第8話 カイの旅立ち

 それから数日間を、プレアは呆然と過ごした。

 適性0%は、努力の如何に関わらず、シルバーズを起動することが出来ないことを意味する。

 それはすなわち、ハンターになれないということだ。

 ハンターになるうえで最も必要とされる能力に、致命的な『欠陥』があるのだ。

 なれるわけがない。

 適性が0.01%でもあればまだいい。

 少なくとも、シルバーズを起動することは出来るのだから。


 プレアの心は真っ白だった。

 リセットボタンを押したみたいに中身が空っぽで、今にも潰れてしまいそうだった。

 何も見えない。何も聞こえない。

 プレアを見てヒソヒソと噂話をする声も、知り合いからの慰めの言葉も、何もかもが上の空だった。


 いっそこのまま、消えてしまいたかった。


『この世に不可能なんて言葉は存在しねぇのさ』


 恩人の言葉が頭の中で反芻はんすうする。

 何度も何度も。

 その度に目頭が熱くなり、プレアは広場のベンチで一人すすり泣いた。


「ジークさん……」

「プ〜レ〜ア〜!! 生きてるか〜!」

「うわああっ!」


 突然、耳元で大きな声がして、プレアは広場のベンチからひっくり返った。

 大声を出されるまで、近くに人がいることにさえ全く気が付かなかった。なんだか、以前にも似たようなことをされた気がする。

 そっと胸に手を当ててみると、バクバクと心臓が脈打っていた。

 地面から身を起こして、目の前に立つ人物を冷たく見据える。


「なにすんのさ。カイ」


 親友のカイ。

 プレアとは違い、対吸血鬼兵器シルバーズの適性があった者。それも、ただ適性があったわけではない。

 カイのシンクロ率は『29.7%』だ。

 これはハンター連盟が適性検査を始めて以来、過去最高の数値になるらしい。


 訓練を受ける前のハンター候補生の対吸血鬼兵器シルバーズ適性は、おおよそ10%にも満たない。そしてシンクロ率が20%を超えれば、世間一般的には中堅のハンターとみなされる。

 カイがどれだけ異常な存在なのかがよくわかる話だ。まさに神に選ばれた人間というわけである。


「…………」


 プレアはカイをにらみつける。

 才能あふれる人間が、一体何の用なのだろうか。

 冷やかしにでも来たのだろうか。


 いや。

 そうでないことは分かっている。カイはそんな人間じゃない。

 ただ分かってはいても、胸の奥から溢れ出る暗い感情を止めることはできなかった。


「そう黙り込むなよ。プレア」


 時々、プレアは考えてしまうのだ。

 なぜ自分ではなく、ハンターに憧れてもいなかったカイなのかと。

 そしてその才能が、カイではなく自分にあったならばと。


 プレアはあの日以降、ハンターになるため血反吐を吐くような努力を積み重ねてきた。相手が自分よりももっと努力を積んできた人間なら、まだ諦めることはできた。納得はできないけれども。

