第2話過去

自殺した生徒の名前は言葉。クラス内では比較的おとなしい性格をしていた。誰からのお願いも断ることをせず男女ともに人気があった。成績もそれなりだったらしい。いつも話の中心にいて笑顔が絶えない。とはいえこれはすべて盗み聞きしたことだが。本当のことは知らない。俺は彼女のクラスでの立ち位置に関しては認識していなかったから。


あれは高校初めての夏休み。まだ人間関係も定まっていないこともあって家で夏休み明けのテストに向けて勉強していた。部活も部員が2人しかいないからほとんど活動がなかった。といってももう一人が誰かは知らない。担当の先生に部活届を提出しに行ったときにはすでに提出されておりそれから部活の活動があっても、もう一人は都合が悪い、用事があるなどと先生に言っていて顔を見たことがない。夏休みもこのまま活動がないと思っていた。そんなとき携帯に着信が入った。どうやら活動を行うらしい。しかも明日やるとか、もう少し余裕をもって連絡してほしい。

そんなことを思いながら了承の連絡をして、その日は怠惰に過ごした。

翌日、運動系の部活動の声を聴きながら学校の玄関に入り、靴を履き替えて部室へと向かった。夏休みだけあって途中ですれ違う生徒もおらず、なんだか学校に1人だけいるように感じた。部室に入ると人影があった。一瞬先生かと思ったが遅れると連絡が入っていたので違うだろう。ならばもう一人の部活仲間か。夏休みになってようやくとはえらく遅い出勤だな。俺が声を掛けようとしたら、人影が振り返った。

「こんにちは」

その声はとても澄んでいてきれいだった。だが今は午前9時だ。こんにちはというにはまだ早いだろう。

「いや、まだ朝早いしおはようございますだろ」

「そこ、重要?」

「意外と重要だと思うぞ」

「そう」

もう一人の部活仲間はどうやら細かいことには無頓着らしい。いや俺が細かいことを気にしすぎるのか。

「そういえば、自己紹介がまだだったな」

「あなたのことは知ってる。1年B組、出席番号4番綾宮悠君」

「なんで知ってるんだ?」

「同じクラスだから」

いやいや、クラスや名前はともかく出席番号まで覚えないだろう。高校に入ってからは出席番号なんてあまり使わない。

「私は言葉ことのは。言うに葉っぱの葉と書いて言葉」

「そうか。じゃあ改めてよろしく、言葉」

「よろしく、綾宮君」

こうしてもう一人の部活仲間、言葉と出会った。


部員が二人しかいないということは結果的に話す機会も増えるということになると思っていたのだが、思いのほか話題に困る。部活内容は図書の整理。部員が集まらないというのも頷ける。あまり頭を使わない作業というのは何も考えなくても行うことができるから好きだ。そうだ、部活に入った理由を聞いてみよう。

「言葉はどうして文芸部に入ったんだ」

言葉は図書を整理しながら答えた。

「なんとなく」

まあ、そうだろうな。

「綾宮君はどうして入ろうと思ったの」

「俺は本が好きだからというのもあるけど一番は部活に居場所を作りたかったからかな」

「そうなんだ」

「言葉は好きな本はあるのか」

「私はあまり本は読まない」

「勉強でもしているのか」

「他にやることがあるの」

本の話題で盛り上がろうと考えていたのだが失敗のようだ。しかし、勉強のほかにやることがあるとは思わなかったな。いや、用事があって今まで部活に来れなかったらしいから忙しいんだろうな。

「ちょっと聞いてもいいか」

「何?」

「今まで何の用事があって部活を休むことになったんだ」

すると言葉の手が止まった。何か聞いてはまずいことだったのだろうか。

「無理に言わなくてもいいぞ。ただ気になっただけだ」

言葉の様子を伺いながら本棚に本を戻していく。言葉は止まっていた手を再び動かしながら答えた。

「実は私、いじめられているの」

今度は俺の手が止まる番だった。

「あれは5月くらいだったかな。下駄箱の靴が無くなっていたり、机の中身が無くなっていたり、筆箱が無くなったりしていたの。最近は物が無くなるだけじゃなくて逆に物が入れられたりしていたな」

おいおい、それって本格的にいじめられてんじゃ……。

「なんて冗談を言ったらどうするの?」

「えっ」

気が付くと言葉は整理を終えていて俺の隣にいた。俺の頭を右手で小突くと言葉は微笑んだ。

「あまり好奇心で人の用事に踏み込まないほうがいいと思うよ。綾宮君のためにも」

そう言って近くにあった椅子まで行き座っていた。俺は今までの話が冗談かそうでないかよりも言葉の微笑みに少しながら惚れてしまっていた。だからこそ気づかなかった。言葉がこの時すでに助けを必要としていたことに。


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