後編 少年期のプレア

第7話 適性試験

 ハンター適正試験。

 それは、ハンターとしての資質を測るとともに、外界で生き抜くための総合的な力を測る試験でもある。

 閉鎖的なレインポートの街において、唯一外部との交流があるこのイベントは、3年に1度の頻度で開催されており、毎回、ハンター連盟本部のスタッフがわざわざ街までやってきて、試験官を務めることになっている。

 内容は外の世界に関する総合的な知識を問う筆記試験と、受験者の運動能力を測る実技試験。

 そして、ハンターの要とも言うべき対吸血鬼兵器「シルバーズ」適正検査の、三つからなっている。


 しかし、三つの試験項目のうち「シルバーズ適性検査」だけは、ハンターを志望するしないに関わらず、既定の年齢を満たしたすべての住民が受けることとなっている。

 前線で戦うハンターは、常に人手不足だ。

 加えてハンターの強さは、シルバーズとのシンクロ率が大きく影響する。

 だから、検査で高いシンクロ率を示した人間は、ハンターの卵として本部の養成所に送り込まれる。

 勿論、筆記試験と実技試験は免除だ。

 一応、拒否権もあるにはあるのだが、たいていの人間は提示された莫大なお金と地位に目がくらみ、首を縦に振る。

 少なくとも、このレインポートの街では、今日に至るまで首を横に振った者はいないそうだ。


 命の危険は伴うものの、ハンターはとても儲かる。

 5年もプロのハンターとして活動すれば、生涯遊んで暮らせるとも言われているほどだ。

 また、駆け出しハンターでもプロの資格さえ持っていれば、プレアの住む地下都市の町長よりも遥かに高い権限を持つことができる。

 それだけの社会的地位が、ハンターにはあるのだ。


 とはいっても、そんな幸運な人間は3年に1人出るかどうかといった程度なので、プレア自身そんなラッキーには期待していない。

 やるなら正面からだ。

 筆記試験、実技試験共に過去最高点を叩き出すつもりで、今まで必死に頑張ってきた。

 4年前に「あの人」に出会って以降、一度だってを怠ったことはない。



 現在、プレアは十六歳になっていた。

 四年前の「あの日」以降、プレアは今まで以上にハンターへの道を強く望むようになった。

 祖母の反対を押し切って我が道を突っ走り、アルバイトで受験費用をまかないながら、余った時間は勉学と体の鍛錬に明け暮れた。

 本人は知る由もないが、努力家の好青年として街ではそれなりに有名になっている。

 一体何が彼をそうまでさせたのか。

 それはもはや言うまでもないだろう。


 時刻は朝の五時。

 習慣となっている早朝トレーニングを終えて、プレアは帰路につく。

 自宅からすぐ傍の空き地では、本格的に体を動かすのには少々狭いので、こうしてプレアはランニングがてら、街はずれの広場で訓練を行っていた。

 帰り道もまた、訓練である。

 ドクドクと高鳴る心臓に鞭を打ち、かなり速いペースで歩みを進める。

 見慣れたレンガ造りの家々を抜けて、商店街の大きな通りを抜ければプレアの家だ。


