勇者はいかに魔王の同意を得るか

「確かにこうした物は我々では作ることも手に入れることもできない」

 なおもしげしげと顔の前にサージュがこの村にもたらした銀の白刃を持ち上げて見やりながらルートルは言った。


「そうでしょう? 刃物もそんなちんけなものばかりじゃない。狩りをする際の槍も、木を切り倒す時の斧だって、ここで使っている石製の物じゃなく、今長が目にしている通りピカピカ光って、そのきらめきと同じくらい切れ味が鋭いものがわんさかてにはいりやすぜ」


 ルートルは心に付け入るようなサージュの言葉を聞くと、短刀ナイフを机に戻して彼の方を向き直った。机の上にはその他にもなめし革の小物入れや、金属製の水筒などが雑然と置かれていたが、特に私有財産の観念が強くなく、個々人の所有欲も森の外の商業社会に生きる街の人間ほど強くないルアンの部族民たちはいつも開け放しの(そもそも鍵という発明物がこの社会にはない)、村長が狭い村社会の決裁を行うためのこの小屋の中に誰でも手に取ることが出来る形で、外部よりやってきたサージュがもたらした珍奇で有用な諸々の道具・小物類が置かれていても誰一人して隠れて独り占めしようという考えなど起こさなかった。一応サージュのルートルに対しての、村に滞在させてもらう際の献上物という形になっており、名目上は彼の物なのだが、皆小屋に好き勝手に出入りして机の上のそれらを手に取っては、椅子に座っているか、小屋の外にいる部族長のもとに行き、当然のように手にしたものを示しながら使用の許可を求め、サージュの知る限り、ルートルもそれらを拒否したことがなかった。たまたま村人が長を探しても見当たらないか、遠出している場合は、彼らは何食わぬ顔をしてそれを使用し、後で顔を合わせた所有者に対し、事後の使用報告をするのだが、そうした際も許しが与えられないことはなかった。この徹底的な利己主義の廃棄は、都会の貧民窟に生まれ、泥の中を生まれ持っての才覚一つで走り回り、今まで生き長らえてきたサージュにとって一つの驚異だった。街の汚辱と欲望の汚濁にさらされて、純で素朴な人の生き様を見る際にも斜に構えた見方をするのが当たり前となった彼にしても、この村のそうした共同生活のありさまを目にして、我にもあらず純真な感動を覚えることがしばしばあった。


 サージュは言い継いだ。

「それに私はここまで持ってくるわけにはいきませんでしたがね。宝石ホーセキっていう物も街にはあるんですぜ。いやもう、この村の誰も見たことがない綺麗な石っころでさあ。夜のヒョー(サージュはこの村に来て初めてこのよりしなやかに獰猛となった巨大な猫というべき獣を見かけた。街の商人が、この村の者が連れているのを見てびっくり仰天して逃げ出したのもまさにこの肉食獣だったのだが)の目のようにキラキラ輝き、眼を打ってくらますことお天道様のごとし。暗い中で静かに光をたたえるのはお月様のようでさあ。それが今村長さんが身に付けている鳥の羽のように赤、青、緑と色とりどりにあるんです。その鮮やかなことと言ったら! そういったものをこの村の女房、娘っ子たちに着けて飾ってやりたいと思いやせんか? 女どもはみんな手を打って喜び、その宝石ホーセキに負けて劣らないほど彼女らも照り映えやすぜ。そう、あっしらが猿どもを追いかけて狩りをする時と同じでさあ。猿は逃げる、あっしらは追いかける、また猿は逃げる――こんな感じで宝石ホーセキと女衆がそれぞれ輝きを競い合うんです。その他に服も街の者の着ているものは鮮やかでさあ。まあ一度街の女が着飾っているのを見てほしいもんです。森の鸚鵡オームやインコの羽をそのまま身に付けたのかと見まがうぐらいですぜ。こんなザラザラな、丈夫じゃああるがそっけもないものじゃなくてね」

 自分が着ている――と、いうのはこの村のほぼ全員が着ている衣服なのだが――草の繊維で作った白い布衣を前の方で両手でちょいとつまみ上げて言ってみせた。


 ルートルは、しゃべり続けるサージュの言葉をじっと見下ろしながら聴いていたが、その眼には先ほどまでの無関心な様子が無く、いくぶんの心動かされた興味の輝きというものが宿っていた。


