20XX年の図書館にて

西木 眼鏡

プロローグ


 図書館古本担当司書というのが、3日前から僕の肩書になった。ただ単に役職名なのだが、なんともわかりやすくてこれから自己紹介に使えそうで便利だと思えた。


 図書館に配属された4日目の昼過ぎ、図書館の建物裏を歩いていた時だった。建物と建物の間から煙が見えた。その場所は確か、喫煙所になっているわけでもないのにと不思議がっているうち、自然とその方へと向かっていた。


 煙の元まで行くと、僕よりも5歳くらい年上のスーツ姿の女性が、コンクリートのブロックに腰を掛けて焚き火と向かい合っていた。


「二階堂課長こんな時期に焚き火ですか」


 女性の名前は、二階堂一美。図書館古本課課長で、僕の上司だ。


「ああ、新人君か。春先に焚き火をするなんて変な奴だと思うかもしれがこれも立派な仕事だぞ。仕事は早く覚えてくれよ」

「僕の名前は覚えてないんですか」


 悪いな。名前を覚えるのが苦手でねというので、僕は配属日にした自己紹介をもう一度した。


「僕は、一ノ瀬零司です。よろしくお願いします」

 

 そう言って焚き火の中に何か白い紙束を投げ入れた。課長の近くを見ると同じような紙束が何十個、おそらく焚き火の中もほとんどが同じそれだろう。


 側にあったなにかの山から、課長が一束とって渡してきた。それは紙の本だった。題名は『アルパカ日記』とある。


「なんですかこの本」

「なにって必要ないから燃やしてるんだよ。廃棄処分さ。君は本がデータ化されたこの時代にわざわざ紙の本を置いておくのかい。そういう変わり者もなかにはいるらしいがね」


 20XX年、この世の紙は全てデータ化が可能となった。本はもちろん、新聞、電車の中刷り広告、街で見かける張り紙でさえも。ありとあらゆる紙がデータとなり、個人のもつ端末に表示できるようになったのだ。


 そして、これが僕たち図書館古本担当司書の仕事のひとつ。不要図書の廃棄だ。


「いえ。僕は電子書籍派ですよ。紙の本なんて置き場所に困ります。それより、僕が言いたかったのはこの本のタイトルについてですよ。何ですか『アルパカ日記』って」


 タイトルでは中身の全てを知ることは出来ないと知っていたから、本を開いて目次を見た。こういうタイトルの本にこそ驚くべき事が書いてあったりするのだ。


1.アルパカという動物。

2.アルパカの飼い方。

3.アルパカ短編集。

4.アルパカは人生。


 そっと閉じて、焚き火の中に放り込んだ。


 アルパカとは、白いモコモコの毛を纏った四足歩行の草食動物だと課長が教えてくれた。


 もっとも現在、一般人が目にする事が出来る動物はせいぜい家畜動物の数種類だけだ。その他は人間による環境破壊の結果、アルパカのように絶滅してしまった。


「知らない動物ってだけでわくわくしますね。僕は牛や豚ぐらいしか見たこと無いですから」

「そうだねえ、外見で言えば羊がそれに近いんじゃないか。アルパカも毛を刈られる動物だったらしいからね」


 残念ながら、羊がどんな動物かは知らないので想像することは出来なかった。


 そうこうしている内に課長は、煙草を取り出して焚き火で火を付けて煙を出し始めた。


「課長、いいんですか。勤務中ですよ」

「いいわけないさ。勤務中の喫煙は厳禁だ。でも、君は誰かに告げ口するような子には見えないからね。甘えさせてもらうよ」


 はぁ、と僕は短くため息を漏らした。


 この本は後どれくらいで、この世から全て無くなるのだろうか。くだらない内容ではあったが、跡形もなく燃やすのは惜しいと思ってしまった。本はデータ化をしたとオリジナルの一冊を残して全て処分されてしまう。オリジナルとなる一冊はすでに保管されているはずなので、ここにある本の行き着く先は例外なく灰だ。


「新人君は本がデータになったら次はどうなると思うかね」

「さぁ。それから先はどうにもならないと思いますよ。端末さえあれば誰でも自由に本を読むことが出来る。本だけのために部屋をひとつ用意しなくても良い。これに尽きます」

「私は、次にデータになるのは人間だと思う」


 課長は言った。次にデータ化され、不要だと言い渡されるのは我々人間の方であると。


 データ化されると言っても、肉体そのものではなく記憶の部分である。人が生きている間に溜め込んだ記憶とはつまり物語だ。本だ。未来はどうなるかわからないが、私は何となくそんな気がすると話した。


「本を読むのは僕たち人間ですけど、その人間がデータになったら誰がそれを必要とするんでしょうか」

「誰も必要とはしないさ。ただそこにあるだけだよ。あるいはもう始まっているのかも知れないな」


 また一冊、焚き火の中に投げ込んだ。


「それじゃあ、私はこの後行くところがあるから後はよろしく頼むよ。新人君」


 課長は立ち上がり、吸っていた煙草を焚き火の中に放り投げた。残りの本の処分を任されてしまった。


 後ろ姿の課長が脇に何かを抱えていることに気がついた。大きさと色から推測すると謎の本、『アルパカ日記』らしかった。


「その本、どうするんですか。オリジナルはすでに保存済みのはずでしょう。ゴミならいっしょに燃やしておきましょうか」

「ん。馬鹿を言え燃やされてたまるか。言っただろう、変わり者もいると」



 忙しそうな上司の背中を見送り、僕は二階堂課長の座っていたコンクリートのブロックに腰を下ろした。


 目の前でめらめらと燃える焚き火が熱い。奇妙な本、『アルパカ日記』を一冊焚き火の中に投げ込んだ。


 灰になれ。おまえたちは燃えて無くなってしまうけれど、中身はデータとしてこの世に永遠と残る。


 人は言葉と共に生きてきた。かつて人類は自分たちの生きた証を後生に残すために、石に刻んだ、木の板にかいた、紙に書いた、そして今はデータとして残す。その先はあるのか。それは誰にもわからない。僕らがわかるのは今と記録の残っている過去ぐらいだ。その過去でさえ、それを知る唯一の手がかりである記録自体が間違っている可能性もある。今現在の事だって全てがわかるわけでは無いのだから、結局、僕らは何もわからないのかもしれない。


 データの本には誰でも読むことが出来ないと言う欠点がある。とても高価なモノで貧困層にはとても手の出せる値段では無い。


 残すところあと一冊で、課長に頼まれた分の仕事は全て終わる。


「僕もこの本を一冊くらい残しておこうか」


 なんて課長の口調を真似してはみたけれど、なにかが腑に落ちなくて腹いせに本を焚き火に投げ込んだ。コンクリートの地面だが、何がきっかけで燃え広がってしまうかわからないので、水を掛けて消火をした。気がつけば退社時間を一時間ほど過ぎていたので、その日はすぐに会社を出た。

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20XX年の図書館にて 西木 眼鏡 @fate1994

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