 とそこで、重そうな荷物を両腕に抱えながら、辛そうに汗をかく老婆の姿が目に入った。

 近所のマーリンおばさんだ。


「おはようございます。マーリンおばさん。よければ荷物持ちますよ」 

「あら、プレアちゃん! 悪いわねぇ。腰が痛くて困っていたの。助かるわぁ……」

「いえいえ。お気になさらず。ところで、こんな朝早くからどうしたんですか?」


 彼女の荷物は、大きめのバッグが二つに、道に転がすタイプのトランクが一つ。

 中身はわからないが、この時間では商店街も開いていない。少しばかり妙だなと思ったプレアは、素直に聞いてみることにした。

 近所付き合いでは、こういう何気ない会話も大切なのだ。


「ふふふ。年寄りの朝は早いのよ。今日の昼はアレがあるから街中ドタバタと慌ただしくなるでしょう? だから、朝のうちに用事を済ましておこうと思って」

「あぁ。そっか。とうとう今日なんですよね……」

「心配しなくても、プレアちゃんはいつも頑張っているんだから、きっと大丈夫よ。おばさん応援してるわ」

「はい! 頑張ります!」


 マーリンおばさんの荷物を持って無事に自宅まで送り届けたプレアは、再びランニングへと戻る。

 おばさんの家からプレアの自宅までは、そう遠くない距離にあった。1分と掛からないうちに、プレアは自宅の前にたどり着いた。

 すると、今度は家の前に誰かが突っ立っているのが見えた。

 今日は朝からよく人に会う日だなと思いつつ、プレアは客人の顔を確かめる。


「あれ?」

「よう。プレア」


 ツンツンと跳ねたとんがり頭に、勝気な笑顔。

 親友のカイだ。


「どうしたの? こんな朝早くから」

「いや、今日はじゃん?だから、いたいけなプレア君にちょっと激励をなって」

「なんだよそれ」

「へへへ。まぁいいだろ。ちょっと付き合ってくんねぇか?」

「別にいいけど」


 カイと並んで、来た道を戻る。

 行先は大体わかっている。

 幼い頃から、二人で何かをする時はいつもあそこだった。


「なぁ。プレア」

「なに?」

「いやさ。お前の覚悟は知ってるつもりだけど。なんだか寂しくなるよなって」

「ハハッ。なんだよ急に。そんな改まって」


 しんみりと話すカイに、プレアは思わず吹き出した。

 似合わないにもほどがある。


「それに、まだ受かるかどうかも分かんないのに」

「受かるさ。プレアがどれだけ頑張ってるのかは、俺が一番よく知っている」

「……へへ。なんだか、面と向かってそういうことを言われるのは、少し照れるな」


 僅かに頬を赤らめて、照れ隠しとばかりにプレアはポリポリと首筋をかいた。

 真面目な顔で言われると、なんだかムズかゆいものである。


 そうこうしているうちに、二人はいつもの広場に到着した。

 レンガ造りの家々に囲まれた、商店街の一角。

 大して広くはないが、広場にはオリージュの木が生い茂り、あちらこちらにベンチが置いてある。滑り台やブランコなどの遊具も置いてあり、幼い子供が遊ぶにはうってつけの場所だった。