「いいだろう、で、我々はどうすればいいのかね」


 口を開いて発せられたルートルの言葉にサージュは相好を崩した。

「さっきも言った通り、この村の者と獣を数隊派遣して森のすぐ外に住んでる奴らを脅し付けてほしいんでさあ。いや、人を傷つけるには及ばんです。家畜の少々は血を流してもらわなきゃあいかんが……。それと、弱った獣のいくつかは可哀想ですが、犠牲になってもらわなきゃならんと思います」

 この村ではヒョートラといった獰猛な肉食獣を飼っているが、それはこの村のすぐ側に住んではおらず、なお数十キロこのルアンの村から南下して開けた土地に出た後(ここにはまた別の村があり、ここと同じくらい未開なその村とはお互い簡単な交易――素朴な物々交換――を行っていた)、また分け入った別の森に生息していた。そこで様々な手練手管を使って捕獲し、サージュ自身も経験したその一大体験はそれだけでゆうに一つの手記となり得るが、ここではそれはやめておこう。


 飼っている獣を犠牲に供しろという言葉に、一瞬ざんばらの濃い黒褐色のすだれ越しにルートルの太い眉が動いたが(ルアンの者達は儀式の際に獣を生贄に捧げる事はあったが、基本的には飼う猛獣たちを愛していたのだ)、すぐにまた彼は重々しく言葉を続けた。

「その他には」


「あとは、クリャワの村(ルアンの村の南に位置する森に囲まれた狭い平原の一角に住む部族の村だった)から手に入れた火薬カヤクを少し用意してもらいたいんでさあ。今もほんの少しばかりお願いできますか?」


 ルートルはじっとサージュを見つめた後、開け放された小屋の入り口に向かって大声で呼びかけた」

「おい!」


 声を聞きつけてすぐに村の男が飛んできて戸口から顔を覗かせた。

火薬カヤクを持って来い」


 了解して再び引っ込んだ後、しばらくして石を穿って作った重い容器に入れた黒い粉を男は持ってきた。


「ちょっと失礼」

 サージュは男をもう一度使いに出して、より小さな石の皿と木で作った匙を持ってこさせると、黒い粉を匙ですくって小さな石皿に少し移した。

「これももっとこう何か使い道がありそうなんですがねえ」

 サージュは、この村に来ることで初めて知った、街で見ることの出来なかった黒い粉を床の上にしゃがみ込んで移し替えながら呟いた。この粉をクリャワとルアンの村では祭りの際の派手に興を添えるものとして用いていたのだ。


 移し替えると、その間男が外から料理の火を葉を巻き付けた枝の先に移してきていた火を受け取り、そっと石皿の上に先の小さな火種を落とし、顔を腕で覆って背けながら、目だけは皿の方に向けたまま大急ぎで立ち上がった。


 パパパパパパパパンッ!


 派手な音を立てて、火薬カヤクは爆ぜ、移された火が燃え盛ることなく粉の上で赤い燠を残した後、ブツッとかすかな音を立てた後静かにそれも消えた。後には元のさらさらした粉の質感を残さないぼそぼそした炭と化した黒い物体が残り、そこから灰色の煙とともに、何とも例えようのない臭みが立ち上って小屋の中に広がった。


 サージュはその様を観察した後、鼻をつまみながらにやりと笑った。

「やはりこれは助けになりそうでさあ」


「君と我々が今回行うことにこの粉が何か役に立つのかね」

 小屋内の一瞬の喧騒の一幕を共に観賞した後、呼び寄せた男と一緒になってサージュの顔をじっと見つめたルートルが話しかけた。サージュはにんまりとした笑顔のままそちらを向き直って上機嫌で答えた。

「まあ任せといてください。街に帰る際に森の縁までは案内しますから、それからまた別に準備がかかるとして、月の形と出入りの時刻はまた打ち合わせしましょうや」



 ルートルの小屋から出る際、含み笑いをしたサージュはかすかに一人ごちた。

「これで名誉と富も俺の物になるってもんだ」

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