやるのよ。」

「言葉さん、由香里の好きな人に告白されて断ったんだって」

「それを丁度由香里が見てて、ショックを受けたからお仕置きしたいんだって」

「マジで。あいつ本当に告白したんだ」

「それでフラれたのかよ。ダサいな」

「彼のことを馬鹿にしないで。悪いのは言葉さんなんだから」

 そう言うと、言葉の友人はカバンから何かをを取り出した。日の光がその何かに反射してこちらを照らしている。まさかあれは刃物か。

「彼の幸せのためだったら、おとなしくしているつもりだったけど彼を傷つけた言葉さんは許せない」

友人は言葉に近づいていく。このままでは言葉が危ない。どうする。どうすればいい。考えている間にもどんどんと距離は近づいていく。

こうなったら行くしかないのか。そう覚悟したとき、部屋の中からあの声が響き渡った。

「由香里はそれでいいのね」

何かを諦めたような声色だった。だが、友人を止めるには十分だったらしい。地面に金属物がぶつかる音と同時に友人の体が後ずさる。言葉は続ける。

「好きな人のために行動を起こすことは決して悪いことではないわ。でも刃物まで持ち出して、私を殺すつもりだったの?それとも人前に出られない体にするつもりだったの?でもね、それで彼は喜ぶの?貴女を見てくれるの?自己満足したいだけになってるのではないの?私自身は傷つけられても隠し通せる自信がある。でも由香里に罪を背負い続ける覚悟がある?今後由香里が幸せでいられるなら構わない。もし、悔やむ心が少しでもあるのならやめた方がいいと思う」

こんな状況でよく友人のために助言できるな。少し感心していると、

「それにこの拘束用の縄なんだけど、簡単に抜けられたわ」

と言う声とともに、何かが落ちる音が聞こえた。足音とともに言葉の姿が奥から現れた。友人たちとナンパの輩も後ずさる。結果的に一番近くにいた由香里という女子は言葉に何かを耳元で囁かれたかと思うと一目散に逃げ出した。俺がいたことに気づかずにそのまま走り去る。すれ違いざまに見えた顔には涙が流れていた。ほかの人たちも次々に逃げ出していった。

結果的に言葉一人だけで解決してしまった。俺は臆病だな。自分の情けなさに打ちひしがれていると、

「綾宮君、出てきてよ」

と言葉が言った。俺は素直に部屋の中に入っていった。今の俺に言葉に合わせる顔がない。そう思い顔を下げていると

「顔を上げてよ、綾宮君。あなたには何の罪もないんだから」

顔を上げ言葉の顔を見る。言葉は少しだけ愁いた表情をしていた。

「できれば知られたくなかったな」

「どういうことか聞いてもいいか」

言葉は少しだけ頷くと語りだした。

「私はね、小学校のことからいじめられることが多くて、よく学校を休んでいたの。大体が恋愛がらみだった。それは告白される回数と比例していたんだけど、高校生になってからは学校を休むこともできなくて、すべての荷物を持って早めに帰ってたんだ。だから部活にも顔を出すことができなかったの。夏休みになってようやくほとぼりが冷めてきたと思ったんだけど、まさか海水浴にまで手を伸ばしてくるとは思ってなかったな。さすが高校生だね」

感心の裏に隠れている悲しみが伝わってくる。どこか大人びた感じを漂わせているのは同じ高校生だ。しかし、今までのいじめの経験から俺たちより少しだけ早く大人になってしまったのかもしれない。体ではなく心が。

「お前はすごいな。さすがに何年もいじめから耐えることなんてできないぞ。少なくとも俺には無理だ」

俺は自分を恥ずかしく思った。自分の夢すらろくに考えもせずに毎日を過ごすことがどれほど裕福であったのか、今その意味を知ったように思う。

しかし、言葉の顔は暗いままだった。

「私はすごくないよ。ただ、考え方を変えただけだから。その考えは他の人には分からないと思うな」

 初めて明確な拒絶をされたように思う。このときから既にこの世界に止まりたくはない、早く別の世界へ逝こうとしていたのかもしれない。俺はそのサインを見逃してしまったのだ。

 その後は何事もなかったかのように海辺へと戻った。案の定というか言葉の友人たちは言葉を置いて先に帰ってしまっていた。言葉は帰るための費用を鞄のなかに入れていたようだが、それすらも彼女らは持っていっていた。言葉は歩いて帰ると言っていたが、流石に車で何時間とかかる場所から歩いて帰ることは無謀であるため、言葉を説得し、両親の元へと連れて行った。

 両親からの第一声は「ついに息子にも春が訪れたか」だった。さすがに、事情が事情であっただけに内容を明かすことはできなかったため、「偶然逢ったクラスメイトの友人が海へ来たのは良かったが、財布を落としてしまい困っていたので連れてきた」と半ば苦しい嘘をでっち上げて説明したところ、息子に友人がいたことが嬉しいことに加えて、その友人が女子であったことから、これから恋人になるのではないかと勝手な妄想が発展して先程の言葉が出たのだと思う。

 俺は否定したのだが、生憎この手の話になると俺の声は聞こえなくなってしまう両親のため、既に将来のことを両親が話し合っている。言葉は「少しの間、お世話になります」と言っただけなのだが、両親の耳には「末永くお世話になります」と勝手な脳内変換を始めているところからもそうなのだろう。今まで友人関係が乏しい・・・・・・、いや全くなかったにも関わらず突然同じクラスの女子を連れてきたことで始まった小さな問題は言葉のことを快く受け入れるだけでなく、俺に関してどう思っているのかといった話を宿が用意してくれた食事中にも言葉に尋ねていた。そして、いつの間にか2部屋借りており、俺と言葉、両親といった部屋割りとなっていた。この部屋割りに対して異議を唱えたが既に聞く耳を持たない両親に何を言っても無意味であった。

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鮮やかな花は無慈悲に摘まれる 詩衣 @kakariyo-izana

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