勇者はいかにルートルにその意を伝えるか

「そこで私が思い付いたのはですね――そもそもわたしゃそのために遠路(この森の奥に入り込むのが初めての私にとってそんなもんじゃありませんでしたが)はるばるここまでやってきたわけなんですが――、さっきも言った通り、たまたま森で迷った旅人がこの村の者を一瞬見かけてはそれを魔王の手下だの、魔界の使者だのとすっかり信じ込んで熱心にミュラの街で吹聴し続けるもんですから、そこいらは震撼。特に森のすぐ外に住む連中は完全にぶるっちまって、おちおちしていられず、自警団を立ててはかわるばんこに夜見張りをする有様。たまりかねてはミュラの王宮の方に請願を出しては、村に王国の兵士を置いて――これだけ国中が動揺しては王宮の方もほっとけなかったんでしょうな――四六時中警護してもらうことになったが、それでも村から逃げ出そうかどうかと戦々恐々で話し合ってる連中がいるわけでして――というのは私がここに来る前ですからもう九月は前の事ですがね。こっちでも前みたいに森の中で偶然街の連中に接触したという話はありませんから、今頃は向こうもそれなりに落ち着いちゃあいるでしょうが、いったん心に付き、奥深くまで染み込んだってやつは、たとえそれが時によってほんの点ほどの大きさにまで拭い去られようと、ひとたび外からの刺激が甦ると、それこそ針みたいにチクチクチクチクと内部で飛びまわって辺りを刺して回り、ついに再び膨れ上がっては、心を黒く支配し直すんでさあ。

 ついては、私がちょっとその連中の心に出来た陋屋に入り込んで、そこから中をトンカンやることで実際の綺麗な御殿をこさえようって思ってますんで、ルートルの長には一つ、今頃外面上随分と静まり返っている連中の心に再びを取り戻させる手助けをお願いしたいんでさあ」


「つまり、私の村の者と、飼っている獣たちを使って、その森の外に住む者達を脅し付けてほしいというのかね?」


 鹿ルートルは今までと同じく、淡々とした調子で返事をしたが、今回の会話中3度目の彼の返事の飲み込みの良さに(そしてまた、いかにも正直者らしく、いったん相手の言わんことを理解した後はその物言いも表現をぼかさずに率直だった)、一瞬サージュは驚きに目をしばたかせた。しかし、またすぐに笑みを浮かべると、取り入るようなせせこましさをその表情の奥に宿らせた目でじろじろと相手を見つめる。

「――わかってらっしゃる。有り体に言えば、この村の者と獣――獰猛な奴です――を北の森の縁まで持って行ってもらってですね――ちょっと強行軍になりますが、この森に慣れた身としちゃあ大したことはないでしょう――、出外れに住んでるちっぽけな村の連中を驚かす――なに、ちょっと驚かす程度でいいんですよ――事をしてほしいんでさあ。そうしたら、最初に言った通り、お互いパム(この村で栽培し、常食としている芋の類)の畑を何十間分も手に入れた以上の実りを懐に入れることが出来るってわけで」


「我々は争いを好まない」

 サージュが言い終えて息をつくのも待たず、ルートルはにべもなく答えた。ずっと無関心な風だったのが、今は首に力を入れて目の前に立つ相手を見上げ、その眼差しの焦点もぴたりとサージュの顔に当てられている。静かに強い意志を秘めたルートルの瞳のキラキラとした輝きは、普段都会の商業社会の汚辱と打算に汚されていない特有の深みを湛えた美しさを毛深い顔の間から覗かせ、じっと真正面から目を合わせていると、蛇の道の百戦錬磨といっていいサージュでさえ、うっかりすると危うく心をとろめかされるほどだった。


 サージュは一瞬じっと自分が潜り込んだこの部族村の長と目を合わせたが、この村の率直、頓馬、馬鹿正直といっていい(特にこの相手はそうだ)人間相手にこの手の(これはサージュ自身も内心誰憚ることなく認めていた)の片棒を担がせることの困難を十分予期していたので、特に淀むことも無く次に話を続けた。


「時に、私が長に差し上げたあれですが――」

 サージュはちらりと右の方に目を移しながら声を発した。彼が目をやった先は、質素なこの木小屋のでこぼことちぐはぐな木板張りの壁の脇に置かれた、正確な長方形になり切れていないてっぺんの木板の底に、脚として4本の細い丸木が表皮を処理しないまま差し込まれて立った、これまた粗雑な作りの木机の上に乗せられたいくつかの小物だった。

「――ああした物をもっといくらでもこの村にもたらすことが出来るんですがね。――もちろん、今言ったような手の込んだことをしなくても、私一人でああいう物をいくつか調達して、この村の者達に渡すことで運んでもらうということはできますよ? しかしそれにしたって先立つものがなくっちゃあ――それに街の方にはルートルの長も到底想像もできないような便利奢侈なものがいくらでもあるんですぜ? それをある程度潤沢に手に入れるとなると、これはやはり私一人の手に負えないというわけでして」


 ルートルはサージュに合わせて、自らも部屋の端の机の上に散らばった小物類に目を当てていたが、やがてぬうっと立ち上がると(サージュの頭のてっぺんがせいぜいその口ほどまでしか届かない浅黒い巨体が彼の前に聳え立った)、布衣に付いた派手な羽毛飾りの先を揺らめかせながら、太い脚を動かしてそちらの方に向かった。

 彼が手に取ったのは青地に黄色い花と緑の唐草模様が絵付けされた陶製の茶碗だった。その大きな手ですっかり覆うように持ちながら、器用に手元で向きを変えて回しては目に映るその絵模様と作りを眺めやる。ルートルがしばしの時間そうしていた後、それを机の上に戻しては、次に木の柄付きの短刀ナイフを持ち上げる時までサージュはじっと彼の様子を観察していた。


「どうです? こんな物はこの村に閉じこもっていちゃあ到底手に入らないでしょう」

 サージュは普段からよく研がれて手入れされた短刀ナイフの銀の刃に自分の顔を映してはしげしげと見入っているルートルの方に抜け目なく言った。今彼が前に立つ机の上に並べられたのは、全てサージュがこの村に来るまでの森林中での旅に使用し、いくつか駄目になるか紛失する中で残った彼の荷物一式の内、絶え絶えになってこの村に迎え入れられた際、そのほとんどを村長むらおさたるルートルに献上した物だった。サージュの衣服や体格、肌の色には驚かなかったルートルも、彼が持つ道具や小物の一式には他の村人と共に驚きを隠せず、先ほど彼が手にした陶製の茶碗に関してはその表面の滑らかさ、形の(ルアンの村の者が普段食事に使用している粘土をこねて焼いた土器から見て)洗練、薄い作りに見合わない頑丈さ、絵付けの華やかさとその色塗りの定着の確かさに魅入られ、今手に持つ短刀ナイフの銀色の美しさと鋭い切れ味にはそれ以上の賛嘆を見せた。実際、ルアンの原始的な生活を営む者達は金属というものを知らなかったのだ。

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