 二人は昔から、よくこの広場で遊んでいた。


「もしプレアが受かったらさ。二人でこの景色を見るのも最後になるかもしれないな」

「……そうだね」

「……やっぱり行くのか?」

「うん。だって、ハンターになって、外の世界を旅するのが僕の夢だから。ま、受かればの話だけどね」


 しばしの間、二人の間に沈黙が広がる。

 天井に浮かぶ白色灯は、徐々にその輝きを増していた。

 もうすぐ夜が明ける時間である。


「なぁ。プレア」

「なに?」

「……まぁ、なんだ。頑張れよ。今日の試験!」

「うん。……もちろんだよ」


 ◇ ◇ ◇


 カイと別れた後、プレアはランニングをしつつ、再び帰路についた。

 友達や家族との別れが寂しくないといえば嘘になる。

 だが、もしハンターになる夢とどちらを取るかと言われれば、プレアは迷うことなくハンターを選ぶだろう。

 プレアにとって、ハンターになることはそれだけ大きな意味を持っているのだ。

 それに、もう二度と会えないというわけでもない。

 ハンターとして活動するうちに、何度か街に帰ってくることもあるだろう。


 今日は、待ちに待ったハンター適正試験の日である。

 しかし日々のトレーニングは怠らない。

 既に準備は万端である。

 この四年間でやれるだけのことはやってきた。

 ハンター適正試験は難関であるが、滑る気はしなかった。


 ただ一つ、シルバーズの適正検査だけは訓練のしようが無いため、少しばかり不安ではある。

 が、それも何とかなるだろう。

 シルバーズは、人間なら誰にでも扱うことのできる武器だ。

 訓練を受けていない普通の人間なら、そのシンクロ率はおよそ3~5%ほどになると言われている。

 勿論、個人個人で適正に差異はあるだろうが、何の訓練もしていない一般人では、上のようにその差はほとんど存在しない。

 それに万が一、プレアの適正が多少低くても、シルバーズを起動できないというわけではないのだ。

 現に、シルバーズの適性が平均未満でも、プロのハンターになった例は沢山ある。

 起動さえできれば、訓練次第でいくらでも強くなれるからだ。

 相手側に利用されないようにするため、そうだが、プレアは正真正銘の人間である。

 何の心配もいらないのだ。


 今日これから、プレアは憧れのハンターへの第一歩を踏み出す……


 ハズであった。



 ◇ ◇ ◇



「い、今……何、て……」


 ドクンドクンと、心臓が早鐘を打つ。

 手元を見なくても、わなわなと指先が震えているのがわかった。

 聞き間違いであって欲しかった。


「言葉通りだよ。君のシンクロ率は0%。適正[なし]さ。我々も検査ミスだとは思ったが、再検査後も結果は変わらなかった。私も長年試験の監督をしているが、こんなのは初めてだよ」


 白衣を着た協会スタッフのおじさんが、そう言った。


 筆記試験の手応えは完璧だった。

 もしかすると自己最高点を狙えたかもしれない。

 実技試験にしてもそうだった。

 プレアは、少なくともレインポートの受験者の中では、ずばぬけて成績が良かった。


 しかし。

 ハンター適正検査。その第三次。

 プレアの夢は小さく「0」と書かれた純白の結果用紙と共に、儚くも崩れ去った。


『あいつ、シルバーズの適正検査で異例の0%だったんだってよ』

『えぇ〜うそ〜! そんなのってあるんだ~?』

『プレアちゃん可哀想。あんなに一生懸命だったのに』

『ププッ、あいつ実は吸血鬼なんじゃねえの?』

『そんなこと言ってやるなって。可哀想だろ?』

『あーいうのを、落ちこぼれっていうのかね?』


 あちらこちらから、ひそひそと噂話をする声が聞こえる。

 その内容は、もっぱらプレアの事ばかりだ。



 一体どれほどの時間が過ぎたのだろうか。

 呆然とした表情でプレアが立ち尽くしていると、突然、隣の検査室から大歓声が聞こえてきた。

 適性検査は、4年に一度、12歳から15歳の全住民を対象に行われている。

 そういえば隣の検査室は、確かプレアのクラスが検査を受ける予定の場所だった気がする。


 プレアは学校行事ではなく、ハンター試験の三次として適性検査を受けているため、平日とはいえ、今日は同級生達とは別行動をとっている。


 一体何があったのだろうか。

 生気を失った顔のまま、導かれるようにふらふらと歩いていく。

 ゆっくりとドアノブに手をかけ、扉を開く。

 すると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「うおおおおっ!! すげぇなおい!」

「シンクロ率29%って!! 中堅プロでもそんな数字でないぞ!!」

「適性検査の中じゃ、歴代最高だとよ!!」

「レインポートの誇りだな!!」


 大歓声を上げるクラスメイト達。

 信じられないといった様子で目を丸くする試験官。

 その輪の中心にいる人物。

 ツンツンと跳ねた珍しい黒髪に、活気そうな顔。

 明るく親しみのある笑顔。


 カイだった。


 プレアの手に持った適性検査の結果表が、はらりと地に落ちる。

 ふと、こちらに気が付いたカイが、速足で駆けてきた。


「お! プレアじゃん! 試験どうだっ……」


 笑顔で問いかけてきたカイの表情が凍りつく。

 彼の視線の先には、地面に落ちた結果用紙があった。


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 シルバーズ適性検査

 氏名:プレア・バジール

 判定:0.00%

 適性:なし

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