その光は何処へ向かう

菊taku

第1話 バイトへ向かう

 黒。そいつはまさに黒だった。全身が黒い毛で覆われているそいつは、槍を振るう周りの人間などお構いなしでこちらに近づいてくる。

 怖い。あの真紅の目が自分を見つめている。体が震える。心臓は早鐘を打って、ここから逃げろと告げる。

 少年は駆け出す、隣の友人の小さな手を握り締めて。


―――走る――ただひたすらに―――転ぶ――後ろは見ない。見たらいけない――走る――――転ぶ――――走る――――吐き気がする―――走る――――転ぶ―――――走る――――――見えた!家だ!―――――――扉を開ける――開かない――そうだ、鍵を掛けていた――鍵を開ける――開いた!

 

 部屋の中に転がり込む。やった、逃げ切った。それにしてもあれは何だったのか、怪物?なぜ街の中に?まあいいや、俺たちは生きてる、それだけで十分だ。後ろを振り向く、真紅の目と目が合う――


それは何だったっけ





「うわあああああああああああああああああああ!!!!」

 俺は叫び、飛び起きる。

 

 ベッドの上、俺は上半身を起こし右の小さな窓を見る。爽やかな朝日だ、今日も一日が始まろうとしている、だが気分は最悪だ、どうやらまたあの夢をみたようだ。一ヶ月に最低でも一度は見る。同じ内容のこの悪夢を。しかも、これを見た日はろくな目に遭わないと相場が決まっている。こんな日は家から出ないに限る、今日はバイト休んでしまおうか。いや、そんなことをしたら後が怖い。

「あの、大丈夫ですか?」

 斜め後ろから声が聞こえる。

「よくある事だ」

 俺は生返事をしながら時間を確認する。バイトまであと二時間ある、久しぶりにゆっくり朝食でも食べようと考える。

 体を起こし、小さなキッチンへと向かいながらふと思う。

――なんだろう、なんとなく違和感を感じる、何かがおかしい。霊的なものは一切信じてないつもりだが何かこの部屋にいる気がするのだ。まあ霊がいた所で俺にはどうしようもない。俺は霊能力者じゃないしな、と寝起きの頭で妥協する。

「あの」

 背後から小さな声が聞こえた。

「ん?」

「あなたは一人暮らしなのですか?」

「そうだ」 

 一人暮らしを始めて早二年。この部屋は俺の師が使っていた物で、今はタダで使わせてもらっている。一部屋しかないが十分満足している。特に誰かを呼ぶわけでもないしな。

 何か悲しくなってきたので考えるのを止め、再び足を進める。

――――ん?まただ、やはり違和感を感じる。何故だ?起きてからこの短い間に変なところはあったか?

 特に変なとこはないな。会話も一言二言の受け返しだ、たいした内容ではない。ん?まてよ・・・会話?・・・誰と?・・・この部屋には俺しかいないはず、じゃあ後ろにいるのは何・・・

「あの」

 背後から女性の声が聞こえる、俺を呼んでいるようだった。

 ああ、いましたよ俺の後ろに。なんで寄りによって俺の後ろに。

「あの」

 再び呼ばれる。逃げ場は無い。悪霊については詳しくないが、昔見たホラーな本の通りなら逃げたところでドアが開かないのがおちだろう、いやその前に足首を掴まれて引きずり倒されるのだろうか。嫌な考えが脳を支配する。さらば俺よ、望めるものなら最後に彼女が欲しかったぜ。諦めの感情を胸に俺は勢いよく振り向く。

 そこには幽霊なんていなかった。代わりに少女がいた。

 

 朝日を反射して白銀に輝く艶やかなロングヘアー、服の袖から見える腕は華奢で転んだだけで折れてしまいそうだ。肌は透き通るように白く、整った小さな顔はまるで人形のようだ。そして少女は空色の目で俺の目をじっと見つめていた。

「あの」

 俺は少女に見とれていたのだろう。再三呼ばれて意識が戻る。

「ご、ごめん。何?」 

「いきなりお邪魔してすみません」 

 いや、むしろありがた・・何を考えているんだ俺は。そうじゃない。

「何かあったの?」

 思ったまま言葉に出す。やけに丁寧な物腰、どうも悪戯いたずらというわけではなさそうだ。

「私・・・追われているのです」

「どうして?」

「私の"能力ファルクタス"を求めているのでしょう」

 "能力"。それは全人類の0.1パーセントしか開眼しないと言われている特殊な力で、魔力を使わずに炎を発生させたり、物を冷やしたりすることができる。大抵の"能力"は魔法でも代用できるが、稀に魔法では再現不能の"能力"が発見されるようだ。黒い噂によると珍しい"能力"は高値で取引されているらしい。俺が知っているのはここまでだ。もしかするとこの少女も珍しい"能力"を持っているのかもしれない。

だったら守ってあげなくては。男として。

 少女は続ける、

「お願いがあります、私をしばらく泊めて欲しいのです。」

「俺はいいけど、君はここでいいの」

「はい」

「よし、交渉成立だ」  

「ありがとうございます」

 丁寧にお礼の言葉を述べながら少女は笑顔を浮かべる。かわいい。これが見られるだけでも満足だ、部屋を貸すぐらいなんともないさ。そういえば朝飯を作ろうとしていたのだった。この少女の分も作ったほうが良いのかと思い声を掛ける。

「いまから朝ごはんにするんだけど、君はいる?」

「いえ、お構いなく」

 と目を逸らしながら言う。しかしその直後、少女のお腹から小さな可愛らしい音が聞こえる。少女は恥ずかしさから赤くなった顔を向け、小さな声で言った。

「・・・おねがいします」


―――――――――――――――― 


 ささやかな朝食を終えるとバイトの時間が迫っていた。少女に聞きたいことはまだあったが、それは帰ってきてからにしよう。

 家を出るため玄関に向かいながらふと思い出す。そういえば名前を聞いていなかったな。振り向き、足を崩してクッションに座っている少女に向かって話す。

「名前を言ってなかった。俺はライト。君は?」

 少し間を空けて少女は言う。

「私はメイリア」

 俺はうなずき再び振り返って扉を開けた。

 さてバイトに向かうか。

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