勇者はいかに策略を思い付くに至ったか

「それでどうしようというのかね」

 すばしっこい男の器用によく回る舌の弁舌を、ルートル部族長は、依然背筋を窮屈な木椅子の上で伸ばしたまま、微動だにしない表情の無感動な様子で聞き続けていたが、やがてそっけなく言った。


「何、こういう事でさあ。つまり奴さん達――ってのはミュラの街の連中の事ですがね――、その旅人がたまたま見かけたこの村の人間と獣の話から――これはその話をする当の旅人本人の解釈も混ざったでしょうが――、この森の中には魔王が住んでおり、旅人が偶然見かけたのは、その部下の魔界の連中が魔獣を使役しているところに出くわしたと思い込んだもんでして。

 そして、これは全くの偶然の符号なのか、はたまた、とお~い過去の歴史上の何らかの邂逅があったものか、あたしゃ学者じゃないから何ともわかりませんがね(いや、まったく、初めて出会った未開部族の事を皆が魔界の住人と信じる時点で、ハトロジーンの広大な森林の北にある当の街の学者とて、事実に基づいての理解などしようもなかった)、我々――ってのはこのポラ(ルアンの部族ではこの森の事をポラと呼んでいた)の北に住む人間の事をいうんですがね――の言葉で【魔王】は‘ルートゥ’というんでして、また、魔界の事は‘ルワン’なんですね。何ともはや――」ここで彼は大仰に両手を上げてみせた。「私もここに着いてそれを知ってから驚いたもんですが、これ以上ない出来すぎってもんじゃないですか。無論、あんたのとこの村人と獣を見るなり仰天して、藪だらけの中、全身傷をこさえながら――いやはや、噂にはありがちですが、面白いことに、直接目の前で旅人が語るのを聞かず、ただ伝聞でのみ彼の‘魔界話’を知った連中は、彼の体中にひっかき傷があるらしいというのを、それは当の魔獣にやられたものらしいとまことしやかにささやき合ってる状態でして――駆け回って、息を切らしながらほうぼうの態で逃げ出した当の旅人はそんなことを知らずじまい――よって、私以外知るものもないという状況なんですが、こうした事実ことはたとえはっきりした形で皆の前に現れずとも、想像力豊かな連中の前にそびえ立つ虚構という張りぼてをリアリティもっともらしさという形で後ろから支える骨組みというやつになり得るもんでして――つまりは過去の事実がどうあれ、これまた我々にとって願ったりかなったりというわけです」

 サージュは一息ついた。


「私は魔王ではない」

 目をぱちくりともさせず、ルートルは言った。

「そしてまた、ここルアンの村は魔界ではないし、我々の奉ずるルウの神も善なる存在で、人に恐れをもたらすものではない」


 一介の部族の長にもかかわらず、なお、その部族全体が共有する率直な生真面目さをもって彼は答えた。それを聞くと、サージュは顔をしかめ、その苦笑の表情に、肩をすくめて両手を持ち上げるジェスチャーを加えることで、無言の意思表示をより確かなものとした。

 ルアンの部族の宗教儀式には、今までの滞在の半年の間サージュ自身もたびたび参加しており、彼らの宗教崇拝のそれはトーテミズムを基調とするもので、なおその上に絶対神としてのルウの(彼らが至高のものとして崇めるそれは、ほとんど善の観念そのものだった)存在があることは彼も承知していたが、ここでその問題について立ち入って考察することはやめておこう。要は、サージュが話に伝えたハトロジーンの森の北方の伝説の魔王と魔界論を聞いて、当の目の前に座る部族長は怒りも憤慨もしなかったが、かといって看過もせず、サージュが話に挿し込んだちょっとした小話の類だけを彼の言わんとする話の文脈から取り出して、事実の指摘をしたということだ。


 あけすけに自分に対するあきれの表明を、遠路はるばる旅してきた男の北のお国柄の仕草で示されながらも、相変わらず眉一つ動かさないルートルに、サージュはまた気を取りなおしての眼に光を灯しながら小狡い調子で話を続けた。

「その旅人がびっくら仰天こいたのも無理ないですわ。何せ、奴さんも見たというこの村の男連中は異様な風体ですからな」

 サージュは自分のぼさぼさに伸びた黒髪をくしゃくしゃと掻き回し、ついで、これもまたぼうぼうに伸び切った髭を、顔の両側から指の間に鷲掴みにし、顔の皮膚ごとくいくいと上下に動かして見せることで、彼自身この村での生活になじむことで自分もすっかり‘異様な風体’の一員に収まってしまったことを示したが、続いてはその狡賢い眼を前に座った村の長の頭のてっぺんから足の先まで上下に繰り返しやった。にやけながらのそれは、王の後をいつもひょこひょこくっついて歩くことで常に貴賓の士の傷をうかがい、そのいやらしい光が隠された不面目を見とがめるや、その類を大仰に持ち上げてみせることでかえって当てこする道化の目付きだった。もっとも、彼の目が道化然としていたとしても(彼らは往々に、彼らが貴賓の士の見られたくない場所を、それを隠している覆いを引っぺがすことで晒すために身を屈めるや、当の相手からちょうど蹴りよい場所にある頭を足蹴にされ、それ以上のしっぺ返しを食い、自分たち自身より低い所に堕ちてみせることで笑いを取り、あえて慰みの愛玩物となることで生業を立てるのだが)、それは一般的に賛の対象となりうべき今目にしているものが、彼にとっては目的達成のために都合よく割り振られた小道具であるという、この村の立場において目上の相手に対する、媚びと皮肉が入り混じった様を隠さず表したものだった。

 村長むらおさの着ているのは、今サージュが身に付けているのと同じくこの村の大半の部族民が使用する草の繊維で出来た粗くざらついた白い布衣に、別の植物で黒や茶色の貧弱な柄縫い取りを加え、そこにさらに、これは非常に目立つものだが、周囲の森に棲む鳥の長い羽をくっつけた物だが、これは自分が出立してきた街の人民が普段生活に供している衣服と比べると(彼の出自の貧民窟スラムと見た目はどっこいどっこいという所か。もっとも、さすがにこちらの方がはるかに清潔だったが)、例えようもなく素朴なものだった。ただし、彼がいやらしい目付きで眺めやったのは、その部族の長という立場で精一杯飾ってさえ幼稚といっていい技術と発想でしか身に付けて得ない着衣でなくて、その下から盛り上がる骨と肉の厚みと、袖と裾から飛び出る筋骨逞しい手足、そして木椅子に座してなお身体柄の大きさを悟らせる、諸々の体躯の頑健さだった。長たるルートルがさらに抜けていたといえ、これはルアンの部族の男たち――女もそうだが――共通の体格の良さで、彼らの生活の中に入り混じると、今まで過ごす街の数々ではそれなりに長身だったサージュもちっぽけ、といわずとも小柄といっていいほどだった。――やれやれ、こんなでかい身のなりした上浅黒い肌をしたんじゃ、それを見た街の連中も驚くというもんだ。彼は目の前に座る、同じ人間界の驚異の種の産物というべき相手を半ば賛嘆、半ば文明人の立場から奇型種を発見したかのような好奇に笑う目で改めて見やりながら思った。

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