 でも、そうじゃない。カイの夢はハンターではない。プレアの十分の一の努力だってしていないはずだ。

 それなのに、頑張ってきた自分は夢破れ、カイはハンターへの道をまっしぐらである。

 なぜ、世界はこうも残酷なのだろうか。


 悔しい。辛い。腹立だしい。こんなことなら、いっそのこと消えてしまえ。


 良くないこととは思いつつも、ついつい嫉妬してしまう自分がいる。

 カイが悪いことをしたわけじゃないのに。


「何泣いてんだよ」

「な、泣いてなんかいない!」

「嘘つけ! 目ん玉真っ赤になってんぞ!」


 ぶっきらぼうに返事をするプレアに、カイは缶ジュースを放り投げた。


「……何でここがわかったのさ?」


 受け取った缶ジュースを開ける。果汁100%ジュースだった。

 今は平日の真昼間である。

 当然ながら、学校では授業が行われている時間だ。

 学校の中を探すならばまだしも、プレアがこんな所をほっつき歩いていると、なぜわかったのだろうか。


「ったく、何年の付き合いだと思ってんだ。お前の行動パターンなんて、全部筒抜けだっつの」

「え、そうなの!?」


 今明らかになる驚愕の新事実。プレアの行動は、常にカイに筒抜けらしい。

 プレアは冷や汗をかいた。


「……ていうか、カイ。学校は?」

「お前にだけは言われたくねえよ! あれから一度も学校に来てないくせに!」

「あ゛。そういえば、学校あるの忘れてた……」

「お前なぁ……」


 そう言って、カイは呆れた顔をする。


「ところでさ。カイの方はどうなの? 最近は準備で忙しいんじゃ……」

「あと30分後に出発だ。なんでも、俺だけ先に本部へ連れ帰るらしい」

「えぇ!? 30分後!? っていうか今日!?」 

「あぁ。だから、最後にお前に挨拶に行こうと思ってな」


 プレアは言葉を失った。

 話によると、今年はカイ以外にも高い適正を示した者が複数いたらしい。その関係で護送に手間取るため、人員が整うまで日程を遅らせるとの話だった。

 それが今日となると、大して時間もなかったはずだ。他にやるべきことも沢山あるだろう。目が回るほど忙しかったと思う。

 それなのに、カイはわざわざプレアを探してまで、別れを言いに来てくれたのだ。

 ついさっきまでプレアは、カイに対して嫉妬の炎を燃やしていたというのに。


「じゃ、じゃあ……」

「ま、今日でお別れってことになるな……」


 いつかのように、二人の間に沈黙が広がる。プレアも、言いたいことは山ほどあった。

 それなのに、言葉が出てこなかった。

 かけるべき言葉が見当たらなかった。


「……一つ。俺はお前に言わなきゃいけないことがある」


 沈黙を破ったのはカイだった。

 昔からそうだ。

 プレアが困った時、いつもなんとかするのは彼だった。


「あの時はごめんな。無責任なこと言って……」


 カイの言葉に、プレアの思考が停止する。


「あの時?……」

「ほら、お前ならできる! みたいに、無責任なこと言ってさ……。プレアは、その。適性が0%……ってことは、いくら努力してもハンターにはなれない……ってことじゃん。だから、試験の後プレアがどれだけ傷ついたのかって思うと、俺……」

「ちょ、ちょっと待って! そんなこと、別に気にしてないよ! もしかして、それを言うためにわざわざ来たの!?」

「あれ? 気にしてない!? ……ハァ。良かったぁ。俺。結構心配してたんだぜ。勿論、会いに来たのはそれだけじゃないんだけど」


 はぁ、と大げさに胸をなでおろすカイ。

 相変わらず、カイは細かいことまで気を配りすぎである。4年前からちっとも変っていない。

 もっとも、それがカイの良いところでもあるのだが。


「僕の方こそごめんね。口には出さなかったけど、僕。さっきまでカイに嫉妬してたんだ。悔しい。なんであいつばっかり。こんなことなら、いっそのこと消えてしまえ……って。カイは、こんなに僕のことを考えてくれてたのに」

「はは。そりゃまぁ、普通だろ。それだけプレアがハンターに憧れてたってことだな。じゃあ、この件に関してはオアイコってことで、ここからが本題なんだが……」


 そう言ってカイは前置きすると、懐から一枚の札を取り出した。

 札には、異国の文字が書かれていた。


「これ、割札っつって、親しい人が約束を交わす時に、片方ずつ持つお守りなんだとよ。この片方をお前に預ける」


 カイが力を込めると、パキリと札が真っ二つに割れた。


「え! いいの?」

「もちろん。そんでもって、おれはお前に約束する。やっぱり、いろいろ考えてみたけど、俺がハンターになる理由はこれしかない」

「え……」


 そして、カイはスゥーと息を吸い込むと、広場の外にまで聞こえる大声で言い放った。


「プレア! お前の夢は俺が叶える! でもやるからには徹底的にだ! 俺はいつか! すべてのハンターの頂点に立って、この世界を吸血鬼から取り戻す!! そしたら世界中を回って! 親友の代わりに珍しい景色を見て! 写真集を作る!! ちなみに価格は1万ジェリーだ!」


 辺りを歩く通行人が、一体何事かとこちらを振り向く。

 しかし、そんなことなどお構いなしに、カイは続ける。


「だからプレア! お前は早く元気出せ!! あと、学校もさぼらずに行け! ついでに、愛しのエルちゃんにも、とっとと告っちまえ!」

「よ、余計なお世話だっ!」


 プレアが顔を真っ赤にして抗議するが、カイはどこ吹く風だ。

 それにしても、カイは恥ずかしくないのだろうか。

 人前でそんなことをする勇気は、プレアにはない。


「とまぁ、こんな感じだ。んじゃ、俺は時間だから行くわ。元気でな!プレア!」


 そうこうしているうちに、カイはとっとと歩き出してしまった。

 その背中は、心なしか少し震えているようにも見えた。

 慌ててプレアは追いかける。


「ま、待ってよ!」

「いいや、待たない! 俺は忙しい! なんてったって将来、世界中のハンターの頂点に立つ男だからな!」


 プレアはしばらく沈黙した後、先程のカイに負けんばかりの大声で叫んだ。


「カイ!! ありがとう!!」

「……」

「元気でね!!」


 カイはくるりと振り返った。

 彼の目尻には、大粒の涙が溢れていた。


「じゃあな! プレア! またいつか会おう!!」


 最後に見たカイの笑顔が、とても印象的だった。

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SILVER HUNTER きょん @kyon

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