第5話 「Teacher」


その後、軽音楽部ほどの盛り上がりをみせる部活はさすがになく、会は粛々と進んだ。

やがて開始から約二時間後、部活説明会は何事もなく終了した。

それから教室へと帰る道中にて、僕は驚きの声を上げることとなった。


「奏汰、俺軽音楽部入るわ」


なぜならば、駿が突然そんなことを意気揚揚と呟いたからだ。


「はぁ!?軽音って、バスケはどうするんだよ!?」


僕は決して駿が軽音楽部に入ることを阻もうとしている訳ではないのだが、中学時代の駿はバスケットボール部でエースを張るほどの実力者で、部を県大会まで導く立役者とまでなっていた。体育の授業でバスケが行われた時のプレーを見てみても、駿の動きは他を圧倒している。なので、高校でももちろん駿はバスケをやるものだと考えるまでもなく僕は決めつけていたのだから、思わず耳を疑ってしまう。ちなみに僕は帰宅部だった。


「あ~バスケな。正直中学の時でやりきったから、高校までやる気にはならなかったんだよね」


駿の声色は嘘を言っているようには全く聞こえず、ただ事実を淡々と告げるかのような口ぶりであった。僕には分からない価値観の世界の話に聞こえた。


「それに、あんな演奏聞かされて何も刺激を受けない方がおかしいだろ?きっと俺以外にも一杯いるぜ、入部希望者」


確かに駿の言っていることは正しいと思う。

僕までもが奮い立ち、さらには部にまで入ろうと思ってしまう程の影響力があの演奏にはあった。冷静に考えれば、同じように考える人間なんて大勢いるだろう。

駿の意思は固いようだ。そこで、ふと気になったことを口にする。


「じゃあさ、駿はどんな楽器がやりたいの?」

「ん?俺はシンセかな。電子ピアノみたいなやつ」

「ええっ!?」


僕が思わず大声をあげてリアクションをすると、駿は心外だなと言いたげに顔を歪める。


「あのなぁ、これでも小一から小六までピアノ習ってたんだぞ?市のコンクールで賞貰ったこともあるし!」


自信満々に話す駿だったが、どういうわけだかこちらの話は信じられそうになかった。


(あの駿がピアノを習ってただって!?)


もちろん、僕にとって初耳だ。

シンセとはシンセサイザーのことなのだが、駿のルックスにはギターやドラムなどの派手な楽器が似合いそうだった。

尚且つあれだけチャラチャラした駿が、優雅にピアノを弾いている姿などそう簡単に想像できるわけがない。むしろできちゃったら笑いを堪えられる自信がなかった。


「似合わないことくらいわかってるさ。まぁだからこそ、恥ずかしくなって中学では辞めちゃったんだけどな。でも今はそんなことどうでも良くなる位、いてもたってもいられなくなってるんだ。俺も同じ舞台に立ってみたいって、本気で思ったんだ」


そう語る駿は、真剣そのものといった感じだった。

僕と似ている、そう思った。駿と僕は彼女たちに打ちのめされた同族なんだ。

僕も伝えよう。駿と同じ衝動を僕も抱いたのだと。


「あのさ駿、実は僕もK」

「東雲!東雲はいるかー!」


食い気味に出鼻を挫かれ、声する方へと振り返ってみると、そこにはいかにも体育教師といった熱血漢が突っ立っているのだった。黒のジャージに身を包んだその男は、年はくってそうなのに元気な分若々しさがある。一応、確認だけはしてみよう。


「あれって、もしかして」

「あ~そう。うちの担任の浜中はまなか先生」


やはり予想が当たってしまった。

昨日は入学式とクラス発表だけしか行われなかったため、担任の先生については、午前中の僕がいなかった時間帯に公表でもされたのだろう。

改めて、僕たちの担任であるらしい浜中先生へと目をやる。

正直に言うと、僕はああいう体育会系が苦手である。駿が爽やか系だとするならば、あの先生は暑苦しい系だろう。ちなみに現在の浜中先生は、周りの生徒に煙たがれていることに全く気付いてないようで、ひたすら僕の名前を叫びまくっている。

このままほったらかしにしてはさすがにまずいと感じ、恐る恐る自分が東雲ですよーという意思表示を込めて手を挙げる。そういえば、なぜ僕を捜しているのだろう?


「おお!そこにいたか!」


目線が合うと、先生は表情を綻ばせてこちらに向かってきた。

近くで見ると体格差は歴然で、思わず威圧されてしまうのはしょうがないことだと思いたい。


「君が東雲か!これから一年、君のクラスの担任となる浜中だ!よろしくな」


最後に笑顔で自己紹介を締めくくると、先生は右手を僕の目の前に差し出す。流されるままに握手を交わすと、先生は表情を引き締めて本題に入るのだった。


「ところで、東雲は今日どうして遅刻したんだ?学校に連絡は入っていなかったようだが」


そこでようやく、自分が何の連絡もせずに、平然と学校に紛れ込んでいたことに思い至る。

うんそうだ連絡は大事だよな。先生も心配していたのかもしれないし。

何も報告しなかった自分の失態を認め、僕は事実を正直に話すことについて迷いはなかった。

しかし、それが仇となる。


「いやあの、実は寝坊しちゃって」

「なに寝坊だと!?それが遅刻した理由か!」


僕が話し終えるや否や、今度は眉間に皺を寄せて先生は怒鳴りつけた。

ころころ表情が変わる人だな~と考えが回る程には、僕の思考はまだ冷静だった。

しかし先生が僕の襟首をがしっと鷲掴みにした頃には、僕の余裕も消え失せる。


「ちょっと職員室へ来るんだ!その腐った根性叩き直してやる!」


 そう吐き捨てると先生は、途轍もない筋力を用いて、標準体重の僕を悠々と運んでいく。

 一応抵抗してみるが、逃げ出せる予感など皆無だった。


「えっ?ちょ、先生?」


顔を引き攣りながらも僕は話しかけたが、文字通り全く聞く耳を持ってもらえず、黙々と運ばれていく。

ヤバイコノヒトハナシツウジナイヤバイ。

人生初の人に引き摺られるという体験をしながら、ふいに駿と目があう。

助けを乞う旨をこめた眼差しを駿に向けて飛ばすが、まるで見知らぬ人を装うかのように目線を外された。

見捨てた駿に対して何かしらの復讐を決意し、先生の腕力に身を委ねる僕なのだった。

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