勇者と魔王

猫大好き

勇者誕生

勇者はいかに弁舌を振るうか

「月が六度満ち欠けする間この村に滞在した君はどうやって我々に力を貸し、また、言う通り利益をもたらしてくれるというのかね」

 ルートル部族長は、木の小屋内の茶色っぽい室内に彩りを添えるのは、ただ下に敷かれた獣の皮絨毯というだけの素っ気ない謁見室で、地が剥き出しになった木の肘掛け椅子にピンと背筋を伸ばして座ったまま訊いてきた。顔の前面にかかる黒褐色のざんばら髪の間に覗く浅黒い肌のピンとした張りが、まだ30代半ばという彼の年齢のほどを伝えていた。琥珀色の大きな瞳の潤いが、人により、性質の率直さ、誠実さ、あるいはその深さを湛えた具合が逆に自分の心の奥底を覗き込まれるかのような恐怖心と、得体の知れなさを彼に対して感じるだろう。


「なあに、簡単なこってす。ちょっとそちらが手を貸してくれたら私は悠々自適、安泰至極の生活を手に入れ、そっちは今のこの村の皆の生活――ルートルの長も含めて――をより良いものに出来る――つまり全員満足という結果に持っていけるわけでして」

 他に誰もいない室内で、部族長の前に立って喋るのは、やや痩せぎすの長身の男だ。ざんばらに振り乱した髪に、ぼうぼうの髭を生やしていたが、その毛の色ばかりは濡れたように真っ黒で村の他の男たちとは違う。加えてその肌の色も、日に焼けてはいるが、元は白に近いものだというのが一目見れば容易にわかった。髪と髭に覆い隠されてはいるが、それでも何となくその顔の輪郭の整っていることは察しがつき、何より鼻筋が通り、血色の良い薄い唇の口の形が良い。太い眉の際はざっくり切られたかのように生え揃っており、その持ち主の意志の強さを暗示するようで、つまりはかなりの美男子というわけだった。ただ、やや釣り目立ちの大きな目の瞳に時々ちらつく光がその性情のすばしっこさ――有り体に言えば小狡しさを伝えていた。

 彼の名前はサージュといった。はるか北の、ミュラの街から下り下り、ハトロジーンの大森林に入ってそこから数限りない(そんな表現すら月並みなほどだった)樹々を踏みしだくこと300キロを単身旅することで、このルアンの未開部族村をようようの思いで発見し、そこから半年間にわたってこの村の部族民の生活様式に合わせて居住し続けてきたのだった。


「いや、まったく、ミュラの旅人の一人が迷った森の中で全く偶然からこの村の者を見、おまけに彼の連れていた獣まで目にすることで仰天したのは大きな話題で、その事から私もこりゃ一つ見てみなきゃあというわけで、ここまでぶっ倒れそうな旅をしてきたわけでして。お優しいこの村の人が疲労に昼過ぎまで眠りこけてた私を発見してくれなきゃどうなったことですか」

 サージュは半年間この村に滞在することで身に付けた部族の言葉を流暢にまくしたててみせた。小狡く立ち回るのが上手そうな、才気走った眼のきらめきが示す通り、彼の鋭い知性はこの村での短期間の起居の内にすっかりこのルアンの部族言葉を身に付けたが、それはせまい世間コミュニティの部族内でも特に卑俗なやり取りの生活言葉スラングで、さらにはその発音やアクセントの節々に、独特の、人の神経を和らげもすれば逆撫でしそうもある小賢しく甘ったるい調子が混ざっていた。それはここの言葉を身に付ける際、彼の能力を持ってして打ち消すことの出来なかったものなのか、それとも彼の人となりを相手に伝え、その生まれと今までの生活のほどを悟らせるためにあえて口調の音韻の端々に潜り込ませたままなのか、実際、彼自身はとある大都市の掃き溜めのような貧民窟の一角の生まれなのだった。


「――そう、まったく――」

 サージュはせわしなく動く手ぶりを加えて続けた。

「ミュラの街に起こった恐慌ぶり、その旅人が酒場で、時には壇までしつらえて語った際の彼自身の恐怖と狼狽ぶり、それを聞く皆の神妙と恐怖に背筋をわせる様は見物でした。何せ生きがいといえば酒場で飲んで歌を歌うこと、踊り子のねーちゃんの尻を触って、そのあげくはした金を掴ませては一緒にしけこもうなんてたちの悪い男連中も、年がら年中尻に敷いた亭主の金で夜半までのん兵衛暮らしのアマっかすもグラスをテーブルに置いたまま、目の前で恐ろしげに語る旅人の話を、驚きと恐れの目で眺めながら静かに聞き入ってるんですからな。お互い同士ゴクッと唾を飲み下す音がこっちまで聞こえるほどでしたよ。いやはや――

 当の旅人本人は、彼の話を皆が聞きたがるってんで、酒場ごとに豪勢な酒や食べ物をただにしてやるし、それどころか金を握らせてぜひうちの店に来てくれって連中も現れる訳でして。さらには奴さん、新聞社からも依頼を受けて、手記まがいとイラストまで寄稿して、どんだけ儲けたか――。まったく幸運ってのはどこに転がってるもんかわかりませんな。それこそけつまずいた小石が宝石の原石だったってことも有り得るわけでして――

 ――もっとも、奴が手に入れたはした金以上の物をこっちはこれから手に入れようってわけでして――。そしたらルートルの長もその小さくないおこぼれをあずかれるってもんですぜ」

 ここで付け加えておかねばならないのは、今彼が弁舌を振るう(全く熱弁といった類ではない。熱弁といったものはたとえその外観に表れる熱情が本心からのものでないにしても、どこかその熱っぽさを弁者自身が劇に立つ舞台役者よろしく信じている、あるいは信じようとしているものだ。今彼がせわしなく動かし続ける舌がつながった先の身心に占めるものは徹底した奸智と計算、打算だった)その話に現れた、【酒場】【金】【新聞】等といった諸々はこの未開なルアンの部族村ではそれに対応する単語がないばかりか、彼らが持ちうる単純な生活様式内では概念すらなく、生まれ得ようもないものだった。したがって、ここは彼がそのよく回る頭でいかにもそれらしいものをルアンここの素朴な言葉でて上手く会話のセンテンスに潜り込ませたものと思ってほしい。

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