第4話 「Club briefing」
体育館に到着すると、僕たちは名簿順で横並びに並ぶこととなった。
なので必然的に、僕の左隣には駿が座る。
体育館の丁度中央に一組から順々に並ばされたのだが、恐らく部活の実演をするためのスペースを確保するためであろう。
その証拠に、後ろでは吹奏楽部が演奏の準備を黙々とすすめていて、物々しい雰囲気を漂わせていた。
ということは、幕で覆われ覗くことの出来ない正面のステージ上では、軽音楽部が発表の準備をしているのだろう。
とそこで、それを裏付けるかのようなギターの歪んだサウンドが、単発的に聞こえてきた。
「そういえば俺、生バンドって初めてかも」
そう呟いた駿は、僕と同じで早く早くと待ち焦がれている様であった。
そういえば僕も、バンド演奏を生で聴くのはこれが初めてな気がする。
昨日の彼女は弾き語りだったし…。
そしてしばらく経つと、準備が完了したのか司会進行の生徒が開会を宣言した。
始まると余計な話は一切なく、早々に部活の発表へと移っていくのだった。
「それでは初めに、軽音楽部の皆さんお願いします」
司会の指示に従って幕が開く。
ステージ上では、ブレザーを脱ぎラフな格好で統一された三人の男女が、楽器を構えて存在していた。
どうやら三人で構成されるスリーピースバンドのようだ。
しかしそこまで確認したところで、悠長に構えていた僕の思考に、突如として驚愕の嵐が吹き荒れる。
「なっ!?」
ステージを向いて右側。一面真っ黒に輝くギターを垂れ下げて、スタンドマイクに手を掛けながら立つ少女が一人。
彼女だ。
鮮烈で猛烈な記憶を僕に焼き付けた歌姫が、ステージで悠然としたオーラを放ち佇んでいた。
その姿に涙を流して去って行った時の弱弱しさは一切なく、弾き語りをしていた時以上の猛々しい雰囲気をまとっていた。
驚愕。疑問。そして、圧倒的な高揚感。
ありとあらゆる感情が僕を襲う中で、彼女がマイクへと顔を近づける。手首に付けられたリストバンドが、とても印象的だった。
「!?」
瞬間突如として、「バンッ」と音を立てながら照明が落とされる。窓も全て暗幕で隠しているために、体育館中を完全なる闇が包み込んだ。
あまりにいきなりの出来事だったので、周囲にざわざわと動揺が走りだす。
しかしその刹那、スポットライトがドラムへと点られた。
オールバックに金髪を纏めたドラムの男子は、あたかもそれが合図であったかのように、シンバルの豪快な音色を皮切りに、うねるようなビートを僕たちオーディエンスを襲うかのように打ち鳴らした。
胸を振動で物理的に刺激するこの音は、確かバスドラムというやつだ。
彼はそれを足のペダルを使って踏み鳴らし、変則的なリズムを刻んでいく。
周りに存在する無数の機材を縦横無尽に使い回していく彼の姿は、もはや圧巻の一言だった。
だがそれだけで終わりではない。
なんと、徐々にペースが上がってきているのだ。
振り回す腕はもう捉えることができず、残像により腕が何本も生えているかのように見えた。
高温のシンバルがアクセントとなって小気味良く響き渡り、瞬く間に熱気がピークへと達した次の瞬間――。
一瞬のうちにスポットライトが、ドラムからベースへと移っていった。
ベースの少女は黒い長髪を激しく揺らし、体中でリズムを生み出すかのように奏でていく。
叩きつけるような手捌きで繰り広げられる音たちは、ドラムとはまた違う重低音の響きを醸し出して、僕たちの胸に響き渡る。
しかしここで、ドラムにも二つ目のスポットライトが当てられ、メインを掻っ攫っていった。
これは交代交代で切り替わっていくパターンなのか?
いや、違う。
なんと、笑っているのだ。
まるでお互いを挑発し合うかのように、不敵な笑みを浮かべあっている。
思わず震えてしまうほどの冷徹さを孕んだそれは、次の瞬間には一斉に音へと解き放たれて、爆発的なまでのうねりに生まれ変わる。
これは主導権争いだ。
僕たちは、音と音との殴り合いを見せつけられているようだった。
視線と音でお互いを嘲笑い、主導権を奪い合っていく中で、結果的にそれがダイナミックな音の塊となって僕の心を掴んで離さなかった。
だがそのやりとりに、変化球は唐突に投げ込まれる。
第三のスポットライトが点ると同時に、張り裂けるような高音が猛然と割り込んできたのだ。
この激しい音のぶつかり合いに、あの彼女は、遜色ない質量でギターを掻き鳴らす。
高音から低音へ。低音から高音へ。
目まぐるしく移り変わる音階は、僕の耳を痛烈なまでに刺激した。
まるで三つ巴の音戦だ。
三人の視線が交錯しあい、絡まり、濃密な音が生まれていく。
その勢いは止まることなく、むしろ莫大なまでに膨れ上がっていった。
凄い、凄すぎる。
これがバンド…。
一人では決して作り出せない、音の造形。
この光景をずっと見ていたい。それほどまでに魅力的なステージだった。
だが思いとは裏腹に、終わりは忽然とやってくる。
ドラムのカウントを合図にして、乾いた音が体育館中に轟いていき――。
締めくくりの豪快なサウンドが、三人から同時に響き渡った。
しばしの余韻。音の変遷。
「おおおおおおおおおおおおおお!」
程なくして訪れた、はち切れんばかりの拍手、歓声、賞賛の嵐。
そこに男女の垣根などあるはずがなく、皆待ってましたとばかりに、歓喜の声をあげるのだった。
その中にはもちろん僕の存在も含まれる。
――一度夢見た思いは、簡単に打ち消すことなどできない――
僕はこの瞬間、諦めかけた思いに再び光をともす。新たに湧き上がった気持ちも加えて。
彼女のようになりたいと。
彼女の横に、立ちたいと。
「以上、軽音楽部でした!みんなありがとー!」
彼女の声が聞こえた瞬間、より一層ボリュームを増した喝采がステージに届けられる。
それを一身に浴びて輝く彼女の笑顔は、とても美しかった。
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