1 割とエンジョイしています
人間なんて、一ヶ月も経つとその環境に慣れてくるものだ。
慣れてしまえばこの幽体だか霊体だか、なんと表現すればいいのかよく分からない身体での生活も、結構快適になってきている。
この一ヶ月は当然学校にも行かず……というより行けなかったので、自宅に引きこもり自身の能力を把握することにした。
まず、お腹が減らないし寝る必要もない。まあ、肉体がないんだから食ったり寝たりする必要がないのは当然かもしれないが。食事が出来ないわけではないが、腹が満たされることもないし、排泄も必要ない。
次に、人や物に触れたり触れられたりする事が可能だ。これは、一般的な幽霊のイメージとは大きく異なる部分である。その代わり空中に浮いたり、人や物を透過することは出来ないみたいだ。
さらに、塩やお札、お経なども効かない。これを試すのはなかなか危険だったが……欠点を知ることも重要なので、やるしかなかった。
幸い? 成仏する事もなく、今のところ何の影響も出ていない。もしかしたら本職の方々に頼めば結果は違ってくるのかもしれないが。そこまで試す気にはどうしてもなれなかったので、保留する事にした。
そして最大の特徴は、誰にでも見えるという事。欠点は、若干透けているくらいだ。
ちなみに、事故当時俺が身に着けていた服や持ち物も身体と共に再現されていたが、何故か少し透けていた。気味が悪いので今は押入れの奥深くに封印している。
以上の事から出される結論は今まで前例がない、よく分からない身体になってしまったということ。少なくとも、一般的に幽霊と定義されているものとは、全く異なる事だけは確かだ。
成仏したくても出来ないので、そのうち俺は考えることをやめた。
そうだ! せっかくだしこの身体で楽しもう! と開き直る事にしたのだ。
「怜司! 結花ちゃん今日も来てるわよ!」
あいつ、また来たのか。顔合わせても気まずいだけなのに、何故か毎日来るんだよな。
別に結花が悪いわけじゃないんだけどなぁ。それでも俺の姿を見るたびに、気に病んでいる事は間違いないだろう。だから俺達は、もう二度と会わないほうがいい。
俺は母親の声に応えることはせず、無視を決め込むことにした。
そんな俺のささやかな抵抗も虚しく、ドスドスと階段を駆け上がる音が聞こえ、勢いよく部屋の扉が開かれる。
「レイジィ! 今日こそ学校行くわよ!」
俺が通う学校の、黒を基調としたシンプルなデザインの制服を着こなし、明るめの茶髪をポニーテールにした少女が、怒りに満ちた表情で俺を睨む。
「ちょ、ちょっと待って! 今いい所だから! モンスターが俺の行く手を阻むんだ!」
「何平日の朝っぱらからゲームしてんのよアンタは!」
正論すぎて反論できない。徹夜でやってたのは黙っておこう。
「そっちこそ、人の部屋に勝手に入ってくるなよ」
黙って結花を家に上げちゃう母さんも母さんだけど。
「だって……もし消えちゃってたりしたらと思ったら、怖くて……」
結花は先ほどの勢いから一転、今にも泣きだしそうな顔になる。
そんな嘘泣き、幼馴染の俺に通用すると思っているのが間違いだ。
「あのさ。俺は既に死んでいる事になってるんだ。常識的に考えて行ける訳ないだろ?」
「そんな常識があるのなら、まずはその常識をぶち壊す!」
この子、なんで朝からこんなテンション高いの?
別に学校に行く事自体が嫌な訳じゃないんだけど、どう考えても騒ぎになる気する。
実際、あの事故の目撃者が騒いだせいでしばらくは大変だった。TV局とかも来てたみたいだし。
そんなわけで、外になんて出ようものなら何が起こるかわからない。つまり引きこもるしかない!
「まあ、もう皆興味失っちゃってるし全然大丈夫だよ?」
「え? 早くね?」
そんな風に言われるとなんとなく虚しいんだけど。
「人の噂も七十五日って言うけど、一ヶ月持たなかったねー」
「まあ、今は色んな情報が入ってくるようになったしな……ってそんな事はどうでもいい! この姿を見られたらまずいだろ」
まあ俺の事はこの町の人間にはほとんど知れ渡っているらしいが、やはり実際にこの姿を見るとなると話は違ってくるだろう。
俺の反論に対し、結花は自信満々な笑みを浮かべ答える。
「大丈夫大丈夫。学校にはちゃんと許可もらったし」
「そういう問題じゃないんですけど? 学校行くまでに見つかっちゃうでしょうが」
「私が隣にいるんだから、怪しい人じゃないっていくらでも説明するわよ」
だめだ。何を言っても引き下がる気配がない。
「なあ、なんでそんなに学校に行くことに拘るんだ? 俺は結構今の生活も楽しんでるぞ」
楽しんでいるのは嘘じゃないし、わざわざ学校に行く必要も感じられない。どうしても勉強したいなら通信制の学校を探せばいい。
「……怜司、私に言ったよね? お互い、あの事故の事は気にしない。今まで通りにしてくれればいいって」
「ああ。確かに言ったな」
「なら、今までと同じように生活するべきだよ。その為に私が出来る事なら、何でもやる。だってアンタは、生きてるんだから」
その決意に満ちた表情はふざけている訳でも、同情している訳でもないようだ。純粋に俺の事を心配してくれているんだろう。
そんな結花の顔を直視できなくて、つい顔をそむけてしまう。
そして、そこで初めて気付いてしまった。
今まで通りにしてほしい、なんて言っておきながらそれを一番避けているのは、他ならぬ自分自身なのかもしれないと。
随分と卑怯な話だ。そんな事出来るわけがないのに、それを強要した。
結花は、逃げずに真正面から向かい合ってこようとしているのに。
生きている、と結花は言った。肉体を失った俺でも精神や魂が残っていれば、生きていると言えるのだろうか?
なら、俺のするべき行動は。
「……分かったよ。準備するから、外で待ってろよ」
「うん、分かった!」
満面の笑みを浮かべている結花を部屋の外に追い出し、とりあえず制服に着替えてみる。
鏡で自分の姿を確認してみると、微妙に透けている男が透けてない学生服を着ている姿が映っていた。本当に大丈夫か、これ。
「さてと……行ってみますか」
まるで自分を奮い立たせるように一人呟き、俺は固く閉ざしていた自分の部屋の扉を、自ら開いた。
マインド・ライフ ソロ @solo
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